成り代わりと勘違いしているナツなグレナツ俺はナツ・ドラグニル。
のはずだ。
しかし、ナツでは無い名前の人生を送っていた記憶もある。
その人生は、日本という国で暮らしていた。
そして、この世界と酷似した漫画を読んでいた。
つまり、ここは俺が前世で読んでいた漫画の世界にそっくりなのだ。
幼い頃から持っている記憶だが、今までそれを周りに話したことは無い。……もしも知られて、怖がられたら、一人になったら嫌だからだ。
「おい!聞いてんのかよ!」
「あぁ……すまん」
「ったく……お前最近変じゃねぇか?」
「そうかな?気のせいだろ」
「まぁいいけどさ……」
「それより、今日もクエスト行くんだろ?」
「当たり前だろ!早く行こうぜ!」
「わかったから引っ張るなよ」
こんな感じで、いつも通りギルドに向かう。
これがいつもの日常だった。
「ナツ、お前やっぱり変だ。」
「何を?」
2人で帰り道を歩いている時のこと。
グレイにそう言われる。そんなふうに言われる様なことした覚えはないんだけど。
「お前
むりしてるじゃねえか。」
「無理ってお前」
「だってそうだろ!?︎ 前までならもっと楽しそうな顔してたぞ!それに、最近はずっと上の空だし」
「……」
確かに、言われてみればそうかもしれない。
あの記憶と今の自分がごっちゃになり、上手く思考が出来ない。いや、ナツは、自分はそんな考える人間じゃなかった。私は。俺は。
「どうしたんだよナツ」
「なんでもない」
「でも」
「大丈夫だから」
「……そっか」
これ以上話しても無駄だと悟ったのか、グレイは黙ってしまった。
「それじゃまた明日な」
「おう」
そう言って別れた後、家に帰る。
自分の部屋に入り、ベッドに倒れ込む。
「なんなんだこれ」
頭の中でぐるぐる回る記憶。
まるで誰かが無理やり頭の中をいじくり回しているような感覚に陥る。
「うっ……」
吐き気がする。気持ち悪い。
「おえぇぇ……」
胃の中のものを全部吐き出してしまう。
頭が痛い。割れるように痛い。
「ぐぅ……あっ……」
「ナツ!大丈夫か」
そこに現れたのは……グレイだ。
「グレイ……」
「おい!しっかりしろ!」
「私……」
そこで意識を失った。
目が覚めるとそこは見慣れた天井があった。
「あれ?ここ……どこだ?」
確か、昨日はグレイと帰っていてそれから……。
思い出せない。
それに、頭が焼けるように痛い。まるで脳だけ茹だってしまったようだ。
「起きたか?」
声をかけられ振り向くとそこにはグレイがいた。
「ぐれ……い……?」
「それはこっちのセリフだよ。いきなり倒れたと思ったら、お前熱あんぞ。こんなになる前に頼れよな。」
「倒れた……?」
「ああ、急にぶっ倒れるからびっくりしたぜ」
「そうなのか……」
「あー……このタオルもう温いな。取り替えるから、待ってろ。」
俺の額に乗せていたらしい濡れタオルを取ると、そう言い残して出ていった。
「熱があるのか……」
そういえば少し体が重い気もする。
「んー……」
まだ頭痛も熱もあるが、安堵する。よかった、グレイにはまだこの記憶のことバレてない。倒れた時にボロは出なかったようだ。
「よかった……」
思わず呟く。
「何がよかった、なんだよ」
「うわぁ!?」いつの間にか後ろに立っていたグレイに声をかけられる。
「びっっくりしたぁ……」
「そりゃ悪かったな」
「別にいいけどさ……」
「それより、体調どうだ?」
「だいぶマシになった」
「そうか、なら良かった」
「心配かけたな」「ほんっとにな」
「ごめんって」
「まあいいけどさ」
「それより、お前今日仕事休めよ」
「なんで?」
「だってお前、今日もクエスト行く気だったろ?」
「まあ、そうだけど」
「ダメだ。今日は大人しく寝てろ」
「でも」
「いいから。」
「わかったよ」
「よし、じゃあ飯作ってくる」
「ありがとう」
「気にすんなって」
そう言ってグレイは部屋を出ていった。
「はぁ……」ため息をつく。
「なんなんだよこれ……」
俺は今、自分の記憶を整理している。
整理といってもただひたすらに自分の記憶を紙に書き出しているだけだが。
