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    spring10152

    @spring10152

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    spring10152

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    鬼を拾った日その日は特に何があったわけでもなく、本当に気まぐれで山を登っていた。山といっても近所の裏山で、登るのもそう大変ではない。仕事の息抜きに綺麗な景色でも見て、新鮮な空気を吸おうと思ったのだ。

     体力の衰え始めた身で片道40分ほどの山道を踏み締めている途中、道を外れた茂みの中から一瞬鋭い悲鳴が聞こえた。何事だろうかと思い、足を止めて悲鳴が聞こえてきた方へ耳をすますが特に続く音は無い。誰かが野生動物に襲われたのだとしたら自分も襲われる危険があるが、医者として見過ごすわけにはいかない、と道を外れ、クマ避けの鈴を鳴らしながらゆっくりと音が聞こえた方へ歩いて行くことにした。
     10分程歩いた先にあった光景は、想定していたよりも随分と凄惨で不可解なものだった。
     そこには血の臭いが充満しており、慣れている正義でさえ思わず手で鼻を覆うほどであった。大量に血の染み込んだ土の上に転がっていたのは三つの死体で、二つは首や腹を派手に切り裂かれたもので、残りの一つは暴行を受けたのかアザだらけで血と泥で汚れたものだった。
     不可解な点というのが、暴行を受けた跡のある死体は、うら若き少女であるにも関わらず老人のようなこしの無い総白髪であり、額には大きな角が3本生えており、半開きの口からは鋭い牙が覗いていることだった。何よりも目立つ青く変色し凶悪な爪を生やした身体の半分程もある巨大な腕は彼女が人間でないことを物語っていた。
     正義はひとまず謎の死体は後回しにして、人間の死体の生存確認をした。片方は首が千切れかけ、もう片方は腹の中身をぶちまけているので、確認をするまでもなかったが二人とも確実に死んでいた。
     ああ、顔をよく見てみればこの死体は一昨年島に来たばかりですぐに離婚したと噂になった奥さんと、離婚後付き合い始めたとされている島の不良と名高い男ではないか。あまり良い印象の無い人達ではあるが、島の仲間には違いない。悼む気持ちを込めてご遺体に数秒手を合わせた。
     そして、問題の異形の死体へと歩み寄り様子をよく見ると、薄い胸が微かに上下していた。生きている。慌てて胸に耳を寄せると弱々しいながらも確かな鼓動が聞こえた。
     正直どうしたものか悩んだ。状況からしてこの少女がその大きな爪で二人を引き裂いたのは明らかだ。どう見ても人間ではないし、敵対的な存在かもしれない。助けてもいいものだろうか。だが、彼女の身体中の傷はきっと殺された二人がつけたものだとも予測されるので、正当防衛だったのかもしれない。
     消えようとしている命の灯火を前にじっとはしていられなかった。手元に彼女を救う道具を持っていなかった正義は急いで山を降りた。そして治療道具を車に積み込むと山の麓まで戻ってきた。
     記憶を辿りながら事件現場まで戻ってくると祈るような気持ちで彼女の容態を確認する。まだ呼吸も心拍も止まっていない。安堵する間もなく手早く血を拭ってまだ傷が塞がっていない部分に止血処理を施した。そこまですると少女の頬を軽く叩いて意識を戻そうとするが、薄く開いたままの瞳は何も映さずぐにゃりとした身体に力が戻る様子もない。
     助からないかもしれない。思わず弱気になってしまった。しかし、出来るだけのことはしたいと少女の瞼を閉じ、巨大な腕がぶら下がる身体を背負った。決して軽くはないが、少女を背負ったまま必死で山を降りる。
     幸いにも人気のない山だった為、誰にも会うことはなかった。命を救えたとしてもこの異形を島民に見られては長生きできまいと危惧していたので、少し安心しつつ少女を車の後部座席に寝かせて家に連れ帰った。
     それから改めて身体を綺麗に拭き、血の滲む包帯を替え、骨折の治療をし、意識が戻らず水分や栄養が補給できないため点滴を打ったりと出来る限りの治療をして少女の様子を見守った。
     一晩経っても彼女の意識は戻らなかった。彼女の存在を隠しておくためには仕事を休んで不審がられるわけにはいかず、診療所へ行かなければならなかったので、どうか死なないでくれと祈りながら出勤した。そわそわと1日を過ごし、普段よりも車のスピードを出して帰ってくると、出掛ける前と同じ状態の彼女が居た。
     このまま目が覚めないかもしれない。そうしたらこの異形の彼女をどう扱ったらいいのだろうか。そんな不安が胸に込み上げる。
     自分のベッドを占領する彼女の傍で夕食を摂り、気晴らしに本を読む。そうして様子を見ながら時間を潰した。
     夜通し付き添い、疲れて寝てしまった正義と彼女をカーテンの隙間からこぼれた朝日が照らす。

