バチバチ「なんだかマイキーくんみたいですよね?」
放課後に寄ったゲームセンターの帰り道。万次郎と堅と武道は互いの戦利品を見比べて、堅の戦利品への武道の感想がそれだった。
武道の言葉に、堅は小脇に抱えていたそれをひょいと両手で視線の高さまで持ち上げて、まじまじと向かい合う。片手で持つには少しばかり大きめな、おなかにサラシを巻いたつぶらな目をしたピンクのウサギ。言われてみれば確かにな。「オマエ、小さいマイキーか」なんて堅はウサギに向かって話しかけ、妙に納得したように笑う。
「まぁマイキーだし、小さいか」
そうウサギに向かう軽口も、マイキーだと思えてしまえばこそ声音は甘い。
鼻にかかった語尾が少し甘たるい、それは万次郎にだけ向けられる特別な糖度。なのに堅はそれをやすやすとウサギの万次郎に向ける。そんなやり取りを横目に万次郎は甚だもって面白くない。堅に抱き上げらえたウサギをじいっと見つめて不満げだ。
「それ、ケンチン持ち帰るの」
「オレが取ったんだし。なぁ、ウチ来るか、オマエ」
堅は持ち上げたウサギのつぶらな瞳に問いかける。むうっとむくれた万次郎をよそに、反応したのは武道だ。
「なんかかわいいですね。ドラケン君がそんなの持っちゃうの。もしかして部屋にかざったりしちゃいます?」
「ん―、オレんとこ狭ぇし」
「もしかして一緒に寝たりしちゃったりして」
そのひと言に万次郎はまたもやピクリ。万次郎のこめかみに怒りのマークがうっすらと浮き上がる。めらりとする万次郎の気配に武道は自分のうかつさにはっとする。
「まぁこいつは誰かさんと違って寝相悪くないだろうからな。蹴とばされなくてすむわ」
「寝ててもマイキー君の蹴り、強そうだからなー」
ハハハと笑いながらも武道の心臓はばくばくと激しく警鐘を鳴らす。一緒に寝てるんだ、なんて冷静に頭の中だけでツッコミを入れながら、けれど万次郎の様子に武道の頭の中ではキケンキケンと甲高い音が鳴り響いてそれどころではない。
「ケンチンそいつと寝んの。オレじゃなくてそいつと寝んの」
「なにオマエ、ウサギと張り合ってんの」
「別に張り合ってねーし」
「そんじゃやっぱコイツと寝るか。オマエの場所ねぇからな、オマエ床な」
「だったらケンチンも床で寝ろや」
「あぁ?オレのベッドだぞ、なんでオレが床なんだ」
「じゃあ、やっぱソイツ!ソイツが床でいーじゃん!」
いったいなにを争っているんだか。たまらずぷぷっと噴き出したのは武道だ。
「マイキー君。それじゃまるでドラケン君、取られたくないっていってるみたいですよ」
ついポロリと心の声がこぼれ出る。しまったと思った時には遅かった。
「うるせ、オマエ黙ってろ。これはコイツとオレのタイマンなんだ。邪魔すんな」
ビシ、と万次郎がコイツと指差したのは堅の腕の中のピンクのウサギ。万次郎の心は既に臨戦状態だ。
ギラリすごんだ万次郎はその背にはやはり本日の戦利品のもふりとしたクマを背負っていた。自分と同じほどの身長の、むしろ万次郎の2~3倍はある大きな頭を揺らしたクマに頭からがぶりとやられている。ように、みようによっては見える。
小柄な万次郎が大きなもふりとしたクマを背負ってどんなにか睨んでも、怖いどころかかわいらしいに拍車がかかるだけ。コントかよ。つい噴き出した武道に罪はない。
実は。クマを背負った万次郎に、または万次郎が背負った大きなクマに、堅はさきほどからどうにもこうにも胸のあたりがもやりとして、眉間をぎゅっと寄せたままだ。
万次郎がよいしょとばかりに背負っているのはキングサイズの大きなクマだ。落ちてしまわないように万次郎の背中に覆いかぶさるようにがしりとしがみつき、腕をまわして首元にしっかりと巻き付いている。
落とさないようにクマの腕をしっかりと握るのは万次郎だ。そうなのだけれど、どうにも堅にはクマ野郎が万次郎を背中からしっかりと抱きしめてーーいるように見えるのは、どう考えても自分がおかしいのだとわかってはいても。万次郎ごしに大きな頭を傾けてじいっと堅をにらむ無機質な目が、コレハオレノと主張しているようで。
どうかしている。堅は眉間に皺を更に寄せ、凄みをきかせて万次郎とその後ろのクマを見直した。
クマを背負ってぷくりと頬を膨らませて不満げな万次郎は、東京卍會なんていかつい名前の暴走族の総長の威厳どころじゃなくて。万次郎の頭の上でクマは無言でじいっと堅を見据え、ナンデモオミトオシとでも言っているかのようで。 その上、クマの頭のちょこんと小さな金色のリーゼントが誰かに似通っているようで。堅は少しばかりバツが悪い。
(いったいオレはなににヤキモチ焼いてんだ?)
ヤキモチなんて単語が浮かんでしまえば、堅は益々、あーあと思う。気が付いてしまった時点でもう負けだ。
仕方ねぇなと頭の中で囁いて、堅は力ずくで万次郎の背中からクマを引きはがす。何かいいたそうな目をしたクマには気がつかないふりをして、万次郎の背をがしりと羽交い締めにする。そうして万次郎にだけ聞こえるように耳元で囁いた。
「こっちのほうがいいに決まってんだろ、」
「ケンチ、」
それは低くて甘たるい、万次郎の好きな声。耳に脳にじわりと響いてじんとする。万次郎を溶かす声。
「こいつもオマエも連れて帰るわ」
きっぱりと言って、堅は引きはがしたクマをほらよと武道に押し付ける。
「コイツは任せた」
有無を言わせない堅の迫力に、いらないとは到底口にできない武道だった。
武道に抱えられたクマはもう意味ありげな目をしているようには見えない。くったりとして武道にのしかかる、ただの大きなクマだ。
(ゲンキンなもんだな、オレも)
堅は腕の中で当たり前のように収まる万次郎に身を屈めて頬をすり寄せる。
「どしたよ、ケンチン」
珍しい堅の甘えたに万次郎はまんざらでもない。
「たとえクマだろうとなんだろうと、オマエがおとなしく誰かに背中任せてんの、かなり面白くねーんだわ」
拗ねたように堅は唇の先をとがらせる。堅の子供のようなそれは、それは非常にとても万次郎をくすぐった。
「んだよ、仕方ねーな、ケンチンは」
万次郎はまるきり堅と同じ言葉を満足げに口にした。