「なんなんだよこれ……」
もう一度同じ言葉を繰り返す。
「なんなんだよこれ……」
俺は、俺は一体誰なんだ。
俺は……ナツだ。ナツ・ドラグニルだ。
でも……でも…… ナツは男だ。
でも……今の自分は女だ。
でも……ナツはグレイが好きで…… ナツは……ナツは……
「ははっ……」
乾いた笑いが出る。
「嘘だろ?」
信じられない。信じたくない。
自分が自分じゃないみたいだ。
いや、違う、これは俺の記憶だ。紛れもない、本当のことだ。
じゃあ、じゃあさ、俺は、私は、今まで何をしてきたんだ? わからない、何も思い出せない、思い出したくない。
怖い、恐い、コワイ、
「誰か……助けてくれ……」
「大丈夫か?」
「え?」
顔を上げるとそこにはグレイがいた。
「大丈夫か?」
「え?ああ、うん、平気だ。ちょっと頭痛いだけで……」
「……なーにが平気だ、バカ。」
俺を見るグレイの目は鋭い。やっぱり記憶に関することを口にしてしまったのだろうか
「そんな泣きそうな顔させたいんじゃなくて……だー!もう!」
グレイは頭をガシガシとかくと、俺の頭を抱え込むように抱きしめた。
「ちょ!?何してるのお前!?」
「うるせぇ、黙ってろ」
「……」
「お前、なんか悩んでるだろ」
「別に……」
「お前、嘘つく時服の裾掴むのな」「は?」
「だから、嘘ついてる時はいつも服の裾握ってんだよ」
「……」
「図星か?」
「……」
「だんまりかよ……」
「……絶対、こんなの聞いたらグレイも俺から離れるから、嫌だ。」
「いいや、離れない。」
「なんでだよ、こんな気持ち悪い記憶持ってたら普通引くだろ!?」
「ほーう、なるほど。今のナツにはなんか記憶があるんだな。」
「……やられた。」
「大人しく教えやがれ。」
ナツはぽつりぽつりと話し始めた。
ナツとして産まれる前の記憶の話、世界の話、他にも前世と思われるナツとは赤の他人の女性としての自分のこと、そしてその記憶があることで自分が消えそうで怖いことを全て話した。
「なぁ、ナツ」
「……なんだよ。」
「お前、ほんっと馬鹿だな。」
「はぁ!?」
「だってそうだろ。お前はお前で、他の誰でもねぇよ。」
「でも……」
「でもとか言うなって言っただろ?お前はお前のままでいい。ありのままのナツでいろ。」
「でも、私、いや、俺、変じゃないか?」
「どこが?」
「いや、だって、中身は女だけどナツは男だし……」
「ナツはナツだろ。性別なんて関係ねーよ。」
「でも……」
「でもじゃねえ。俺はどんなナツでも好きだ。たとえ記憶があってもなくても関係ない。俺はナツが大切だ。」
「……」
「わかったか?」
「……うん……。」
「よし、じゃあ寝るか。明日早いしな。」
「……ん。」
グレイが私の手を引いてベッドまで連れていってくれる。
「なあ、グレイ、あのさ」
「なんだ?」
「……やっぱなんでもない」
好きだと言いたくなった。けど、言えなかった。これが私なのか、ナツ(俺)なのか、分からなかったから。
寝る度に記憶が蘇る。
ある時は現代で女性の俺、ある時は現代だけど男の俺、魔法がある世界でギルドにいる女の俺……
自分はずっと成り代わりというやつなのだと思っていた。
けど、それにしてはおかしい。
これから先の未来の記憶もあるからだ。
俺はまた怖くなり、グレイの家に押しかけた。
「なぁ!俺おかしくないか!?」
「……いや、別に」
「嘘つけ!!」
「はいはい」
「信じてるぞ!?」
「……お前ってほんっと、俺のこと好きだよな」
「ちげぇよ!!……嫌いじゃないだけだ。」
「……へーぇ。」
「ニヤニヤすんな!」
「はいはい。」
はいはいなんて適当な返事をしながら、グレイは俺の目元を拭う。どうやら泣いてしまっていたようだ。
「だってよ……もしこの夢……記憶が本当なら……」
「本当なら?」
「俺が、ENDってやつで、皆の敵になるかもしれない……」
「は?どういうことだ?」
「……それは……」
「おい待てよ、意味がわかんねぇ。」
自分だって意味がわからない。みんなの敵になんて。
「俺が……ENDっていう悪魔で、ぜレフを殺すために作られた、って……夢…記憶に出てくるんだ……」
