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    m_nc47

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    https://poipiku.com/3049945/6431759.html の続きです

    #たいみつ

    謎パロオメガバースたいみつ② 事業は順調に進んでいる。大寿は街と国の首都、ときには周辺国へと行き来し、現地の政治家や企業との商談を重ねていた。滞在は年末までの約三ヶ月の予定だ。今は成績優良者の特例という建前で、父のコネのもと、登校せずに課題提出のみで高校の単位をもらっているが、年が明ければ卒業と大学進学に向けた準備も加速する。特に大学進学については───たとえそれが秘密裏に内定しているのものであったとしても───さすがに入学試験を受けないわけにはいかない。大寿が経営者として輝かしい一歩を踏み出す───父に認めてもらうためには、年内にあらゆる交渉事をまとめ上げ、この場所に大寿がいなくても事業が進む状態に整えてから母国に帰る必要がある。反社会的勢力の掃討は、その礎となるほんの一歩目にすぎない。

     急襲されたあの夜から一週間も経たない頃、街の中心部の市場を視察しているときだった。ふいに香った百合の花に似た匂いに、三ツ谷の匂いだ、と、大寿のアルファ性が本能的に悟った。しかし大寿の視界に闇夜を溶かすような白銀の髪は見当たらない。急に立ち止まって辺りを見渡した大寿に、ボディーガード───あの夜ふたりを喪ったあと、新しく雇った現地の男たちだ───も周囲を警戒し、内ポケットの拳銃に手をかける。大寿はふたりに緊急事態ではないことを伝え、ここで待機するように命じた。そして本能の赴くまま、己のアルファ性を強く刺激する香りの根源を人混みの中に探し始めた。その行為の是非を理性で問う暇もなく。
     あの夜以来携行するようになった拳銃と、ボディーガードや側近といつでも連絡が取れるスマートフォンがスーツのポケットに入っていることを確かめながら、今の自分はさながら犬のようだとせせら笑いが込み上げる。しかし、歩みを進めるごとに色濃くなっていくその匂いが、大寿の本能を───アルファとしての欲求を、今まで経験したことがないほど強く煽り立てているのだ。
     大寿は人一倍強壮で精悍なアルファだ。大寿から無意識のうちに発せられる鮮烈なオーラとフェロモンにオメガが当てられないよう、そして大寿自身がオメガのヒートに暴走することもないよう、抑制剤を常用している。今朝も始業前に服用したばかりだ。
     生まれてこの方、大寿の周りにあるものは───バース性も含めて───ほとんどすべてを自らの支配下に置くことができた。ましてや自分自身の感情や行動を自分で制御できないことなどありえなかった。かつての大寿はたしかに日常的に弟妹に暴力を振るっていたが、その行為さえ大寿の冷静な理性のもとで行われていたのだ。もし父が今この大寿の姿を目の当たりにしたら、きっと拳が飛んでくるだろう。それをわかっていても、大寿はやはり、三ツ谷を探し求めるのをやめることができなかった。そもそも、大寿がこうして仕事を中断してまで三ツ谷を探し求める論理的な理由さえどこにもないはずなのに。

     香りに誘われるがままに辿り着いたのは、市場を囲むようにそびえる廃ビル群の一角に潜む、上階の通路の突き当たった小さな部屋だった。ビルの廊下や階段には三ツ谷と同じような十代以下の少年少女がたむろしている。ついに理性で誤魔化すことさえできなくなった、アルファの獰猛さをむき出しにした大寿のひとみに子どもたちが怯えるのがわかった。しかし、今はそれを取り繕う余裕さえない。息が切れ、額には汗が滲み、喉がやけに渇くのは、急かされるように三ツ谷を探し回ったせいか、それとも腹の底から無限に湧き上がる制御不能な欲望のせいか、区別することもできなかった。
     部屋に続く扉は閉じられていたが、この廃墟で鍵などというたいそうなものがとうに破壊されていることは明らかだ。それでも他人の空間にノックをせずに立ち入るのは流儀として憚られて、大寿はなけなしの理性を振り絞り、逡巡ののちにゆっくりと三回、その鉄製の扉を右手の指の第一関節を使って叩いた。当然返事はない。
     気づけば離れた部屋の入り口から顔だけを出した子どもたち───日本の就学年齢にも満たないような幼子たちが数人固まり、大寿を訝しげに観察していた。闖入者がどんな立ち居振る舞いをするのか、見届けずにはいられないのだろう。

