藍家パロ たとえばこんな恋の始まり藍家パロ
俺には自慢の兄が二人いる、正しくは義理のお兄ちゃんだけどな。
両親が夜狩りで亡くなった事を知らずに一人で街を彷徨いながら迎えにきてくれるのをずっと待っていた。
寒い夜犬に追いかけられ雪に足を滑らせ俺は転んだ、そしてまた噛みつかれると体を小さくし震えながら身を守った。
「だれ・・か助けて・・」
震えて声が出ない、それにこの雪で人なんてまばらで見て見ぬふりだ・・こわいよ痛いよ寒いよ涙が溢れて今にも零れそうになった時犬の声が遠くになった。
「大丈夫かい」
俺はゆっくりと顔を上げた、そこにはお母さんと同じ白い着物を着たお兄さんが静かに笑い手を差し伸べていた。
「お兄さん誰?犬はもういないの?」
「ああ、もう君をいじめる犬はいないよ」
大きな手をおずおずと傷だらけの小さな手が触れた。
「曦臣、見つかったみたいだな」
「はい、叔父上無事に保護しました。江氏の方にもご連絡しないといけませんね」
ひょいと抱っこされ視線の高くなった景色をキョロキョロと見回す小さな子供に叔父と呼ばれる顎髭を垂らした男が一枚の綺麗な上着をかけた。
「今まで一人でよく生き延びたな魏無羨」
「俺の名前知ってるの?」
「ああ、お前の両親は私の友人だ。さて帰ろう」
「帰るってどこへ」
魏嬰を抱っこしている藍曦臣が優しく答えた。
「もちろん私達の家・・これからは君の帰る場所にもなるんだよ」
連れて来られた場所はお山の上だった、すごく静かな場所でちょっと寒かった。
「まずはお風呂で温まってから怪我を診ないとね・・その後は軽めのご飯かな」
ご飯という言葉を聞いて腹の虫が鳴り響き慌てて顔を真っ赤にしながらお腹を押さえた。
「元気になってなりよりだよ、今度私の弟にも合わせてあげよう」
「弟?」
「ああ、自慢の可愛い弟だ」
何時ぶりなのかは分からないけど温かいお風呂と綺麗な着物で俺は安心した、だが味のないご飯はがっかりだけどちゃんとした物が食べられるだけマシだ。
「今日は客室でゆっくり眠りなさい。一人でも平気かな」
ふかふかの寝台に乗せられて俺の頭を優しく撫でるお兄さんに大きく頷く。
「お兄さん」
「ああ、私の名前は藍曦臣、号は沢蕪君」
「藍曦臣・・・曦臣兄さん」
「そう、魏嬰のお兄さんだよ」
その夜両親を待つ日から始めて安心して眠りにつけた夜になった。
朝、扉を叩く音で目を覚ました魏嬰は目をこすりながら返事を返した。
「おはよう魏嬰、着替えを持ってきた」
「おはよう曦臣兄さん」
大きなあくびをしながらもぞもぞと自分の体温が残る布団から出て来た。
みんなと同じ白い着物に着替え、外へ出ると寒さでぶるりと身体を震わせた。
「寒かったらもう一枚着た方がいいかな」
ぶんぶんと顔を横に振った後くしゃみをしてしまい、くすくすと小さく笑われてしまいそして温かく大きな手で頭を撫でられた。
「子供は多少の我儘を言っても良いのだよ魏嬰」
数日間ここでの暮らし方を教えてもらっていた、そういえば曦臣兄さんには弟がいるって言ってた気がするけど、どこにいるんだろう。
「これ、きょろきょろしないで書き写せ」
「はい」
藍啓二先生にさっき廊下を走ってるのを見つかって雅正集の写しの罰を受けてる。
家訓という物が沢山ありすぎて頭の中がいっぱいいっぱいだ。
「これにこりて廊下は走らないことだ、あと外もだからな魏無羨」
「はーい」
ごほんと咳払いをされ魏嬰はびくりと肩を震わせた。
「はい」
「よろしい、後明日忘機が帰ってくるからお前を紹介せねばな」
「忘機?」
「私の甥、曦臣の弟だ。務めで外に出ていたのだが、ようやく明日戻って来れるみたいでな・・全くおかげて座学の講師代理を受けることになって・・」
髭を撫でながら愚痴ってる藍啓二をぼんやりと見つめていると