「俺……皆の敵になんて、なりたくねえ……!」
ボロボロ涙が流れる。涙でグレイの顔を見ることが出来ない。
怖い。自分が自分でなくなるみたいだ。
皆を傷つけたくない。でも自分の意思とは関係なくどんどん体が動いてしまうような気がするのだ。
こんなこと誰にも言えない。言えるわけがない。だから今まで一人で抱え込んでいたんだ。
怖くて仕方がなかった。自分が自分じゃなくなりそうで、怖かった。
「大丈夫だ。」
「……えっ」
「お前が何者になろうとも俺は絶対に離れねぇ。」
「……ほんとか?」
「ああ。約束だ。」
「……うん。」
「ほらもう寝ろ。明日早いぞ。」
「……うん」
「おやすみ」
「……おやすみ」
グレイサイド
自分の親は、悪魔を滅する滅悪魔法の使い手、ということが分かった。
デリオラの悪魔に憑依されている、と自身が言っていたが、親父の意思が体を動かしている時もあるらしく、ナツを滅する……殺す目的があるらしい。
……そんなこと、させるものか。
俺がナツを守る。
グレイは決意を固めた。
今日は仕事終わり、グレイの家に泊まりに来ていた。
ナツは、最近ずっと俺のことを見ている。
何か言いたそうな表情をする時がある。
それに気づいているのは俺だけだと思う。
さすがに俺だって気付くわ。
まあ、言ってこないなら言わなくてもいいけどな。
いつか話してくれるまで待つ。
それだけだ。
それにしても、ナツは本当に俺のこと好きだよな……。なんかちょっと照れるな、こういうの。
俺達は付き合っているわけではない。
ただ、お互い好き同士である。
でも、まだ告白はしていない。
俺達の関係は曖昧なままだ。
正直、早く付き合いたい気持ちはある。
けど、今はもう少しこのままでもいいかな、と思っている自分もいた。
とりあえず、今はまだこれでいい。
そんなことを思っていた。
それから数週間後、ギルドマスター直々の依頼が来た。
なんでも、滅竜というものがいるらしく、それを退治してほしいとのこと。
そして、俺にはもう一つ依頼があった。
ナツを殺せということだ。
ふざけるな。
絶対殺してやる。
俺の大切な人を、傷つけた奴らは全員ぶっ潰してやる。
俺はそう心に誓った。
ナツサイド
夢を見た。
俺が、この世界に来る前の夢。
俺は、男として生まれてきた。
別にこの性別に不満はない。
前の人生よりだいぶ楽だし、自由に生きられるしな! でも、一つ不満をあげるとしたら…… 恋ができないことだ。
普通は男が女に憧れたり、女が男に惹かれたりするもんだろう? なんで逆なんだ!! いやまぁ……恋愛対象じゃないって言われたらそれまでだけど…… それでも……少しくらい意識してくれても……いいと思うんだけど……やっぱり迷惑だよな…… そういえば……前世の俺はどうしてたんだろうか…… 確か……腐女子って言うんだっけか? そういう人種の人が書いてた本を読んで、妄想したりして楽しんでいたような気がする。
あーいう風に誰かを想うことができたなら、きっと楽しいんだろうな……。
グレイは格好良い。
顔は整っているし、頭も良い。
性格だって悪くないし、強くて優しい。
こんな完璧な人なかなかいないぞ!? 好きにならない方がおかしいだろ!? まぁ……グレイは俺のこと嫌いみたいだけど…… はぁ……もういっそこのまま隠し通すか…… でもいつかバレちゃうかもな…… その時は……潔く諦めよう…… だから……もう少しだけ……好きでいることを許してくれ……
グレイサイド
ナツを殺せという依頼が来た。
もちろん、受けるわけが無い。
……受けなかったことで、ギルドマスターからは感謝された。
そして、また依頼を受けてほしいと言われた。
今度は俺一人で、ということらしい。
俺もあの程度のことで許すつもりは無い。
というか、あれじゃ俺の怒りは収まらない。
次は絶対に殺してやる。
次に受けた依頼というのは、ある貴族の護衛らしい。
この依頼自体は簡単に終わった。事はギルドに帰ったあとの事だった。
「ナツが……やられた?」ルーシィの言葉を聞いて耳を疑った 誰に……? 誰がやったんだ……?