    「……三ツ谷、いるんだろう。オレだ。……柴大寿だ。……入るぞ」

     数度ノックを繰り返して三ツ谷を呼んでも返事はなく、子どもたちの好奇が混ざったまなざしに募った居た堪れなさが、結果的に大寿の背中を押した。大寿は腹を決め、子どもたちの視線から逃れるように部屋に入り、すぐに内側から扉を閉めた。その瞬間大寿を包み込んだのは、大寿のすべてをアルファの本能それだけで支配するような、ヒートの盛りを迎えたオメガ───三ツ谷の、むせ返るほど強烈な香りだった。昼間だというのに日が差さず薄暗い部屋の一番奥では、ほとんどぼろきれのような毛布を頭からかぶった三ツ谷が倒れ込んでいる。

    「三ツ谷、」

     慌てて駆け寄り膝をついて三ツ谷を抱き起こすとその拍子に三ツ谷がかぶっていた毛布が肩まで滑り落ち、紅潮した頬と汗で額に張り付いた前髪があらわになった。大寿の腕の中で───急に現れた大寿に驚くことも抵抗することもできず荒く短い呼吸を繰り返す三ツ谷からは、大寿の性本能を刺激する香りが、三ツ谷以外のすべてを失いかねない危うく魅惑的なオメガの誘いが、今までの比にならないほど強く発せられている。あまりに艶然としたその香りと姿に、大寿はごくりと生唾を飲み下した。

    「んぇ、嘘、大寿くんじゃん……。何でいんの、」

     三ツ谷を呼んだ大寿の声が震えていたのには気づかれなかっただろうか。自分に触れた大寿の体温と姿をみとめた三ツ谷は、大寿の気も知らずに溶けるように微笑んだ。

    「てか大寿くんめっちゃ良い匂いする、なんかつけた?」

     きっと大寿が三ツ谷に当てられたせいで、抑制剤の効果を失ったアルファのフェロモンが発せられているのだろう。大寿は振り絞るように「おまえのヒートのせいだろうが」とこぼした。

    「抑制剤はねえのか」
    「ンなモン買う金ねぇよ、てかこんなやべぇヒート初めてだし……」

     大寿は今すぐその赤く色づいたかんばせに熱烈なキスを贈りたいのをぐっとこらえ、三ツ谷を自分の膝の上に横たえて左手で支えながら、右手でジャケットの内側をまさぐった。

    「……これを飲め。アルファ用の抑制剤だがオメガが飲んでも問題ねえ。効き目は少し落ちるが、何も飲まないよりはずっとましだ」

     大寿がそう言いながら取り出したのは、緊急時に追加服用するため肌身離さず持ち歩いているアルファ用の抑制剤だった。二錠取り出したうちのひとつはあとで自分が服用することに決め、まずは一錠を三ツ谷の口元に押し当てた。

    「いや、大丈夫。もらっても返せねえし……いつも寝てりゃ治る……」
    「ふざけんな、冗談言ってんじゃねえ」

     常人なら震え上がるような大寿のすごみにも臆さず、三ツ谷は頑なとして薬を受け入れない。そうしている間にも刻一刻と強くなる三ツ谷の香りに痺れを切らした大寿は、三ツ谷の鼻を思い切りつまみあげた。ヒートでぐったりとした三ツ谷の体ではまともな抵抗もできない。大寿は錠剤を一粒自分の舌に乗せ、息苦しさに我慢できなくなった三ツ谷が口で呼吸したその瞬間、唇同士を触れ合わせ、錠剤を己の舌ごと三ツ谷の口の中に捩じ込んだ。
     こんなことをしなくても、三ツ谷に薬を飲ませる手段は他にもっとあっただろう。大寿がこんな行動に出たのは、目の前のオメガを食らい尽くしたいという本能的な欲望が理性とせめぎ合った結果だった。もし大寿が三ツ谷の熱にこれほど惑わされていなければ、大寿はもっと違う───まともな方法で三ツ谷に薬を飲ませたはずだ。
     大寿の大きく厚い舌が三ツ谷の喉奥近くまで薬を押し込んだのに観念し、三ツ谷は己の舌で錠剤を掬い取りそれを静かに嚥下した。絡み合った舌の熱に本能が理性を圧倒しそうになるのを堪え、ゆっくりと唇を離す。唾液がふたりを繋ぎ、大寿を見上げる誘うように潤んだ三ツ谷のひとみと目があったとき、全身に電流が走るような心地がした。大寿が物心ついた頃から大事に育ててきた人並み以上の理性がなければ、そのまま場所も、自分が仕事中であることも構わずに、三ツ谷を抱き潰していただろう。大寿は欲を振り払うように掌に残ったもうひとつの錠剤を飲み込み、三ツ谷を抱え直した。

