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    mimi_ruru_241

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    現パロ。経済学部のkbnと、生物学部のdnd。ふたりの出会いについて。

    #キバダン
    #kbdn

    2LDKの惑星にふたり(前編)  一.どんぐりひろい

     春風が吹くたび、厨房でさんざん燻された髪から木炭の香りがした。アパートに帰ってきたら、まずは郵便物のチェックをするのがキバナのルーティンだ。開け閉めのたびに金切声で叫ぶポストの中身がなにもないことを確認してから、軋む階段を上がって部屋を目指す。「かわいいから」という言い訳のもと、ドアに飾られたままのクリスマスリースは、覗き穴を塞いでいるのでいい加減どうにかする必要があった。どうせ同居人は何も気にしていないのだろうから、それはきっとキバナの仕事になるのだろう。
    「ただいまあ」
     靴底の減ったスニーカーがあちこちにひっくり返っている。キバナはそれらの合間を縫うように進み、脱いだ靴を自分用の靴箱へ片付けた。せめてこの薄汚れたスニーカーくらいは自分で仕舞ってもらおう、と考えていると、リビングのドアからひょっこりと顔が覗く。
    「からあげっ」
    「おれさまはからあげじゃありませーん」
     まずはおかえりでしょ、とたしなめたって聞く耳なんかない。この2LDKで暮らすもう一人の男、ダンデは「からあげ!」とオウムのように繰り返した。その目はキバナが持つビニール袋しか見ていなくて、あまりの潔さについつい笑う。
    「店長がさ、今日はたくさん持って行けって。ポテトもくれた」
    「最高だぜ店長、いつまでも雇われ店長でいてくれよ」と言いながら、ダンデが袋をかっさらおうとしたので、キバナはその飢えた手をひょいと避けた。「なんだよ」と不満そうな顔をした同居人に、キバナは眉をしかめ、「……で?」と尋ねる。
    「この惨状は、いったい何?」
     キバナはリビングをぐるりを見回した。どういうことか、その床一面に本が敷き詰められていたのだ。全ての本が少しくたびれていて、二人が通う大学図書館のバーコードシールが貼ってある。
    「借りてきたの?」
     言外に「これ全部読めると思ってるのか?」という思いを込めていたのだが、ダンデは悪びれることもなく「うん、夢で見ようと思って」と答えた。
    「夢?」
    「ほら、枕の下に本を入れると、その夢を見るって言うだろ。だから、夢で見たいものの本を借りてきた」
    「それにしたって、こんなにいるのか? 何日間チャレンジする気だよ」
    「いや、これをまとめてセットにするんだ」
     と、ダンデはかたわらに積み上げてあった本を叩いた。その背には「深海生物図鑑」、「広葉樹林の生態学」、「海洋環境学」という堅苦しいタイトルが印字されている。キバナが首を傾げると、ダンデが得意そうに言った。
    「海底に広がる広葉樹林の中で、深海魚と泳ぐ夢を見るためのセットだぜ」
     キバナは一瞬、きょとんとした。けれどダンデはそれに構わず、「これはマグマで足湯をする夢用セット、こっちは大草原をタツノオトシゴで駆けるセットだ」と言いながら、散らばる本を数冊ずつまとめてゆく。一通りの「夢セット」の紹介を受けたキバナは、やがて感心したように、
    「ダンデおまえ、すげえなあ」
     と言った。「ノーベル賞いけるんじゃねえ?」と続ければ、ダンデが「まずは実証する必要がある。今夜から忙しくなるぜ」と不敵に笑った。
    「それに、これがうまくいけば、キミが一年生の時にフラれた子とデートする夢が見られるかもしれないぜ」
    「ばーか、もう引きずってねえよ」
     キバナはダンデの頭を軽く小突き、持ち帰ったバイトの戦利品をあたためるべくキッチンへ引っ込んだ。からあげも一緒に電子レンジへ入れてしまってから、コップに一杯の水をくむ。そして再び「見たい夢セット」をまとめる作業を始めたダンデを横目に、出窓に並んだ鉢植えへ水をやった。鉢植えと言ってもペットボトルを半分に切って土を入れたものだったが、どの鉢でもたくましい若芽が揺れていた。
     みずみずしい葉を指先でつついていると、ダンデが「で、結局キミはなんの夢が見たいんだ?」と振り返った。ウーン、と少し考えて、「おまえのおすすめがいいな」と答えると、今度はダンデがウーンと唸る。
    「じゃあ、宝石が収穫できる畑の農場主になる夢なんてどうだ?」
    「いいね、お金持ちじゃん」
    「ちがうぜ、宝石栽培が大規模農業化した世界線だから、じゃがいもみたいに宝石がスーパーに並ぶんだ。ダイヤが三百グラム一袋、二百円で売られてる」
    「夢なのに夢がねえ!」
     二人は顔を見合わせて、けらけらと笑った。その時、健気にからあげとポテトをあたためていた電子レンジが、忘れてくれるなとばかりにチンと叫んだ。