ナツはとある魔法で死ぬ前に、ギルドマスターマカロフが仮死状態にする魔法で辛うじて命が繋がっている状態だそうだ。今、ナツの体には心臓が動いて無く、人工心肺装置でなんとか生きている状況だという。
「ナツ……」
ギルドのベッドで横たわっているナツは、ただ寝ているようにしか見えなかった。
でも、胸にある機械がなければ、それはただの死体にしか見えない。
ナツ……お前は……どんな人生を歩んできたんだよ…… 一体何を悩んでるんだ…… 何を抱えてるんだ…… 頼むよ……教えてくれ…… 俺にも手伝わせてくれ…… ナツ……
「クヨクヨしてる、場合じゃねえか。」
意を決して呟くと、ナツの髪にキスを落とす。そしてそのまま、唇へと移動させる。
絶対に、ナツを助ける。
ギルドマスターによると、敵は滅悪……と言っていたらしい。
1人、心当たりがあった。……自分の父親だ。肉体はもう死んでいる状態だが、操られている痕跡と、それに合わせて自分の意思で動いているようにも見えた。
悪魔を憎んでいる、滅したいと思っているやつだ。
俺だってデリオラの悪魔を生み出したようなやつは殺したいと思う。しかし、生み出したやつと、生み出された存在はまた別だと俺は思う。
ナツを殺したいとは絶対に思わない。
あいつは仲間だ。大切な相棒だ。
それに……ナツは俺のことを好きだと言ってくれた。……言葉には出していなかったが。
俺は、ナツがたとえ別人になろうとも、愛し続ける自信がある。
だから……俺が救ってみせる。
ナツ……待っていてくれ…… 必ず助ける。
自分の父親は悪魔を滅するべく動いているなら、悪魔が出ると情報がある地にいけば自ずと会えるのではないか。そう思い動いたら……ビンゴだ。
親父だという男は雪山にいた。
とりあえず捕まえることにする。
こいつを倒せば……ナツを助けられるのか……? こんなに早く見つかるとは思ってもいなかったが、これは好都合かもしれない。
こいつに聞かなければならないことがたくさんある。
そして……倒す。
こいつの意識を奪って……話を聞かせてもらうか……
「グレイ……か?」
親父は気づいたら目の前にいた。
「いつの間に……っ!」
親父が動揺している間に、魔力で作った氷の塊で吹き飛ばす。
親父の体は簡単に吹っ飛んでいった。
しかし、思ったよりダメージは少ないようだ。
まだ余裕がありそうな感じに見える。
さすが……悪魔の血を後からでも混ぜているだけあって強いな……。
俺の父親らしき男はまだ立ち上がっていた。
タフなのはいいことだと思うが、ここまで来ると嫌になってくる。
今度は俺の方から仕掛けることにした。
さっきよりもスピードを上げる。
相手も俺の動きについてこれていないようで、ガードするので精一杯のように見える。
このまま一気に決める!俺の渾身の一撃を食らえ!! グレイの魔法で生み出した氷の剣が男の体を貫こうとした瞬間、男がニヤリと笑った気がして、急ブレーキをかける。
しかし、時すでに遅し。
グレイの体に異変が起こった。
体が思うように動かない…… なんだ……!?
