ぶぜまつがイルミネーションを見に行く話「豊前、頼む! 松井をどうにか説得してくれ!」
豊前の部屋の中に、鶴丸の声が響く。鶴丸国永は、その鶴丸とそう言って豊前江に頭を下げている。その横に並んで同じく頭を下げている乱藤四郎を見比べて、豊前は困惑の表情を浮かべている。
「豊前さん、ボク達どうしてもキラキラのイルミネーションで本丸をデコりたいんだよ」
「でも松井が『固定費が増えるのは看過できない』って承認してくれないんだよ。長谷部と山姥切の承認は貰えたのに」
「俺としては、長谷部と山姥切が承認した方が意外だけどな」
鶴丸と乱が互いにちらりと目配せをして、小さく笑った。
「長谷部さんは、主の喜ぶ顔をチラつかせたら秒で承認してくれたんだ」
「あいつチョロすぎねーか」
「山姥切は、なんか知らないけどすんなり承認してくれたんだよな。光坊もそうだけど、長船の系列はああいうの好きなのかもしれないな」
そして再度、二振は豊前の方を見る。
「そんで、あとは松井の承認を貰うために豊前の力を貸してほしいんだ」
「うーん……俺としてはやりてーことやりゃいいって思うけど、まつは財布の紐の話では絶対折れないタイプだからなー……」
「大丈夫だよ! ボク達で完璧な作戦も考えてきたから、豊前さんはそれに乗ってくれたらいいの!」
乱の勢いに気圧される豊前。その豊前をよそに、二振は話を続けていく。
「まず豊前さんが松井さんをデートに誘って、色々な場所を巡ってから、最後に綺麗なイルミネーションを見に行って……」
「そんでもって、イルミネーションに見惚れる松井に『俺も本丸で、松井とこういう景色が見たい』って豊前が囁いてやれば松井はメロメロ、承認も下りるって寸法よ」
「……あんさ、ふたりとも、俺のこと何だと思ってんだ?」
豊前は呆れたような表情を浮かべる。
「でも豊前も、松井と逢引したいだろ?」
「……ん……まあ、それは、そうだけどさ……」
豊前と松井が交際していることは、既に本丸内でも知られている。鶴丸と乱の二振は、松井と好い仲の豊前であれば話を聞いてもらえるかもしれないと踏んでいた。
「じゃあ決まりだな。良い機会だから、お前も松井としっかり逢引してこいよ」
「お土産恋バナ、楽しみにしてるね!」
豊前の肩を、鶴丸がぽんと叩く。渋っている豊前を置いて、あれよあれよと事が進んでしまう。そうして次の休暇に、豊前は松井と現世にてデートすることがほぼ確定的となってしまった。
§
「……豊前?」
逢引を頼まれた流れを思い返していた豊前に、松井が声をかけてくる。日が落ちてからも賑わいが絶えない街中で、二振は次の目的地に向かって歩いていた。
「悪い、今日はホント寒いなって思ってさ。まつは寒くないか?」
「大丈夫」
楚々とした笑みを見せる松井。華美ではないが上質なコートを着た松井は、人混みの中でも凛として綺麗であった。豊前がその綺麗さに少しの間魅せられてしまっていると、松井が再度豊前の顔を覗き込んできた。
「豊前、またぼーっとしてないか?」
「あっ、悪い。その……」
心配そうな松井の表情から、豊前は目を逸らしてしまう。
「……上着、似合うなって思ってさ」
松井は一瞬だけ目を丸くして、それからはにかむように微笑んだ。夜に向かって薄暗くなる空の下、松井の頬がほのかに赤くなっているのが見えた。
「ありがとう。これは、お気に入りのだから……すごく嬉しい」
下がる目尻も、マフラーの隙間から立ち上る白い吐息も、豊前の目にはとても愛おしく映る。甘い想いを己の中で噛み締めていると、豊前は前にいた人にぶつかりそうになってしまう。
「おわっ」
豊前はそれをぶつかるギリギリで避けて、小さく会釈して通り過ぎようとする。ふと周りを見回してみると、上を見て端末の撮影機能を立ち上げている人が多かった。豊前もつられて上を見ると、
「わ、」
街路樹に飾り付けられたイルミネーションが、まるで空に瞬く星々をまぶしたように、きらびやかに点灯していた。
豊前が隣をふと見ると、松井もイルミネーションを見上げている。周りの電飾が、見上げる松井の横顔をほのかに照らす。その横顔と碧い瞳が綺麗で、豊前はそっちに見入ってしまう。
「こういうの、初めて見るよ。綺麗なんだね」
不意に松井が振り向いてきて、豊前の胸が高鳴った。
「もしかして、豊前ってこういうの好きなのか?」
「あ、それは、えっと……」
「僕も、こういうのって綺麗だとは思うんだけど……どうしても『電気代どのくらいいくんだろう』ってどこかで考えてしまうんだ。悪い癖、だよね」
微笑みつつも、目を伏せる松井。その表情を見て、豊前は思い切って口を開く。
「実は、俺もこういうの、今日初めて生で見たんだ」
「そう……なのか?」
「そもそも今日まつをここに連れてきたのは、鶴さんと乱に頼まれたからなんだ。まつにイルミネーションを見せたら、気が変わって許可してくれるんじゃねーかって言われて……」
唐突な暴露を聞いて、松井は目をぱちくりさせる。
「でも今、そういうの関係なく思ったんだ。俺は本丸でも、こういうキラキラのやつを、まつと一緒に見たいって」
「豊前、」
松井の目をまっすぐ見ながら、豊前は言葉を丁寧に紡いでいく。松井も豊前の顔を見返して、その言葉を余さず受け取ろうとしている。
「だからその……これはもう、俺のわがままなんだけど……、本丸での『いるみねーしょん』も、許可してやってくんねーかな……!」
懇願するような言葉と表情を受けて、松井は少し考えを巡らせた。そして、松井は自分から豊前の手を握ると、
「そう……だね。許可する方向で、検討してみるよ」
柔らかな表情で、松井が返答した。紅い瞳が丸くなるのを見て、松井は小さく笑う。
その後日、イルミネーションは本丸内の礼拝堂近くのバラ園の区画に限り許可される運びとなった。飾り付けられた電飾が初めて点灯された夜、豊前と松井の二振が寄り添って、その光景をうっとりと眺めていたという。