鳥籠の小話認識の歪み レグホンと烏骨鶏
「災難だったね」私のお見舞いにやってきた烏骨鶏が、私の無くなった腕を見てまるで自分のことのように痛々しい顔をして話しかけてくる。
「大丈夫、きっとすぐ生えてくるし、レッドも帰ってくるよ」烏骨鶏は器用に林檎を飾り切りにして美しい葉を作りながら静かに呟く。無くなった腕が生えてくるわけはないし、死者は蘇らない。
一見荒唐無稽で、無責任で、他人事のような慰めに聞こえるが、彼女はいたって真剣に言っているのだ。
彼女は記憶保持能力が低い。それは私達の中では比較的生き残りやすく、そして数多くの私達を見送ってきた彼女の防衛機制のためだ。だから彼女は今までの私達が死んだことを覚えていないし、これからの私達が死ぬことを覚えない。
それ故に、彼女の中では私達は怪我をしても元通りになるし、戦地に赴いたまま帰らなくなっても帰ってくるのだ。
自分一人だけ幸せに暮らしていて憎たらしいのか、空想に囚われていて哀れなのか。その答えを出す頃には私の無くなった腕が生えていることだろう。
同一の別人 梟と木兎
梟は私が何代目かを区別していない。その割に自分が親しかった個体との区別はきっちりつけていて、私とは一定の距離を置いている。
けれど私は知っている。私が仮眠をとっているとき、梟が私の髪に口付けていることを、縋り付いてもう嫌だ、何も失いたくない、と、か細い声で呟いていることを。
きっと以前の私は彼女の愛する人で、心の支えとなっていたのだろう。
『私』を求めて涙を流す彼女に、私は一体何ができるだろうか。
キスの味 2番と3番
「初めてのキスはレモンの味がするって本当かな」多目的室のカーペットの上に転がり本を読んでいた2番があたしに向けてか、それとも独り言かといった風に呟いた。
「ねえ、あんたあたしより長生きしてたんでしょ。華の女子高生だったんならキスの経験の1つや2つくらいあるでしょ」本から視線を上げた2番があたしを見る。
「とっ、当然でしょ!あたし可愛かったし!そりゃあモテたんだから!」彼女の視線に焦り、あたしは思わず見栄を張って盛大な嘘を吐いてしまった。
「何味だった?」彼女は本を閉じて無造作に置くと体を起こしてあたしの話を聞く姿勢を取る。「甘かったわ」泳ぐ視線を悟られないよう彼女から顔を逸らしながら答える。
「ふーん?」彼女の声の近さに驚き、顔を戻すとふにゅ、と唇に心地よい温かさの柔らかいものが触れ、状況を理解させるかのようにゆっくりとその熱は離れていった。
「嘘つき」彼女は意地悪く口角を上げて囁いた。「何の味もしないじゃん」