「これが、滅悪魔法だ。」
滅悪魔法は相手の体の氷属性の魔力や氷そのものを自分の力とすることができる。
滅竜魔法は、契約者以外の生き物の魔力を吸収し、自らの物にする能力がある。
やつの持つ滅悪魔法もそのようだ。
しかも、ここは雪山で、周りは雪だらけ。
俺がなんとかしないと……
「お前。あの悪魔を助けたいのか?」
「ナツは悪魔じゃねえ!」
俺は叫んだ。
こいつは今なんて言った? 悪魔を助けたいのかだと? ふざけんなよ。
こいつは俺の仲間…大切な人を殺そうとしているんだぞ? 許せるわけがないだろ!! 俺の怒りに呼応したかのように、辺りの温度が急速に下がっていく。
そして、男の周りに巨大な氷柱が無数に現れた。
ナツを助けたい。
ナツが好きだ。
ナツが大事だ。
ナツを守りたい。
ナツを愛している。
ナツを助けないと。
ナツを殺さないと。
ナツを消さないといけない。
……俺は今何を考えた?
ナツを殺したくないのに、殺さないといけないと思ってしまった。なんで、なんでだ?
「混乱している様だな。」
俺の親父は言う。
「あれは……ぜレフが作った悪魔だ。」
「……知ってるけど。」
何を言ってるんだ、こいつ。
そう思った。
知らないはずがなかった。
だって、それはナツ本人から聞いたから。
俺の、前世での想い人の記憶なのだから。
そして、気づいた。
俺の頭の中に流れ込んできたのは、ナツへの恋心だった。
俺とナツの前世は、両片思いを拗らせていたらしい。
だから、こんなにも強く惹かれ合うのか。
気づいてしまえば簡単だ。
俺は、俺自身の気持ちに従うだけだ。
俺の中の滅悪魔法が消えた。
同時に、俺の周りにあった無数の氷柱が崩れ落ちた。
自分の中の何かが変わったのを感じる。
頭がすっきりとしている。
やつは俺がデリオラ、悪魔を心底憎んでいるならナツを殺したくなるだろうと踏んでいたのだろう。なのにどうして……?という表情をしている目の前の男に俺は告げた。
俺はナツが好きだ。愛してる。絶対に渡さない。
俺の言葉を聞いた男はしばらく呆然としていたが、急に笑い出した。
ひとしきり笑った後、男が口を開いた。
俺にはその言葉の意味が理解できなかった。
いや、正確には意味を理解することを脳が拒否しているといったところか。
「あれは、ぜレフの弟だ。死んだ弟を、弟であることを楔に無理やり悪魔にすることで生きながらえさせている。」
さらに親父は続けた。
「ぜレフの弟である限り、あれもいつ俺のように操られるか、分からないぞ。」
ナツを操るなんてそんなこと絶対にさせない。
「弟という事実は外せれば、ぜレフからの観照は……悪魔である事実は無くなる……?」
俺が呟いた言葉を拾って、親父が答える。
「まあ、1度経験のあることでない限り、そんな大それたこと、キャパオーバーして死ぬのが普通だがな。」
確かに、存在を大きく書き換える必要のあることだ。それくらいの制約はあるだろう。
だが、俺はナツの前世が女性であることを知っている。
そして、その事実に歓喜する自分がいる。つまり…… ナツを救えるかもしれない!
