告白 「タマと一緒に倒れていたのはお母さんと彼氏さん」「ずっと家の中にいなきゃいけなくて、お前は世界からいなくならなきゃいけないって言われてた」
タマが身の上話を始めたのは、一緒に暮らし始めてから1ヶ月ほどして、夕食後にテレビを眺めながら休んでいる時、CMが流れている間に躊躇いがちに消え入りそうな声で自分と一緒に倒れていた人達はどうしたのかとタマが問いかけてきたのに亡くなっていたから葬儀を行って今は埋葬済みだと正義が答えてからだった。
「手も、前はこんなじゃなくて、おかしいのは角だけだった」
細い身体を震わせ、息を詰まらせながら語るタマの姿があまりにも痛々しくて、正義はタマの肩を抱いて「無理して話さなくていい」と告げたがタマは話を続けた。
タマが言うには牙や巨大な手はあの日突然変異したものだが、角は生まれつきのもので、人に見せるのが恥ずかしいからと物心ついた頃には家に閉じ込められていた。やがて人目を避けて島に引っ越し、父親と母親の仲が悪くなり、離婚した後は『お前のせいだ』と監禁生活に加え母親による虐待が始まった。毎日家事をさせられ、文句をつけられ、罵声を浴びせられ、殴られることもあった。食事は1日1回。入浴は許されず、毛布を一枚だけ与えられ、暑い日も寒い日も硬い床で寝る日々。母親が新しい彼氏と付き合い始めると、彼氏から殴る蹴る、時折り煙草を肌に押し付けられたりの暴力を振るわれるようになった。
あの日は母親とその彼氏が酒を飲んで酷く酔っていて、酌をさせられていたタマを見て怪物退治と言い始め、車に押し込んだかと思えば山に連れ出し、普段に増して一層酷い暴行を加えた。散々に嬲られて薄れゆく意識の中、割れた酒瓶を振り上げる男を見て殺される、と思い力を振り絞って振り払ったら首が半分千切れてしまい、動揺している間に続いて襲いかかってきた母親から逃れようと腕を振っていたら腹を抉ってしまった。自分の身体の変化に混乱している間に、殴られた頭からの出血と無理矢理飲まされた酒が回っていたこともあり意識を失い、気づいたら正義に保護されていたらしい。
「タマ、本当に怪物になっちゃった。……ここにいるのも迷惑だし、出て行った方がいいよね」俯きじっと異形の手を見つめながら震える声でタマは呟いた。
「迷惑じゃない。出ていかなくてもいい。今は姿を隠していてもらわなきゃならんがどうにか外に出られる方法も一緒に考えてやる」こう答えつつ頭を撫でると、タマは黙ってボロボロと涙を溢した。
「辛かったな」丸まった背を優しくさするとタマはう、ぐ、ぅ、と声を詰まらせて泣いた。
これ以上どんな言葉を掛けたら良いか分からなかった正義は、タマにティッシュを箱ごと持たせて涙を拭かせながらあやすように背を軽く叩いていた。
やがて泣き疲れてタマの涙が止まるのを見ると、「牛乳暖めてやろうか」と立ち上がりキッチンへ向かい、冷蔵庫から牛乳を取り出して自分の大きくて質素なマグカップへ注いで砂糖を加え、電子レンジで温めて戻ってきた。
「おいしい」「それ飲んだら歯磨いてやるから、今日はもう寝な」火傷をしないようぬるめに作られたホットミルクを飲んで一息つくタマを見て正義はふ、と微笑んだ。
手が大きくて歯ブラシが持てないタマの歯を丁寧に磨いてやって寝室へ向かうのを見送り、タマが来てから別室に新しく用意した自分の布団に潜り込む。
数十分して微睡み始めた時トントン、と控えめにドアがノックされた。起き上がってドアを開けると、そこにはタマが毛布を引きずって立っていた。
「どうした?」「……一緒に寝てもいい?」正義よりも30㎝近く背の低いタマが上目遣いで見上げてくる。
「いいよ、おいで」タマを部屋に招き入れ、布団に入れると(娘と暮らしていた時みたいだ)なんて思いながら自分の胸に頭を擦り付けてくるタマを寝かしつけ、一緒に眠りについた。