    「……三十分もしねぇうちに効いてくる。しばらくここでじっとしてろ」

     大寿は三ツ谷がかぶった毛布ごと、その頼りない痩身をぎゅっと抱き寄せた。

    「……大寿くん、本当に良い匂い」

     大寿の肩口に頬を、首元に額を押し当て、三ツ谷が動物のように大寿に擦り寄る。熱い吐息が鎖骨にかかるのがたまらなかったが、大寿は抑制剤の効果そのものよりも、自分は抑制剤を飲んでいるという事実を信じることによって三ツ谷の体を無理やり暴かずに済んだ。

    「……大寿くん、まだここにいてくれる?」
    「ああ、おまえの熱がおさまるまではここにいる」

     今、三ツ谷を置いて仕事に戻っても、くすぶる熱が───三ツ谷を求める本能が、大寿が三ツ谷以外について考えを巡らせることを許してくれないだろう。大寿の返事に、三ツ谷は小さく「良かった」とこぼした。

    「こうしてると、なんかすげぇ落ち着く……」

     大寿は三ツ谷の頭頂部に顔をうずめ、少し傷んだその髪の毛に頬ずりをした。湧き上がる安堵感に小さく息をつく。抑制剤の効果もあり、そのまま大寿と三ツ谷を包み始めたのは、穏やかで優しい、しかし浮ついた熱っぽさを残す心地の良い沈黙だった。分け合った体温は───少なくとも大寿には───今まで感じたことのない、高揚感と安らぎが混ざり合った不思議な感覚を教えてくれた。

    「……三ツ谷ァ、って、うわ、悪りぃ、お取り込み中?」

     大寿が言う三十分を迎えるか迎えないかの頃合い、そんなふたりだけの沈黙を打ち破ったのは、ノックもなく部屋に立ち入ってきた、こめかみに龍の刺青を飼う辮髪の男だった。

    「ドラケン!」
    「本当に柴大寿じゃん、すげえ」

     無事に抑制剤が効き体調が回復したらしい三ツ谷がはつらつとその男の名前を呼び、大寿の腕の中から子犬のように飛び出して行った。自信に満ちたまなざしで大寿を射抜いた男は、「オレは龍宮寺堅。よろしくな」と大寿に右手を差し出してくる。その堂々とした立ち居振る舞いや三ツ谷と親しい様子からして、初めて会った日に三ツ谷が言っていた「オレみたいに腕っぷしに自信のあるヤツ」のひとりなのだろう。大寿も立ち上がって龍宮寺に歩み寄り「柴大寿だ」とその右手と握手を交わした。

    「さっき、マナ───三ツ谷(こいつ)の下の妹が血相変えてオレんとこ来てさ。『おにいちゃんが怪獣に食べられちゃう!』って。怪獣っておまえのことだろ」

     龍宮寺はそう笑い、「頭の上でお団子のふたつ結びした女の子見なかったか? そいつがマナ」と問いかけてきた。たしかに、この部屋に入る大寿を見届けたあの幼子の集団の中に、そんな髪型の女児がいたかもしれない。あのときは三ツ谷の香りに支配されかけていたので、周囲にいた人をはっきり記憶するほどの余裕はなかったが。

    「抑制剤持ってきたけど、この感じだと今日は要らない?」

     龍宮寺は三ツ谷に向き直り、パンツのポケットから抑制剤を一錠取り出した。

    「ああ、大寿くんがくれたアルファ用の抑制剤がよく効いたみたい。譲ってくれた嬢には返すときありがとうって伝えといて」

     いつも悪いな、と微笑んだ三ツ谷に、龍宮寺が「困ったときはお互い様だろ」と笑い返す。

    「で、なんで柴大寿はここにいんの?」
    「知らねぇ。なんで大寿くんここにいんの?」

     龍宮寺と話していた三ツ谷が大寿を振り返り、いたずらめいた響きを持って大寿に問いかける。大寿は大きなため息をつきながらスーツについた埃を払った。

    「テメェが発情期の匂いをプンプンさせてるから、心配で香りをたどって見に来たんだよ。市場の人混みの中にいたのにはっきりわかったぞ」

     龍宮寺は体格も発するオーラも明らかにアルファのそれだが、そもそもこの男こそなぜ平気でいられるのだろう。いくら抑制剤で多少おさまったとはいえ、あれだけ強烈に発せられていた香りはまだこの部屋の中に色濃く残っている。龍宮寺も大寿と同じように抑制剤を服用しているのだろうか。大寿の言葉に、三ツ谷と龍宮寺は驚いたように顔を見合わせた。