急いでギルドに戻ると、ナツは変わらず仮死状態で横たわっているままだった。
俺は急いでナツにかけられた魔法を解析する。解析すると、親父の魔法の他に、操る目的で根本にナツに巣食っている魔法が存在した。親父によると、本当だったらENDのぜレフ書が必要なようだが、それを手に入れる時間はない。一か八かだが……やるしかない。ナツの体の周りに魔力を張り巡らせる。とある魔法を展開する。その魔法は、ナツの記憶…今世だけでなくナツの前世だという記憶を含めたを全ての記憶を確認、事実を曲げる魔法だ。記憶の確認の段階で俺はナツがずっと隠していた秘密を全て知った。それと、大きな、ナツに伝えないといけない事実も……知った。そこから現在でゼレフとナツが兄弟だった記憶を消す。それだけでなく、現在のナツの……性別を、男から女に変えた。
これをした目的は、まずナツをぜレフの弟という事実を、今世でのぜレフの家族だという事実を無くす。ここら辺の記憶は前世の記憶で補えると思ったからだ。補える分、キャパオーバーを起こす可能性が減るだろう。そして、男から女に変えることで、弟という事実を覆す。女が弟になることはできないからだ。弟であることを楔にしているならば、そういった事実が変わるだけで、簡単に存在は変わるはずだ。
そして、ナツの体に流れている血流を操作し、心臓を無理矢理動かす。
ナツの体がビクッと動いた。そして、ゆっくりと目を開けた。
「ナツ!」
「……グレ、イ?」
「ああ。そうだ。」
「……俺、生きてる?……夢じゃねえ、よな?……本当に……?……うっ……」
ナツの目から涙が溢れ出す。
「……よかった……俺……ちゃんと……助けられたんだな……。」
俺は安堵で心がいっぱいいっぱいで言葉が詰まる。
「……ありがと……ごめん……俺……お前のこと……好きになって……でも……言えなかった……だから……もう……会えないと思ってた……また……会いたかった……ずっと……謝りたくて……ありがとうって言いたくて……俺……俺……ぐずっ……ひっく……うえぇん……ひっく……うあぁあん……!!」
……ナツが泣いてる。
俺のために。
俺のせいで。
俺なんかの為に。
俺のせいなのに。
俺がもっと早く気づいていたら。
ナツの気持ちに気づいていたら。
俺も好きだと言えていたら。
後悔しても遅い。
だから、これからは。
俺の気持ちを全部伝える。
俺の気持ちを全部受け取ってもらう。ナツが泣き止むまで、俺はナツを抱き締め続けた。
ナツが落ち着いた頃、俺はナツに話しかけた。
ナツは俺の顔をじっと見つめている。
「俺も謝らなくちゃいけないことがある。」
勝手にナツの記憶をいじった事。そして……前世の記憶というやつを勝手に見たこと。俺がそう言うと、ナツは言う。
「別にいいぜ?だって、俺は前世の自分も含めて今の自分が好きなわけだし。それに、前世は前世だろ。」
ナツはそう言うが、不安な顔が隠しきれていない。
「ナツ、お前にあと2つ伝えないといけないことがあるんだ。」
「伝えないといけないこと……?」
「ああ、1つは……」
ナツの前世は同じくナツ・ドラグニル、それも様々な世界線でのナツ・ドラグニルの記憶……パラレルワールドというやつだったり、異世界だったりのナツの記憶が1つになっている状態だったと言うことだ。ナツは驚いたように目を見開いた。
「ナツ、ナツは前世も今も、ずっとナツ・ドラグニルだ。」
他の誰でもない、ナツ・ドラグニルだ。俺はナツに伝える。ナツは少し考えた後、納得したような表情をした。不安な顔もだいぶ和らいだ。
ナツは俺の伝えたいことを理解してくれたようだ。ナツが口を開く。
ナツが何かを言う前に、ナツの唇を自分のそれで塞いだ。
ナツが驚いているのがわかる。
ナツの肩がビクッと跳ねる。
もう1つの伝えたいこと、ナツが好きだと言う気持ちをこめてキスをする。口を離して言葉でも、好きだとナツに伝えた。
俺はナツを離して、ナツの手を握る。
ナツは真っ赤になりながら、口をパクパクさせている。俺はそんな様子のナツを見て笑ってしまった。
「さっきのお返しだよ。」
俺の言葉を聞いて、更に赤くなっていくナツの顔を見ながら俺は思った。
(ああ、やっぱり可愛い)
と。
それからしばらくして、俺達はギルドマスター、マカロフへ報告に向かった。
「……なるほどのう……まさかナツがのう……。」
「ああ……だが、これではっきりした。」
「……じゃろうな……しかし……グレイ、お主がナツを助けることが出来るとは……しかも……その……なんというか……色々すっ飛ばして……恋人同士……とか……?」
「まあ、そういうことになる。」
俺が答えると、マカロフは頭を抱えつつも、苦笑して俺たちを見る。
「ナツ、幸せになるんじゃぞ。」
ナツは照れたように笑い、 ナツは小さく、 おう。
と答えた。俺もナツも、お互いがお互いに恋をしている。
この気持ちは誰にも止められないし、止めるつもりもない。
これから先、何があっても、どんなことが起ころうとも、俺がナツを守る。
end!