「でも楽しそうではありませんか叔父上、今戻りました」
「ご苦労だった。後お前は他人事だと思って」
「曦臣兄さんおかえりなさい」
ひしっと抱きつきにこりと笑い顔を上げた。
「ただいま」
「ずいぶんと早かったな」
「明日忘機が戻ると言ったら皆早く帰りなさいと言ってくださったのでお言葉に甘えさせてもらいました」
「曦臣兄さん、弟さん忘機兄さんってどんな人?」
「可愛い弟だよ」
「自慢の甥っ子だ。無羨は見習うといいだろうな・・うん。それが良い」
二人に色々話を聞いて想像してみたが思いつかない多分曦臣兄さんみたいにかっこいい、優しい人なんだろうな。
明日は弟さんと会えると思ったらわくわくしてきた、どんな人なんだろうかって寝る時間になって布団の中で色々想像していたけど気づいたら朝だった。
「魏嬰、ちゃんと着なさい。あと抹額曲がってるよ」
「あわわ、これで平気?」
抹額の曲がりを鏡を見ながら直しくるりと振り返った。
「ああ、大丈夫だ。さて忘機に会いに行こうか」
魏嬰は兄が差し出してくれる大きな手を掴むとふにゃりと笑った。
「うん」
始めて藍湛を見た時俺は何故か曦臣兄さんの後ろに隠れてしまった。
「魏嬰、忘機に挨拶を」
こくりと頷き
「おれじゃくて私は、魏無羨を申します。宜しくお願い致します。含光君」
そう挨拶した刹那俺は含光君の腕の中にいた・・綺麗な顔の含光君は曦臣兄さんとは違う香りがした。
忘機?」
「私の弟子にします」
「まぁまだ誰の弟子にするかは決まってはいないが・・今始めて会ったばかりだしもう少し慎重に」
「私のものです」
含光君の腕の中の魏嬰は二人の顔を交互に見つめて混乱し始めた。
「あ・・あの俺・・」
「魏嬰、私のものになって」
綺麗な顔、瞳そして心地よい声と匂いに頭がぼんやりとしたまま俺は答えた。
「はい」
その日から俺は藍忘機・含光君の一義理の弟であり一番弟子になった。
「曦臣良かったのか?」
「忘機がわがままを言うなんて初めての事ですから兄としては嬉しいことですよ叔父上・・それより例の件はどうなされるのですか」
藍啓二は髭を触りながらコホンと咳ばらいをした。
「忘機、無羨、皆で話をしよう」
机で書き物をしている後ろ姿をぼんやりと見つめる、本当何をしても絵になるお兄さんだと。
「藍湛」
横に座り顔を覗き込むと筆を置き目線を合わせてくれる。
「どうした魏嬰」
「んーん。名前呼びたかっただけ、お仕事終わりそう?」
「後少しで・・待ってられる?」
こくりと頷く魏嬰の頭を撫でた後再び筆を走らせた。
「魏嬰は、私が書き物をしているのを良く見ているけどつまらなくないのかい」
仕事を終え膝に魏嬰を乗せ頭を撫でながら話す。
「全然。真っ白い紙に綺麗な文字がすらすらと生まれてくるのを見るの楽しいよ。それに藍湛の傍安心するし」
「そうか・・今度君も何か書いてみるといい、手始めに」
「礼則は嫌だよ」
「魏嬰が掟を破らなければいいだけだ」
ぶぅーと頬をふくらませてそっぽを向かれてしまった。
雲深不知処を二人で歩いていた時犬の声が聞こえてきて魏嬰は藍湛にしがみつく、兄から聞いてはいたがここまで苦手とはと腰を落として背中を軽く叩く。
「藍湛、藍湛、犬がいるよ・・怖いよ。噛まれちゃうよ」
守る様に抱きしめて
「私がいるから安心しなさい。魏嬰を守るから」
涙目の顔を上げ
「本当?」
「約束する」
小指を出し魏嬰とゆびきりげんまんをした。
「俺の事守ってね藍湛」
何故かその日から魏嬰が夜犬の声が聞こえて眠れないと言い私と寝るのが日常になってしまった。
「・・・で魏嬰が怖がるから犬が入れない結界を張れだと」
頭を抱えながら藍啓二が一枚の報告書を見つめた。
「いいではありませんか叔父上。この山には兎も生息していますし殺生されずにすみますし」
