モトコさんと整形男SSまとめ琥珀色
私の目の前にはいつものように顔は違うけれども、呼吸を忘れて思わず見とれてしまうような、視線を向けることを強要するような、いつも通りの美しい男が居た。
食事に生命維持以上の価値を見出さない私が栄養のまるでない、活動に必要な熱量だけを多分に含んだ、ジャンクで安価なカップ麺を啜っている私に、どこをどう弄れば美しくなれると語る彼の言葉を右から左へ聞き流しながら食事を終えると、彼はシャツの胸ポケットから小さな可愛らしい缶を取り出し、蓋を開けた。
その中には透き通った黄金色の粒が詰まっていた。彼は白く細長い指で、それを一粒摘むと、空いている方の手で私の顎を救い取り、彼の行動の意図が掴めずぽかんと空いていた口に、彼の瞳と同じ琥珀色を転がりこませた。
「せめて美しいものを食べて美しく」耳に心地よいテノールが詩を読むように言う。勝手に得体のしれないものを食べさせないでください、と文句を言おうとすれば、彼は初めからそこには何も居なかったかのように姿を消していた。
口の中には甘く煮詰めた砂糖の味が満ちている。
甘言
「厚ぼったい瞼は薄くしてはっきりした二重に、鼻はもう少し高く筋を通して、口角を上げて常に微笑みを湛え、唇はふっくらと柔らかに」
例によって何の脈絡も無く私の前に現れた男は、女性のように白く、形のいい爪で指先が保護されていながら、男性らしい骨の質感を持った中性的な指で言葉に合わせて不躾に、けれど割れ物に触るように繊細な手つきで私の顔の部位を撫でる。
「ご存じですか。今は顔だけでなく全身どこでも気になるところは美しく整えられるんです」私の唇で長い指先を止めたまま彼は言う。
「胸は勿論、余計な脂肪は吸引し、あばらを数本抜けば細いウエストが」彼の指はスルスルと滑らかな動きで私の身体をなぞっていく。「そんなの、とんでもありませんよ。注射だって嫌なのに、手術なんて」私は心底嫌だという顔をして低い声で言い、首を横に振るが、彼は気にした風でもなく「その一歩の勇気があれば、酸っぱい葡萄を眺める必要などなくなりますのに」
彼は私を導くかのように私の掌に彼のそれを重ねると、俗にいう恋人繋ぎをして呟いた。
触れる
「変わりゆく自分というものは、こんなにも愛おしいものですのに」彼は私の、栄養の偏りからかやや筋張っていて丸い爪に、指も大して長くもない、凡庸な手を取り彼のビスクドールのような頬へ導く。彼の白磁の肌は手に吸い付くようでいて、すべすべと手触りが良く、ほんのりと暖かかった。
「羨ましいとは思いませんか、自由自在に変わる瞳の色」私の手が彼の目元に動かされると、砂糖を煮詰めた飴のような透き通った黄金色をしていた瞳が、幼い夏の日に眺めたプールの水面のような淡い水色に変わる。
「質も長さも思うがままの髪」若いオリーブ色をしていた彼のほんの少しだけ癖のあるしなやかな髪は、導かれるままに私の手が触れると、新月の夜空のような漆黒へと変わった。
「ね、どうです。変化を受け入れてみようという気にはなりませんか」彼は長い睫毛で縁取られた切れ長の瞳を細め、形のいい唇を柔らかに笑みの形に曲げながら私に問う。その顔はまるですべての宇宙の美を終結したような、見る極楽とも言うべきものだったが、私は動じない。動じてはいけない、と首を横に振る。
「私はこの顔に満足してるんで」「それ故にアナタはモトコで在り続ける。だからこそ我々はモトコを求めるのでしょうか。我々の理解の及ばぬものとして」「さあ。理解できないものとして諦めてはくれませんかね」
彼は極楽の笑みを湛えたまま緩々と首を横に振った。
握られたままの私の手は彼の体温と混ざってほんの少し熱を持っていた。