おまけ
女性となったナツの日々。
グレイの機転により、ナツの記憶をいじり女性となることで、ぜレフの影響から逃れたナツ。
前世というものがあったことでそこまで辛くもないが、ここ十何年も男として生きてきたからか、慣れないことばかりだ。
慣れないこともあるが、このことで得たものもある。グレイに気持ちを伝えることが出来たことだ。
グレイも同じ気持ちだったらしく、しかも実は俺の気持ちに気づいていた……らしい。その時は前世のことや様々な異世界の自分の記憶を持っていたことで悩んでいたから、気持ちを伝えるのははばかられたらしい。
今日はそんな俺たちの、初めてのデートだ。待ち合わせ場所は妖精の尻尾の前にある広場だったのだが……
「……おい……あれって……」「……間違いねぇよな」「……あの二人……付き合ってんのか!?」「……マジか!」「……嘘……信じられないわ……あんなに仲悪かったのに……」
周りの声が聞こえる。どうやらバレてしまったようだ。
ナツは恥ずかしくて仕方がないが、グレイは堂々としている。
それどころか、ナツに話しかけてくる奴らに笑顔まで見せている。
ナツはますます顔を赤くする。
「ぐ、グレイ!早く行こう!」
「ははっ、分かった分かった。」
ナツはグレイの腕を無理やり引っ張って街に連れ出す。さあ、デートの始まりだ。
今日はナツは普段の服装ではない。ルーシィにおめかししてもらったのだ。ナツはいつもの赤い服ではなく、白いワンピースを着ている。髪もポニーテールにしてもらった。
ナツは鏡の前でくるりと回ってみる。
うん、なかなかいいんじゃないか? ナツはそう思って、グレイとの待ち合わせ場所に向かうことにした。
ナツが待ち合わせ場所にたどり着くと、すでにそこにはグレイがいた。
ナツは思わず見惚れてしまうが、すぐにハッと我に帰る。
ナツが近づいていくと、それに気づいたグレイがナツの方を向く。
ナツが、 お待たせ。
と言うと、 いや、待っていない。
と返ってくる。ナツは嬉しくなって、 そっか。
とだけ答えた。その後は周りの騒ぎっぷりご恥ずかしくて強引に歩き出してしまったけど。
ナツは、 どこに行くんだ? と聞くと、 そうだな、まずは飯でも食うか。
と答えられる。
ナツはそれを聞いて、 おう! と言って、グレイの手を握る。
グレイはそれを見て、少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐ微笑んで握り返す。
二人は手を繋いで、街の方へ歩いていった。
end
ナツが成り代わりと勘違いしている理由
このナツは元々は原作軸が主体となっていましたが、幼い頃から原作軸以外の沢山の可能性のナツ(パラレルワールドとか異世界とか)の人格がごっちゃ混ぜになっていました。
そこに現代軸のナツ(♀)が入り込んで主体となりかけているため、ナツは混乱しているんです。
その現代ナツ♀は自分がナツ・ドラグニルという名前ということすらも忘れているため、ナツイコール赤の他人と思っている訳です。
グレイはシルバーと戦っている最中にどれかの前世で両片思いで終わった記憶を思い出してる節あります。