    「う、」

     今日も目を覚さないだろうと油断して欠伸をしていた正義の前で彼女が掠れた呻き声を上げた。それを聞いた正義は目を見開き、飛びつくようにして「おい、おい!」と呼びかける。
     正義の呼びかけに応じるようにして彼女は瞼を開いた。ここがどこか確かめるようにゆっくりと眼球を動かしている。
     「良かったぁ……」大きな安堵に肩の力が抜け、自分の傍に顔を埋める正義を少女はぼんやりとした瞳で眺める。
     「俺は榎本正義。この島の医者だ。ここは俺の家で……」正義は身体をゆっくり起こすと未だ頭がはっきりしない様子の少女に状況説明をする。「お前、自分のことが分かるか?どこの子だ?」「……」
     語りかけても何も答えない少女の様子に、束の間の喜びが冷めていく。
     「もしかして記憶が無いのか?頭打ってたもんな。……家族とか、家とか、分からないか?」心配そうに顔を覗き込む正義の言葉に少女はゆっくりと首を横に振る。
     「どこにもかえれない」ポツリと呟いたかと思えば、彼女の目にみるみるうちに涙が溢れる。彼女はベッドからはみ出す巨大な腕を持ち上げ、それを眺めながら「かえれないの」とか細い声で繰り返し、ぽろぽろとこぼれる大粒の涙で頬を濡らした。
     正義には彼女の事情は分からないが、少なくとも理由もなく人を殺すような化け物ではないだろうと思った。
     「行き先が見つかるまで暫くうちに居な。お前一人くらい養ってやれるから」ベッドの近くに置かれたティッシュを数枚引き出し、何回か畳むとそれをそっと彼女の目元に当てて止まらない涙を拭いながら優しい声音で言うと、彼女は嗚咽を上げて一層激しく泣き出した。

    ------

     彼女を迎え入れる為にまずやらなければならなかったのは、死体の隠滅だった。

     あれから泣き止んだ後、心を閉ざして何も話さなくなってしまった彼女に、正義はまだ傷が痛んで起き上がれないとは思うが家から出ないように、カーテンは開けないように、とにかく姿を見られることが無いようにとだけ言い聞かせ、それ以外は生活に困ることの無いよう家の中を整えて出勤した。そして島のお年寄り達の診察や世間話をしていると、思っていた通りあのご遺体達が診療所に持ち込まれた。
     ありがたいことに、発見が遅れたご遺体達は山の野生動物に食い散らかされていた。正義は決してやってはいけないことだと知りつつ検死結果を改竄し、死因を熊に襲われた際につけられた傷からの出血とした。彼等は登山中に不幸な『事故』に遭って亡くなったのであって、事件性は無かった。そういうことにした。
     無愛想だが心優しく丁寧で腕の良い診察をする正義は島民に信頼されており、警察でさえもそれを疑うことは無かった。
     彼等を殺した真犯人の怪物が生きていることを知っているのは正義だけだった。

