ぶぜまつとポリネシアンセックス・第五夜前編 本丸の畑にて、松井江は今までにないほどの熱量で畑仕事に精を出していた。本日の畑当番は松井と蜻蛉切の組み合わせで、蜻蛉切の手伝いと日頃畑仕事にやる気を出さない松井の尻を叩くために桑名江が自主的に手伝いに来たのだが、
「桑名、次は!?」
「あっ、えっと……じゃあ、向こうの区画にこれで追肥を、」
「了解!」
松井は桑名から肥料の入った桶を引ったくるように受け取って、ずんずんと勢いよく指定された区画に向かっていった。その後ろ姿を、桑名が呆然と眺めている。
「……松井、熱でもあるのかなぁ?」
普段の気だるげに畑仕事をする様子しか見ていなかったので、桑名は今キビキビと動く松井に違和感しか持てなかった。桑名が心配そうに松井の方を見ていると、後ろから蜻蛉切が声をかけてきた。
「松井が、どうかしたのか?」
「あっ、蜻蛉切様……。いや、いつも畑当番やるときの松井はもう少しだるそうな感じで、だから蜻蛉切様の負担が増えないか心配で来てみたんですけど……」
考え込んでしまう桑名。
「でも今日はなんか、すごいやる気満々で……」
「そうなのか? しかしまあ、やる気に満ち溢れているのは結構なことではないか」
「それはまあ、そうなのですけど」
桑名の憂慮をよそに、松井はひたすら作業に没頭していた。そうでもしていないと、むらむらと沸き立つ劣情が頭と胸の中に溢れてきてしまうのだ。
ああ、早く、早く、夜にならないものか。五日間かけて松井の体と心に刻まれた熱が、松井を突き動かしていく。そのうちに体表面までもが火照ってきた気がして、松井は上着の裾で額の汗を拭った。
「おやおや、大丈夫デスか? 暑そうに見えマスが」
声のした方を見上げる松井。そこには、いつの間にか千子村正が立っていた。
「……そうだな、確かに暑い」
「であれば、脱いでしまいまショウ」
「そうだな。では、これを持っていてくれないか」
「お安い御用デス。huhuhuhu……」
村正に促されるまま上着を脱ぐ松井。村正は松井の上着を受け取って、黒のインナー姿で畑仕事に勤しむ松井の姿を微笑ましく眺めていた。
「うんうん、良い脱ぎっぷりデスねぇ。ワタシもつられて脱ぎたくなってきました、huhuhuhu……」
そうして村正が自分の着衣に手をかけたところで、
「村正ぁ!! 脱ぐなーーーっ!!!」
それを見つけた蜻蛉切が、村正を止めるために慌てて駆け出していく。桑名は上着を脱いで作業に熱中している松井をしばらく眺めていたが、やがて考えるのを中断して、自分の仕事へと戻っていた。
***
本丸の訓練場では、毎日手合わせが行われている。本日の組み合わせは大包平と豊前で、二振りは疾さこそ拮抗しているが、その他の練度は大包平の方が上回っている。そして、
「隙あり!」
「うお!?」
豊前が気を散らした瞬間を見逃さず、大包平が正面から打ち込んできた。当然回避も間に合わず、手合わせ用の木刀が豊前の肩をバシンと払う。
「どうした? 集中力を欠いていては手合わせにならんぞ!」
張りのある大声が、訓練場に響く。叱責された豊前は、一旦深呼吸をしてから自分の頬を両手でパチンと叩く。それから改めて、豊前は大包平に向き直った。
「悪い! 今ちょっと、頭ん中が雑念ばっかりでさ、」
「雑念ばっかり!!?」
大包平が目を丸くして豊前を見返す。
いま豊前の中にある雑念とは、松井と迎える今夜のことであった。少し気を抜けば、五日間じっくりと醸成された情欲が頭の中にむらむらと立ち上ってくる。
そんなことを微塵も知らない大包平は、構えを解いて心配そうに豊前の顔を覗き込んだ。
「頭の中が雑念ばかりというのは、おおよそまともな状況ではないのではないか?」
「ああいや、でーじょーぶだって」
雑念の内容が内容であるだけに、豊前はおいそれとそれを他の刀剣男士に打ち明けられない。それでも大包平は、豊前を慮って声をかけてくる。
「なにか悩みがあるのなら、この大包平がいつでも話くらいは聞いてやる」
目の前の大包平は、大真面目に豊前の心配をしてくれている。その事実が少しくすぐったくて、豊前はつい頬を緩めてしまう。
「あんがとな! でも今は、ひたすら体だけ動かしてー気分なんだ」
「そうか。であるならば、刀剣の横綱たるこの大包平が存分に付き合ってやろう。光栄に思うがいい!」
再び構えを取って向き合う大包平と豊前。豊前は大包平に向けて、ニッと歯列を見せて笑った。
「いいやつだな、大包平って。きっといい『りいだあ』になるぜ」
「ふん、当然だ」
そうして再度手合わせを始める二人。豊前は雑念を払うように、果敢に大包平へと打ち込んでいく。
ああ、早く、早く、夜にならないものか。時間の経つ遅さをもどかしく思う気持ちが、豊前のがむしゃらな剣筋に乗っていた。