かわいい+かわいい=最強 誕生日は特別だ。一年に一回。今日はオレの誕生日! って言ったら、みんな「おめでとう」って言ってくれるし、何かプレゼントしてくれたりする。自分が特別だって思えるそんな日。最高。
プレゼントはあっても無くてもいい。とにかく、「おめでとう」って言ってもらえたら、それだけでいい。
っていうのは建前で、プレゼントはあった方が嬉しいに決まってる。昔は誕生日だけが、唯一欲しい物を買ってもらえる日だった。あんまり高いものは無理だけど、何にしようか考えるだけでワクワクした。後は、友達がくれるお菓子とか、文房具とか、ちっちゃい物でもなんでもとにかく貰える事が嬉しかった。
だから大寿くんの誕生日には、とにかく大寿くんが喜んでくれるものをあげたい。そのためなら多少の犠牲はやむを得ない。主にオレの小遣いという名の犠牲は。
「落としても拾えねェからな」
「わかってるって」
バイクの後ろに跨って、ドラケンの背中にしがみついた。間に、大寿くんへのプレゼントをしっかり挟んで。
「ありがとな」
「いい加減オマエも免許取れよ」
「金がねェの」
「ダンナに出してもらえよ」
「ぜってェヤだし、ぜってェムリ」
大寿くんオレがバイク乗るの反対だし。危ないからって。それなら自転車だってよっぽどあぶねぇのに。
「溺愛されてんな」
「されてるよ」
ドラケンは笑いながらカーブに沿って車体を倒した。大事なプレゼントを落とさないように、腰に回した腕に力をこめた。
……オレより背が高いくせに、胸もデカイくせに、腰超細い。ムカつく。内臓どこにあるんだよ。
「テメェなにしてんだ! 事故るぞ!」
シャツとパンツの間に手を突っ込んで直接お腹を撫でたら怒られた。
マンションの前まで送ってもらって部屋に戻ると、大寿くんはまだ帰ってなかった。この隙にプレゼントをラッピングして隠しておかないと。
「……かわいい」
買ってきたプレゼント、サメのぬいぐるみを抱っこして改めて見てみた。絶妙に丸いフォルムとか、開いた口とか、かわいい。さすが大人気I〇EAのサメ。前に大寿くんと買い物に行った時、大寿くんは見つける度にちょっと足を止めてじっと見てた。買う? って聞くと、違うとか、欲しいわけじゃないとか、なんかいちいち言い訳してきたけど、あんなにじっと見てたら誰だって欲しいんだってわかるし。
その時は値段見てなかったけど、今日改めて見たら、一メートルくらいある大きなぬいぐるみの癖にオレでも全然買えるくらいの値段で安心した。犠牲は少なかったのだ。何なら二匹くらい買ってもよかったけど、さすがに持って帰れないってドラケンに止められた。
このデカさだし、袋に入れるラッピングより、直接リボン着けた方がかわいいかな。真っ赤なリボンを尻尾……じゃなくて尾びれの付け根に結んでみた。うん、かわいい。
大寿くんはサメが好き。オレの次くらいにサメが好き、のはず。持ち物をよーく見ると、ちょこちょこサメモチーフのが混ざってるし、昔から使ってるマグカップはサメの絵がついてるし、前水族館にデートに行った時は、サメのいる水槽の前からしばらく離れなかった。
早くこの子大寿くんに渡したいな……。誕生日は次の日曜日だからちょっとだけ我慢。キレイに結べたリボンを潰さないようにぎゅっと抱きしめて、ソファの上に寝転がった。
抱き心地最高……大きさといい……柔らかさといい……これは……ヤバイ……。
仕事を終えて家に帰ると、隆がいるはずなのに明かりがついていなかった。数時間前に送ったメッセージも既読になっていない。何かあったのかと心配するから、GPS付けられたくなかったらマメに返事してくれ、と言ってある。ので、大方寝落ちたのだろう。
「隆」
リビングの照明をつけると、案の定ソファの上に足が見えた。近くにカバンが置きっぱなしのところを見ると、出かけて帰ってきて、そのままここで寝てしまったのだろう。
「隆、起き」
近づいて、上からのぞき込むと、思わず息を飲むほどの光景が広がっていた。
ポケットから携帯を取り出して、カメラを起動して、シャッターを連打した。