      ◇

     キバナがダンデと出会ったのは、大学一年生の秋ごろのこと。他の誰もとらなかったスポーツ科学を、「教授のおっさんがハゲてておもしろい」というだけの理由で受講していたキバナは、講義を終えて、食堂でカレー(大盛りで三百円、肉のかけらが入ってたら超ラッキー)を食べていた。ふだんは友人たちと賑やかに昼食をとるキバナだったが、スポーツ科学のある水曜日だけはひとりで食事をしている。仲間たちが大学に来るのは、午後の講義からなのだ。
     食堂は、ここの建築学部の卒業生が設計したとかで、中庭の森に面した一角が全てガラス張りになっている。その窓際の席に座り、スマホを見ながらもくもくとスプーンを動かしていると、窓ガラスに何かがコツンとぶつかった。
     思わず顔を上げたが、特に何も見当たらない。気のせいかとスマホへ目を落としかけた時、風に揺れた木々からどんぐりが落ちてきた。それがガラスへぶつかって、さっきと同じ音を立てた。へえどんぐり、もうそんな時期か。なんて思っていると、中庭の森に妙な男子学生がいることに気づいた。
     その学生は、明らかに異様だった。誰もが皆、友人とおしゃべりをしたり、講義室へ向かって園路を足早に歩き去る中、彼だけが不意に立ち止まったり、しゃがんだりと、他の通行人とは行動のリズムが違っていた。不意に興味をそそられたキバナは、スマホを置いて彼を観察することにした。しばらくもしないうち、行動の意味が判明する。その学生は、森のどんぐりを拾っていたのだ。
    「なんだあいつ」
     不思議な学生はひどく真剣な表情で、どんぐりを拾ってはためつすがめつを繰り返していた。やっていることは幼稚園の子どもと変わらないのに、妙な一生懸命さがそこにあった。キバナはついにカレーを食べることも忘れ、その姿を見つめていた。
     大学に入ってから、キバナにはなんとなく分かったことがある。中高と違って、出身も親しんだ文化も異なる人々が集まる大学では、ひどく分かりやすいものが「個性」と呼ばれることが多い、ということだ。例えば容姿が整っていたりだとか、独特なファッションセンスを持っていたりだとか、そういう目に見えるものを持つ人ばかりが注目されやすい。
     かくいうキバナもその一人で、人目を引くほど整ったルックスである彼は、在籍する経済学部内外でちょっとした有名人になっていた。
     でも、それだけだ、とキバナ自身は思う。別に取り立てて得意な物事があるわけではない。学業成績は人よりちょっとは良いかもしれないが、それだけだ。けれど周りの友人たちは皆、「おまえはキャラが濃いからなあ」と言う。どういう意味? と尋ねても、「イケメンっていうキャラ立ちしてるじゃん」と返ってくる。そういうもんかなあ、という疑問を、覚えたての酒とともに飲み下す。そんなことばかりだった。
     だからキバナは、森のなかでどんぐりを拾う謎の学生に強く惹かれた。彼の横を通り過ぎる他の誰もが気に留めていないけれど、今この瞬間、キバナだけはその人をじっと見つめていた。
     それから毎日、キバナは食堂で昼を食べるようになった。友人に近くのラーメン屋へ誘われても、今金欠だから、という理由で断った。そうして一杯二百円のうどんや、五百円のコロッケ定食を食べながら、中庭の森を観察し続けた。そんなキバナの期待に応えるように、あの男子学生は毎日どんぐりを拾っていた。
     ついに食堂のメニューを一周してしまった頃、キバナの胸には新たな欲求が芽生えていた。キバナは午前の講義が終わってすぐ購買のパンでランチを済ませると、食堂ではなく中庭の森へ向かった。そして今日もしゃがんだり歩いたりを繰り返すどんぐりの彼に近づくと、「ねえ」と声をかけた。
    「ねえ、そこのひと」
     まさか自分のことだとは思っていなかったらしく、数回呼びかけてようやく彼が顔を上げた。美容院へ行くのが面倒なのか(またはお金がないのか)、頬にかかる長めの髪を鬱陶しそうに耳へかけた彼は、「なにか」と少し警戒したように返事をした。
    「この丸いどんぐり、いい感じじゃない?」
     あげるよ、とこぶしを開いて差し出したのは、さっき適当に拾ったどんぐりだった。唐突な申し出に、彼はその茶色い実とキバナの顔を交互に見た。
    「キミは?」と不審そうに尋ねるので、キバナは人好きのする笑顔を見せた。
    「キバナ。経済学部の一年生だよ。あんたは?」
    「……ダンデ。生物学部の一年」
    「なんだー、タメじゃん!」
     よろしく、と勝手にダンデの手をとって、拾ったどんぐりを握らせる。ダンデの眉がぴくりと動いたが、キバナは浮き足立っていて気づかない。キバナは調子に乗って、「なんでどんぐり拾ってんの? おれも手伝う!」と言い、足元の細長いどんぐりを拾った。