    「オレの匂いなんか今までほとんど誰にも気づかれたことねぇよ。ドラケンだって今大丈夫だろ?」
    「ああ。何の匂いもしねえ。言われてみれば、オメガのヒートっぽいにおいがするような、しないような……」
    「……龍宮寺は抑制剤飲んでねぇのか」
    「アルファ用の抑制剤なんて高尚なモンはここにはねえよ」

     健康状態が悪いオメガはヒートを起こせるほどの栄養も体力も持たず、ヒートを起こしてもアルファを誘引できるほどのものにはならないと学校で習ったことを思い出す。だからこそ、発展途上国では貧困にあえぐオメガの「生殖力」───地域によってはオメガの存在価値と直結してしまうその能力がたびたび問題になるのだということも。

    「さっきも言ったけど、オレがこんな派手なヒートを起こすのも初めてなんだ。そのへんにいるガキどもにもアルファ性が発現してるやつが何人かいるけど、みんな平気で遊んでただろ?」

     三ツ谷の言葉に、大寿はどこか腑に落ちないまま問いかけた。

    「じゃあおまえは今まで本当に抑制剤もなしでヒートを寝て治してたってわけか?」
    「うん、まあ……。こんなふうにドラケンが薬持ってきてくれることはあったよ。あ、ドラケンは市場の外れにある風俗のオーナーに育てられたの。だからそこの嬢に頼めば……余裕があるときは一錠くれてさ。でも、どうしても薬が手に入らないときは、ドラケンとか……こいつ以外にもアルファが何人かいるんだけど」
    「マイキーとかな」
    「そいつらの匂い嗅いで寝てれば治ったかな。繰り返すけど、オレのヒートがこんなに重くなるのなんか本当に初めてなんだよ」

     龍宮寺や、知らないアルファに体を寄せて眠る三ツ谷を想像した大寿の腹の底から湧きあがったのは、紛れもない嫉妬心だった。その苛立ちが表情や雰囲気に出るのを押さえつけることもできず、威圧的なオーラに三ツ谷が少し怯んだのがわかる。龍宮寺が三ツ谷を庇うように三ツ谷と大寿の間に割って入った。

    「……どう考えても、今回の三ツ谷のヒートにはおまえが関係あると思うぜ。それから、オレたちと三ツ谷はあくまでここで生まれ育った幼なじみ───戦友、仲間だ。体の関係は持ってねえから安心しろ」
    「……ああ、分かってる」

     大寿は自分をたしなめるようにゆっくりと息をついてから、手持ちの抑制剤の残りをすべて取り出し、三ツ谷のてのひらに押しつけた。

    「これをできるだけ早くオメガ用の抑制剤と交換してもらえ。交換相手が見つからないなら売って、その金でオメガ用の抑制剤を買うんだ。それも見つからないならオレに言え、オメガ用の抑制剤を調達してきてやる。……今は抑制剤が一時的に効いてるだけだ。健康なオメガなら、ヒートは普通一週間続く。自分の身を守れ」
    「いや、もらえねぇよこんな高いモン……。返せねえモンはもらわない主義なんだ」
    「見返りを求めて渡してるんじゃねえ。オレが渡したいから渡してるんだ。……オレのエゴを受け容れてやったくらいに思え」

     三ツ谷が「でも」と言い返したのを龍宮寺が「もらっておけよ」と諌める。そこで三ツ谷はようやく、諦めたように大寿の抑制剤を自分のポケットの中にしまった。しかし、その様子にさえ、自分の言うことは聞かずに龍宮寺の言うことは聞くのかと苛立ちが募る。

    「……おまえの生活拠点はここか」
    「うん、まあ、いろんなとこフラフラしてるけど、寝泊まりは基本ここ。妹たちもいるし」
    「また明日様子を観にくる。抑制剤、換金せずにちゃんと飲めよ」

     これ以上三ツ谷の前にいると普段の自分を保てず、またあの頃の───弟妹を殴り飛ばす、暴力で感情を表現する自分に戻ってしまいそうなのが怖ろしかった。礼を告げる三ツ谷の声を背に部屋を後にしながら思案した大寿は、翌日、両手から溢れんばかりの大輪の花束を抱え、再び三ツ谷の前に現れた。
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