捕食者と被食者の出会い「おじさんあたしを隠して!」
彼女との出会いはこの一言だった。私は彼女の通う小学校の学校医で、職務を終えて自分の病院へと帰ろうと丁度車のドアを開けたところに彼女が飛び込んできたのだ。何事かと事情を問おうにも彼女はしっかりと車に入り込んでしまい後部座席の足元に姿を隠して早く発車しろと怒鳴るばかりで取り付く島もないので、仕方なく私は彼女を車に乗せたまま出発した。
到着するとひとまず彼女を病院に上げて事情を聴くことにした。何でも担任が気に食わなくて鋏で刺してきて追われていたところを私は保護してしまったらしい。そういえば健康診断の時に問題児が居るから怪我を負わされないよう注意しろと言われていたが、もしやこの子の事だったか、と面倒事を抱え込んでしまった事にため息を吐いた。食べて隠蔽しようかとも思ったが、事前準備もなく連れてきたのでは警察に捕まってしまうかもしれないし、聞いてみれば4年生だという彼女は食べるにはやや大きい。どうしたものか、とりあえず学校に帰そうかとすると「どうせ明日には処分が決まるんだから今日はここに居させてよ」とふてぶてしい態度の彼女は病院内の備品に張り付いて離れない。しぶしぶ私は彼女を病院に置いたままその日の診察を終わらせた。
「お家はどこなんです、送りますよ」
「もうちょっと居させてよ。家に帰ったら怒られて締め出されるし。泊めてよ」
「そういうわけにもいきません。このままじゃ私は誘拐犯です。せめてお家に連絡を」
そういえば名前を聞いていなかった。聞けば小鳥遊芽依、とあっさり答えた。そこで小鳥遊という苗字に聞き覚えがある、と思いつつ家に連絡させるとスピーカーモードでもないのに傍から聞こえる程の怒声が暫く続き、電話を代わると彼女の父親も医者であり、挨拶程度ではあるが面識のある人だった。彼女は頑固で一度言い出した事は決して変えないし、大人を頼るのも珍しく、後日礼は必ずするから言う通りにしてやってほしい、と彼女を預けられてしまった。子が子なら親も親だ。知らない人間ではなかったとは言え、ほぼ初対面の人間に子供をこうも簡単に預けるものなのか。と呆れつつ彼女を自宅に連れ帰った。
温かくバランスの整った食事を摂らせ、お風呂に入らせて制服のまま寝かすわけにはいかないので寝間着替わりに私のシャツを着せると、だぼだぼのTシャツの匂いを嗅ぎながら彼女は「おじさんちゃんとした良いひとだね。名前なんだっけ」と私に問いかけながら我が物顔でソファーに陣取る。「烏丸宗司です。あなたの学校の学校医ですよ」ソファーの上でパタパタと動かされる白く細い脚が美味しそうだな、調理するなら筋肉が多いからシチューか何か煮込み料理だろうか、と考えながら答えると、彼女は「ふーん。助けてくれてありがと。宗司」と生意気にも大人の私を呼び捨てにしながら感謝の言葉を述べた。
夜も遅くなり、彼女は明日も学校があり、私も仕事があるので彼女をベッドで寝かせて自分はソファーで寝ようとすると、「宗司もベッドで寝なよ。身体痛くなるでしょ」と意外な気遣いを見せられた。まぁ、10歳の少女ならば同衾しても問題なかろうと彼女の言葉に甘えて一緒にベッドで寝る事になった。私の腕に触れる子供体温とすべすべとして柔らかい肉は何とも魅力的で、当たり前と言えば当たり前なのだが、私は連れてきた子供をすぐに屠殺してしまうため、こういった触れ合いは初めてで何とも不思議な気分だった。
翌日、早めに起きて彼女も起こして朝食を摂らせて着替えさせ、車で学校まで送ろうとすると、中々車に乗らないのでどうしたのか尋ねると、彼女は「また来たい」と言う。どうやら随分と懐かれたようで、悪くない気分だった。以前に本で拾ってきた赤子を年ごろになるまで丁寧に育てて食べるという話があった。それを試してみるのも悪くない、と思い週末にまた迎えに来るからそれまでいい子にしていなさい、と言い聞かせて車に乗せ、彼女を学校へ送り届けると私は自分の職場へと出勤した。