「お前達兄弟は魏嬰に大甘すぎる」
藍啓二は愚痴を零していたが数日後には犬は何故か雲深不知処には入れなくなり見かけることも声が聞こえる事もなかった。
「魏嬰、もう犬の声は聞こえないし姿も見えない筈なのだが」
「怖い夢をみたんだ」
がっちりと抱きつかれて震えながら魏嬰が言う。
「どんな夢だ」
「犬に追いかけられる夢」
「夢か・・」
結局彼が大きくなっても私の腕の中で眠っている。
大きくて広い背中を小さな俺は藍先生と見送っていた。
「気をつけてねー早く帰って来てね」
「可愛い弟の頼みだから、早くお仕事終わらせて帰ってくるからね」
曦臣兄さんが笑顔で言って隣にいる忘機兄さんは静かに頷く。
ここ最近の藍氏双璧の活躍は以前より評価が高くなり仙門の集まりがあれば声をかけられ女性からは花を贈られる事も増えて行った。
そんなある日務めから戻った二人の腕には数種類の花を抱えていた。
「またすごい数の花を貰ったなお前達」
「いやはや断ったのですが押し付けられてしまいまして」
二人の兄が持っている花を魏嬰が不貞腐れた顔をして見つめていた。
「魏嬰」
ぷいと顔をそむけてその日は藍啓二の部屋で眠ると宣言され二人の兄特に藍湛の落ち込み具合は半端がなかった。
「魏嬰、明日忘機のとこに戻るのだぞ」
「はい」
次の日の朝も昼も藍湛の元に魏嬰が戻ってくる気配はなく自室でぼんやりと天井を見つめていた。
どの位の時が流れたのかそろそろ申の刻かと思った時カタリと戸を開く音がした。
「た・・ただいま忘機兄さん」
「おかえり魏嬰」
両手を後ろに回し藍湛の前まで歩くと一輪の小さな花を差し出された。
「あげる」
「ありがとう、大切にするよ」
「藍湛」
抹額を手に持って魏嬰が笑っていた。
「もうすぐ客人が来られるのに・・」
「抹額巻いてくれよ」
大きく息を吐き藍湛が魏嬰の手から抹額を受け取り巻いてあげた。
「一人で出来るのに何故?」
「ありがとう。だって、藍湛に巻いて欲しかったんだもん」
嬉しそうにくるくるその場で回っている魏嬰を見ながら空を見上げた。
「そうか、それならば・・・」
そう言って藍湛は自分の抹額を外し
「私の抹額結び直してくれる?」
ぴたりと動きを止め大きな瞳が揺れるのを見つめた。
「あっ・・えっえっ」
周囲を見渡し誰もいない事を確認して魏嬰が藍湛の前まで来て
「藍にーちゃん、どうしたんんだよ。熱でもあるのか腹でも壊したの?もしかして疲れてる」
「私も魏嬰に巻いて欲しかったのだが・・」
抹額を手渡され耳元で囁かれた。
「こういう時ずるいと思うぞ」
「巻いてくれる?」
「うん」
抹額は家族道侶しか触れてはいけない・・ここに保護され1年たった時に俺は藍啓二先生の養子になった訳だからお互いの抹額に触れても問題はないんだけど。
目を閉じる藍湛に魏嬰が抹額を巻く、曲がってないかとか結び目はきちんとしてるかを確認して、
「藍湛終わった」
「ありがとう」
大きな手が頬に触れ、身体が熱くなった。
「さぁ客人を迎えに行こうか」
「うん・・じゃなくて・・はい」
俺は自慢の兄二人のようにはふるまえないけどそれでも藍氏の名に泥を塗ることはしたくはない。
客人を静かに見つめ姿勢を正しいつも見ていた二人のように拱手した。
堅苦しい挨拶も上手くこなせた。
二人きりになり俺はすぐ藍湛の腕にもたれかかり
「ちゃんとできた?」と毎回不貞腐れながら問うと肩を撫でてくれる。
「問題ない」
藍湛にとって俺は義理の弟で一番弟子なんだよな、それ以上でも以下でもない。
でも俺にとっての藍湛は兄以上の家族とは違う感情もあるんだけど・・俺は藍湛に恋してる・・でもこれは黙ったままの方が良いのかな。
「魏嬰戻ろうか」
「うん」
今は藍湛が傍にいて俺の名前を呼んでくれるだけで俺はとっても幸せだ。