向日葵「今日は、少々陽射しが強いようだね」
「…まあ、はい」
余りにものほほんとした口調で声を掛けられたものだから、朦朧としかけていた頭では回答が少々遅れてしまった。
所用が有るから急いで来い、と言った張本人の金髪の執務官様は、直前に別件で席を外したらしく。
ロイエが辿り着いた時には、エーテルネーアのみが呼び出した用件はミゼリコルドしか知らぬのだと困った様子で肩を竦めて見せた。
――…そこまでは良かった。
問題はその後である。何故、教主様のお散歩タイムのお供を仰せつかってしまったのか。
庭園の中を、例の高いヒールで少々危なげに歩く後ろ姿に付き従いつつ、ロイエは現状への疑問で頭がいっぱいである。
しかも、空からは燦々と陽射しが降り注ぐこの季節。幾ら人工の緑に囲まれた庭園とは言え、気温は高い。
目の前を歩く御方なぞ全身黒に包まれて、日光を吸収し放題な服装ではなかろうか、と何か事が起こった後では大変だからと「暑くないのですか」とそれとなく(直球を)投げ掛けたところ、何事もないと言わんばかりの顔で「今日は、まだ」と返ってきたもんだ。
――…今日はまだ、って何ですかねえ。実際汗ひとつ浮かんでいる雰囲気は見えないんですけど、ちゃんと汗腺生きてます?
追い討ちを掛ける様に「ロイエ隊長は暑いのかい」なんて衝撃発言が飛び出したもんだから、耳を疑おうかと思った。
ええぶっちゃけ暑いですよ、隊服のクソ厚い生地の長袖長ズボンで目の前に居るのが見えてますか、今すぐ帰ってシャワー浴びたい位のテンションなんですけど。…そんな事が仮にも上司様に言えるはずも無く。
「………いえ、そこまでは」
この返事で耐えた自分を凄く大人だと讃えたい。これで見た目に出てたら説得力が皆無なので、最早気力と根性と執念で額に薄く汗をかく程度で耐えれた自分の身体も本当に凄いと思う。
「何故、また庭園へ?」
「見たいものがあってね。…ミゼリコルドが戻って来ないうちに、戻らねばまた機嫌を悪くするだろうから。…余り陽射しの強い日に僕が外に出る事を、彼は好まないらしい」
「それはそうでしょうね、万が一日射病にでもなってお倒れになられたら、こんな庭園のど真ん中じゃ発見も遅れそうですし」
日頃は無神経の塊にしか思えないあの嫌味金髪執務官と、初めて意見が一致した瞬間じゃ無いかと思った。あの人が目の前の彼の事をどう思っているかはさて置き、真夏の庭園のど真ん中で干からびられるのはそりゃ困るだろう。
「そんなに直ぐに倒れはしないよ」
「真夏の炎天下を馬鹿にしていると痛い目を見ますよ。日射病も勿論ですが、エーテルネーア様が日焼けなさっても大変でしょうから」
「小麦色の肌は、僕には似合わないだろうか?」
「似合う似合わないの問題ではなくて、周囲が驚くでしょうね」
「ふふ…ならばいっそ、一度試してみようかな。ロイエ隊長に勧められたと前置きして」
「――…エーテルネーア様は、僕に何か恨みでもあるのですか」
「まさか。…むしろ、その逆に近いよ、きっと」
「謎掛けの様にしか聞こえませんが」
真意の掴めぬ会話と、照り付ける太陽の暑さが相俟って、思考能力は低下の一途を辿っている。
目の前で時折揺れる黒い後ろ姿だけを追い掛けながら進むこと暫く。垂れ下がった枝葉の下を潜り抜けた先が、漸くの目的地らしかった。
「――…あ、」
「今度はどうなさいました?」
「咲いてる」
少々背の高い樹木に囲まれた、隠れ家の様な一角。その開けた中にも燦々と陽射しは降り注ぎ。
強い陽射しには負けぬと言わんばかりの様子で、胸元の辺り程まで背を伸ばした向日葵の花が数輪、僕と彼を出迎えていた。
太陽に向かい、顔をすくりと向ける姿は、生命力に満ち溢れていて。
「此処を見つけた時に、隠して植えておいたものだよ。庭園の他の花々と共に育てるには目立つから」
確かに、整然と整えられた人工庭園の花々と、野性味すら感じさせるこの向日葵は少々相性が悪いに違いない。
花片を撫でて、その生命力を慈しむ様な表情を見せたエーテルネーアは、膝を折ると準備して来ておいたらしい鋏でその1本を茎の途中からぱちりと切り取った。
「…黄金と白銀。良く映える」
「え?」
「ロイエ隊長に、この1本は贈るよ。そのつもりで連れて来たのだから」
思わず言葉を失って、差し出された大輪の花と相手を見比べる。さも当然と言わんばかりの様子で、微笑を浮かべたエーテルネーアは受け取るのを待ち構えんとロイエへと差し出していた。
「えっと…」
「御自宅で幼いお子さんと暮らしていると聞いた。アークでは夏を感じられるものもそう多くはないだろう。共に愛でて楽しむと良い」
「はあ…」
「…何か問題でも?」
「いえ、お気遣いには痛み入ります」
シャオを引き取った事は、事務処理を行った一部の人間なら知り得る事実だ。権力を持ってすれば目の前の上司が其れを知る事も造作ないのだろう。
何時までもその手に持たせてはいられないと、考える事を一旦放棄して向日葵を受け取る。
大輪に花片を広げる花は、正に夏の象徴と言わんばかりの鮮やかな色で手のひらに収まった。
ロイエが受け取った事に満足したらしいエーテルネーアは、それ以上は手折る事無く立ち上がると、再び満足気に花片を撫でる。
「さて、戻ろう。そろそろミゼリコルドが帰って来る時間だ」
「…この花は、一体どうすれば?」
「彼が部屋に居る間は、部屋の花瓶の端にでも挿しておけば良い」
いやいや、それ物凄く目立つやつじゃん。
思わず突っ込みたくなった言葉を呑み込んで、そう言えば目の前の相手は、こういうざっくりとした思考の持ち主だったのだと思い知る。
「…分かりました」
最早、どうにでもなれである。
一刻も早く、この灼熱の炎天下から快適な室内に戻れるならば背に腹はかえられまい。
――…そして、思う。黄金色の夏の象徴を持ち帰った父に、幼い息子はどんな反応を見せるのだろうか。
その結末ぐらいは、いつか目の前の彼に語り伝えよう。