「ん……」
閉じた瞼のとばり越しでも、世界が明るく白んでいるのがわかる。
ゆっくりと目を開いて身体を起こすと、一晩折りたたまれていた羽根が嬉しそうに伸びをしてから二回、緩慢に空を切って羽ばたいた。カーテンを引く余裕すらなく楽しんでしまったせいで部屋には朝日が差し込み、こうもり羽の付け根のつやめいた黒が反射してレザーのようにてらてらとかがやく。
「まぶし……、」
溢れた声がかすれている。隣で眠る人は起きる気配がないが、昨日は夕飯を食べてから夜更けまで興じたせいで精力をたっぷり吸ってしまったからそれも道理だろう。まあ、三回も四回もやったのにひからびたミイラになるどころかちょっと眠りが深いだけ、というのがこの体力おばけの恐ろしいところだけれど……。
広いシーツの海はしわくちゃで、チェズレイもモクマも裸のままだ。ふたりして体力を使い果たしてそのまま糸が切れたように眠ってしまったらしい。
おざなりに拭うくらいはされたようだが、たくさんかいた汗の残滓で身体がべたついている気がする。シャワーを浴びないといけないのに、だるくてこれ以上動く気になれない。サキュバスは精を吸う側なのに、お腹は今もじゅうぶんすぎるほどいっぱいなのに、それとセックスで消費する体力は別腹らしい。情けないことだ。
もういいや。自己嫌悪に陥るのすらおっくうで、二度寝を決めて、うすい掛け布団をひっぱりあげて、せめて日除けにしようとモクマともども頭の上まですっぽりと覆う。かたい立ち上がった毛がぺしょりと潰れてちょっとかわいい。ほっぺを緩ませながらこちらに放られたたくましい二の腕に擦り寄ってずうずうしく枕にすると、意思とは関係なしにしっぽが動いて、ふとももに愛しげにからみついた。目を閉じて、モクマの匂いをいっぱいに吸い込む。
(わたしも、もうすこしだけ……、ん?)
……と、ひとつの布団のかまくらに収まったせいで、びんかんなサキュバスの鼻はかぎとってしまった。
ただの汗の残り香だけでは、ない。そこに混じった、深く濃厚な、これは、昨夜たくさん頭の上からふりかけられて脳をとろかせた、おいしそうな雄の匂い……、
「あ……♡」
たまらず、暗闇のなかで目を開く。闇の眷属は忍びよりもさらに夜目がきく。首を下向きに倒して見えたものに、知らず甘ったるい声があがっていた。
……予想通り。きのうあんなにしたというのに、眠ったままのモクマのペニスはゆるく立ち上がっていた。
(なんて匂い、こんなの、腹が疼いて……♡
……いけない、朝っぱらからなんてこと……)
サキュバスにとって精液は栄養源だ。どうしたって惹かれてしまうのは仕方ないけど、でも、彼の方は生理現象なわけで、それに反応するなんてさすがにはしたない。あさましい。
(それに、お互い風呂にも入っていないわけで、そんなものに触れるだ、なんて、衛生的じゃ、ない、とんでもない……)
……などと、理性は必死に警告するけれど。
頭がどれだけ止めようとも、残念ながら身体の方はとっくに陥落していた。意志に反して白い腕は突っ張って、もぞもぞ起き上がって、四つん這いになって、ゆっくりと布団のトンネルを、つぶれた髪から発達した筋肉を越えて、脚のほうへと進んでいく。衣擦れの音がみだらな欲求を咎めるように耳の中で大きく響いた。
「……っ♡」
そうして、筋肉に覆われて太い二本の脚の付け根の前にお尻をつけてぺたりと座り込んで。ついに辿り着いた『それ』は、まるで満開の大輪の花の前に佇んでいるかのようなかぐわしさでもってサキュバスを歓迎した。鼻腔から脳髄へと抜ける匂いを噛み締めながら、知らずはあ、はあと荒くなる吐息を繰り返しながら、チェズレイはそびえる雄しべをじっと見つめる。
(おお、きい……♡)
ずっとサキュバスとしての生を呪ってきて、それがもモクマと出会って自らを受け入れられるようになって、ようやくセックスにも慣れてきたけれど、いつも彼はどうしても発してしまう男を誘うフェロモンにも負けずにちょっと丁寧すぎて焦れるくらいに優しく抱いてくれるし、チェズレイはモクマに触れられるだけであの濃厚な精気を受け取って酔っ払ったみたいにとろとろになってしまうから基本的にされるがままの方が多かった。だから、こんなふうにこちらから動くのも初めてなら、ペニスをまじまじと見るのも初めてで。
血管の浮き出た赤黒い幹は太く長く、傘は大きく張っている。先端からは先走りが垂れていて、チェズレイがおそるおそる手をのばすと、ぷちゅ、と音がして指が濡れた。
「あァ……ッ♡」
途端流れこんでくる精気。それだけで感じてしまって、尻尾がゆれてぱたぱたとシーツをたたく。もう到底止まることなんかできなかった。迷うことなく手のひらで熱い肉の棒を掴んで、擦って、それでも足りずに、
「ん……♡」
根元を手で支えながら、唇を寄せる。さらに匂いが強くなる。興奮で脳が焼き切れそう。亀頭から溢れる透明な腺液をぺろりと舐めるだけで、殴られるような快楽がやってきた。おいしい。腹で精を飲むのとはまた違う、舌が痺れるような魅惑的な味。飢えたねこがミルクを飲むようにぺろぺろと舐めていると、その刺激に反応するように、モクマがかすかにうめいた。それが可愛くて、もっと聞きたくなって、というか、もうこんなちょこっとじゃたりなくて……、
「ん、む……、〜〜〜っ♡♡♡」
耳に髪を引っ掛けて。ぱくりと口に含んだ瞬間にびゅる、と先走りを咥内に放られて。あまりの濃い精気に、チェズレイは目を見開いたまま腰を震わせて絶頂した。
(なに、これ、おいしい……っ♡♡♡もっと、ほしい……♡♡♡)