     1日の業務を終えて家に帰ってくると、家を出た時と変わらず彼女は寝室のベッドの上で大人しく横になっていた。
     「調子はどうだ」顔だけをこちらに向ける彼女に問いかけながら、包帯の巻いてある箇所を血が滲んだりしていないか確認する。どうやら傷は概ね塞がったようで出血の続くものは無いようだった。
     「なあ、名前だけでも教えてくれないか」点滴を取り替えながら尋ねると、彼女は首を捻って『お前』と答えた。
     「お父さんお母さんはお前のこと『お前』って呼ぶのか」分かってはいたが、真っ当な扱いを受けていない様子を垣間見た正義は眉間に皺を寄せる。それを彼女は正義が怒っていると勘違いして困ったように目を泳がせながら「『おい』かも」と付け加える。
     「お前の名前は『おい』でも『お前』でもない。ちゃんとした名前があるはずだ」縮こまる彼女をリラックスさせようと頭をぽんぽんと軽く叩き、そのまま手を置いて数秒考え込む。
     「タマ。タマにしよう。お前が名前を思い出すまでタマって呼ぶことにする。いいか?」彼女のパサパサとした白い髪に指を通しながら問うと、彼女は「タマ……」と口の中で復唱した後こくりと小さく頷いた。
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    spring10152

    DONE烏丸さんが芽衣ちゃんを育てて食べようと決意する話
    捕食者と被食者の出会い「おじさんあたしを隠して!」
    彼女との出会いはこの一言だった。私は彼女の通う小学校の学校医で、職務を終えて自分の病院へと帰ろうと丁度車のドアを開けたところに彼女が飛び込んできたのだ。何事かと事情を問おうにも彼女はしっかりと車に入り込んでしまい後部座席の足元に姿を隠して早く発車しろと怒鳴るばかりで取り付く島もないので、仕方なく私は彼女を車に乗せたまま出発した。
     到着するとひとまず彼女を病院に上げて事情を聴くことにした。何でも担任が気に食わなくて鋏で刺してきて追われていたところを私は保護してしまったらしい。そういえば健康診断の時に問題児が居るから怪我を負わされないよう注意しろと言われていたが、もしやこの子の事だったか、と面倒事を抱え込んでしまった事にため息を吐いた。食べて隠蔽しようかとも思ったが、事前準備もなく連れてきたのでは警察に捕まってしまうかもしれないし、聞いてみれば4年生だという彼女は食べるにはやや大きい。どうしたものか、とりあえず学校に帰そうかとすると「どうせ明日には処分が決まるんだから今日はここに居させてよ」とふてぶてしい態度の彼女は病院内の備品に張り付いて離れない。しぶしぶ私は彼女を病院に置いたままその日の診察を終わらせた。
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    recommended works

    @t_utumiiiii

    DOODLE #不穏なお題30日チャレンジ 1(2).「お肉」(傭オフェ)
    ※あんまり気持ちよくない描写
    (傭オフェ) ウィリアム・ウェッブ・エリスは、同じく試合の招待客であるナワーブと共に、荘園の屋敷で試合開始の案内を待っていた。
     ここ数日の間、窓の外はいかにも12月らしい有様で吹雪いており、「試合が終わるまでの間、ここからは誰も出られない」という制約がなかろうが、とても外に出られる天候ではない。空は雪雲によって分厚く遮られ、薄暗い屋敷の中は昼間から薄暗く、日記を書くには蝋燭を灯かなければいけないほどだった。しかも、室内の空気は、窓を締め切っていても吐く息が白く染まる程に冷やされているため、招待客(サバイバー)自ら薪木を入れることのできるストーブのある台所に集まって寝泊まりをするようになっていた。
     果たして荘園主は、やがて行われるべき「試合」のことを――彼がウィリアムを招待し、ウィリアムが起死回生を掛けて挑む筈の試合のことを、覚えているのだろうか? という不安を、ウィリアムは、敢えてはっきりと口にしたことはない。(言ったところで仕方がない)と彼は鷹揚に振る舞うフリをするが、実のところ、その不安を口に出して、現実を改めて認識することが恐ろしいのだ。野人の“失踪”による欠員は速やかに補填されたにも関わらず、新しく誰かがここを訪れる気配もないどころか、屋敷に招かれたときには(姿は見えないのだが)使用人がやっていたのだろう館内のあらゆること――食事の提供や清掃、各部屋に暖気を行き渡らせる仕事等――の一切が滞り、屋敷からは、人の滞在しているらしい気配がまるで失せていた。
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