これは聖画にも匹敵するのでは? いやむしろこれこそが聖画なのでは? 愛しい恋人が、酷く可愛らしい寝顔で、可愛らしいサメのぬいぐるみを抱きしめて眠っている。こんなにもこの世の愛しさを集めた絵が存在していいのだろうか。サメの鼻先に頬をくっつけて、静かに規則正しい寝息を立てている。この愛らしさと愛おしさを語る言葉が出てこない。隆の事は常日頃からこの世の誰よりもかわいい存在だと思っている。口には出さないが。愛しているとは言えても、かわいいと言うのは何故かむずがゆい。それはいったん置いておいて、かわいい隆が抱きしめているのは、非常に愛らしい姿のサメだ。こいつはI〇EAのサメだ。以前行った時に見た。それはもう店内のいたるところに置いてあった。いかに人気かがよくわかる。人気なのもよくわかる。サメのぬいぐるみ界でもトップレベルの愛らしさだ。当然リアルさは無いが、程よいデフォルメ感に愛らしい目、開いた口の少し間の抜けた感じがまた良い。目がボタンではなく刺繍なのは、子どもが遊んだ際取れてしまっては危険だからだという企業のこだわりだ。ボタンの目よりもより個性や特徴が出る、愛着が湧くという考えらしい。素晴らしい。万人に愛されるサメを作ってくれた開発者には感謝してもしきれない。店で見た時、本当ならば数匹連れて帰りたかったが、隆の前で無駄な見栄を張っていらないと言ってしまった事をしばらく後悔していた。数匹はさすがにアレだが、一匹くらいは良かったんじゃないか、と。隆はそんなオレの浅はかな考えを見抜いて、こいつを買いに行ってくれたのだろう。いつものミニスカートやショートパンツではなく、きちんと足の隠れる丈のパンツを履いているところを見ると、恐らく龍宮寺辺りのバイクに乗せてもらって行ったのだろう、今度また礼を言っておこう。彼女のおかげでこの光景が生まれたのだから。ああ、サメに押し付けた頬の形がかわいい。押し付けられて凹んだサメの顔の形がかわいい。悪いとは思うがシャッターボタンを押す手が止まらな――
どうしよう。うっかり寝ちゃった。なんか音が聞こえて目が覚めた。大寿くん帰ってきちゃったんだ、サメ隠し損ねたなぁ、と思ったけどそれはもうどうでもいい。カメラで連写する音が聞こえる。え、なに、マジでなに。ずーっと撮られてるんだけど。すっげぇ目を開けづらい。寝てると思ってるんだよね? 寝顔を撮るのはまあいいけど、オレも大寿くんの寝顔撮った事あるし、にしても撮りすぎなんだけど。連写って。
そんな変な顔してるかな、ヨダレ……は垂れてないよな。ほんとなに、こわ。これ起きてもいいのかな、起きない方がいいのかな、一応、大寿くんのプライド? 的なもののために。
あ、いや、ダメだ。トイレ行きたい。
「……大寿くん……?」
さも、今起きましたよ、って感じを演出しながら目を開けてみた。たいじゅのた、くらいでシャッター音はピタッ止まった。
「おかえりなさい……」
「ああ、ただいま」
すごい勢いでポケットに携帯をしまったのをオレは見逃さなかった。
「隆、それは……」
こうなったら仕方ない。起き上がってソファに座り直した。まだちょっと早いけど。
「大寿くんへの、誕生日プレゼント!」
サメのお腹を大寿くんに向ける形で抱っこして、手……じゃない、胸びれをバンザイ! の形にしてみた。
「――ッ……」
あれ? 嬉しくない? なんか手で口隠して向こう向いちゃったけど。
「大寿くん?」
胸びれをピコピコ動かしながら声をかけてみた。
「隆」
「ん?」
「写真撮っていいか」
「え」
「かわいい」
……大寿くんが、オレのこと、かわいいって言った!
この後二人で調子に乗って、大寿くんの携帯の画像フォルダが限界になってしまった。大寿くんは即追加のメモリーカードを注文した。
あと、数日後、同じサメが3匹、家に届いた。リビングに二匹と、寝室用に一匹と、車用に一匹。名前はそれぞれ、シャーク、むねにく、もちまる、サメ子だって! 呼び間違えるとすっげェ文句言うの! みんな一緒じゃん!
「よく見ろ、目の感じとか、肉付きとか、違う」
わかるわけないじゃん……。こっそり名前の刺繍を入れたら、思いのほか喜んでた。よし。