    「これなんかどうよ、同じどんぐりでも形が違うぜ」と差し出そうとした、その時だった。
    「同じどんぐりなんかじゃない!」
     ダンデがものすごい剣幕で叫んだ。周囲にいた学生たちが、一斉に二人を見た。たちまちあたりが静まり返る。キバナは何が起きたのか分からず、どんぐりを握ったまま呆然とダンデを見つめた。
    「これはシラカシの実だ。最初にキミが言っていた『丸いどんぐり』ってのは、クヌギの実だぜ。どんぐりはブナ科の実の総称で、正式な名前じゃない。それぞれが別の樹木の実で、堅果や殻斗の形だって違うんだ!」
     ダンデは一気にまくしたてると、金の瞳を激しく燃やしてキバナを見た。その激しい眼光は、何物にも左右されない信念と、正しさのみを追求する潔癖さを秘めていた。
     キバナはこの時、たぶん怒ってもよかった。ちょっと手伝ってやろうという親切心を無視して、頭ごなしに怒鳴られたのだ。しかも「ケンカ」やら「カクト」やらと耳馴染みのない言葉を常識のように言われても、高校では生物の授業のほとんどを寝て過ごしたキバナにとって、ちんぷんかんぷんでしかない。だから別に、やはり個性的なやつは変人なのだと見切りをつけて、飲み会の話のタネにでもしてしまえばよかった。
     けれどキバナは、そうしなかった。
    「ごめん、知らなかったわ」
     心底申し訳なさそうに眉を下げると、キバナは言った。
    「もっと教えてくれよ。おれ、あんたを手伝いたいだけなんだ」
     ダンデはしばらく怪訝そうな顔をしていたけれど、くるりと背を向けた。やっぱりだめかあ、と思っていると、彼は不意に何かを拾い、キバナへ再び向き直る。
    「……手、出して」
    「え?」
     ころん、とキバナの手のひらに落とされたのは、丸いどんぐりだった。
    「これは、アベマキの実。クヌギと似てるけど、こっちの方が楕円形なんだ。この実は二年かけて実るから、次に成熟するのは再来年だぜ」
     正直、クヌギのものと全く見分けがつかないが、ダンデには分かるらしい。
     キバナはぎゅっと唇を結び、熱いまなざしをダンデに向けた。同学年でありながら、かわいい子がいるサークルはどこだとか、単位が楽に取れる講義がどれだとか、そういう知識ではないものを持っているダンデへの尊敬の念が、その瞳に滲んでいる。けれどその奥には、ほんの少しだけでも心を開いてくれたという感動も秘められていた。
    「すごいすごい、もっと教えて!」とはしゃいでねだると、ダンデはむっと唇を尖らせて「実が細いのはシラカシだ。こっちは一年で実をつけて……」とさらに続けた。後になって分かることだが、ダンデが唇を尖らせるのは、照れた時の癖だった。
     きっとここが、運命の分かれ道だったのだ。手伝いを申し出た人に対して、礼も言わずに間違いを指摘するようなダンデを受け入れ、許してやれた時点でキバナには素質があった。
     だからキバナは、この日からきっかり一年後、「ルームシェアしてみない? 家賃も安く上がるしお得でしょ」と提案することができた。二人で借りた2LDKで、ダンデが唐突にタニシを飼ってみたり、バケツを使った稲栽培を始めても、また面白いこと始めたなあと笑っていられるのだ。キバナにとってダンデとの暮らしは、毎日が楽しくて、新たな世界の発見に満ち溢れていた。

      ◇

    「じゃ、そろそろ寝るわ」
     日付が変わった頃、キバナはリビングのソファから立ち上がった。テレビの前から動かないダンデは「驚きの生態! ジャングルで暮らす動物スペシャル」から目を離さないまま「本は持ったか?」と言った。
    「うん。これ枕の下に並べて、中世のドラゴンと宇宙旅行を楽しんでくる」
    「明日の朝、感想を聞かせてくれ」
    「おう」
     そうしてキバナは本を抱え、廊下へ続くドアを開けた。部屋を出る直前、ダンデのほうを振り返ると、彼はさっきと同じ姿勢で真剣にテレビを見ていた。
    「ダンデ」
    「んー」
    「おまえは、そのままでいいよ」
     ちょうどその時、番組がコマーシャルに入った。ダンデはキバナへ顔を向けると、無邪気に笑った。
    「急になんだよ、気持ち悪いぜ」
     窓辺の鉢植えでは、あおい葉っぱが揺れている。それは左端から、アベマキ、シラカシ、クヌギ、コナラ、ウバメガシの苗だった。これがうまく育ったら、盆栽に仕立てるのだとダンデは言っていた。
     キバナはその日を、とても楽しみに待っている。
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