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    かもめ

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    かもめ

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    過去作。
    20201213

    #上耳
    upperEar
    ##ヒロアカ

    【hrak】上耳が夜行バスに乗る──朝の空気って、もっと清々しいものだと思ってた。
     薄い霧に包まれた知らない街の景色を眺めながら、上鳴電気は思った。
     お気に入りのバンドのライブツアーの地方公演に参戦すべく、生まれて初めて夜行バスに乗った。新幹線だって飛行機だってある時代、わざわざ夜行バスを選んだ理由は、単に安価だから。それに、横で欠伸をする彼女──耳郎響香が、どうせなら観光もしたいと言い出したからだった。朝のうちに現地に到着できる夜行バスならば、夕方のライブ開始までゆっくり観光できる。
    「俺、夜行バス初めてなんだけど」
    「え、そうなんだ」
    「耳郎は乗ったコトあんの?」
    「ライブの遠征で、何度か。終わるの遅いやつとか、泊まらずに帰るにはもう夜行しかない、みたいな時もあるし」
     初めて何かをするときに、隣の人物が経験者というのは心強い。喉が乾燥するからマスクがあった方が良いとか、コンセント付きの車両の探し方とか、耳郎に言われるがままにあれこれ準備して、夜闇の中で胸をどきどきさせながらバスに乗り込んだ。眠れないかも、という心配は完全に杞憂だったようで、バスが動き出してしばらくすると、上鳴はすうっと夢の中へと落ちていった。一、二回サービスエリアでバスが止まったような記憶はあるが、そのとき以外は目も覚めず、身構えていたよりもきちんと睡眠が取れた夜だった。
     目が覚めたのは運転手の控えめなアナウンスが聞こえたからだ。車内の空気は、およそ20人の人間が狭い中で一晩過ごしただけあってじっとりと濁っていた。カーテン越しの朝日がキラキラと眩しく希望や爽やかさを感じさせて、その光が当たったところだけ空気が浄化されているようにすら見えた。
     それなのに。

     上鳴と耳郎がバスを降りたのは、夜行路線の終点、都会のど真ん中だった。朝日は相変わらずキラキラと眩しいけれど、その光では洗い落としきれないくすんだ匂いがそのあたりに漂っている。路地裏のごみ箱を野良猫が漁り、雑居ビルの裏口から夜の仕事を終えた風体の女性が出てきて帰路につく。酔っ払いでもいたのか、道端に吐瀉物が落ちているのを見つけてしまい、上鳴は思わず眉を寄せて目を逸らした。水に混ぜた不純物がコップの底に沈殿するように、この街には朝の空気にそぐわない、淀みが溜まっている。
    「……寝れた?」
    「……まあまあ」
     寝起きで頭が回っていないせいか、互いに会話と会話の間に微妙な間ができる。耳郎はぎゅっと強く瞬きをし、をぐるぐると回して身体を解した。上鳴も真似をして肩を回すと、全身が凝り固まっていることに気が付いた。
    「朝ゴハン、どうする?」
    「どうって……」
    「まあこの時間じゃ二十四時間開いてるトコしか開いてないと思うケド」
     普段はしゃきしゃきと目的地を決めて行動する耳郎が、気怠そうにスマートフォンをいじる様子はどこか新鮮だった。二人が道の端で朝食の店を探している間、スーツを着たサラリーマンが幾人か足早に通り過ぎて行った。通勤ラッシュにはまだ早い時間だが、朝が早い人なのだろう。
     徒歩数分の場所にお馴染みのバーガーチェーン店があるのを確認した二人は、ネットの地図を頼りに見知らぬ街を歩いた。未だ車通りが少ない大通りに乗客が少ないバスが走り、ビルの一階に詰め込まれたコンビニに商品を搬入するトラックが細い路地を塞いでいる。道端のゴミを突いていたカラスは、上鳴たちが近づくと逃げるように飛び去って行く。バスを降りてものの三十分ほどの間に、燻っていた夜の名残が朝の風景にじわじわと溶かされていった。

     二十四時間営業のバーガーチェーンには、ぽつりぽつりと客がいた。示し合わせたように一つ飛ばしにテーブルが埋まっているので、混みあっているわけでもないのに席が選びにくい。二階建ての店内を一周半ほどうろついた後、だぼだぼのパーカーを着た青年がちょうど席を立ったのでそこに荷物を置いた。
    「耳郎何にするか決めた?」
    「ホットケーキのセット」
    「えー! 決めんの早!」
    「ココのホットケーキ好きなんだけどさ、朝しかやってないじゃん」
     早く決めなよ、と耳郎に急かされて、結局決まらないままに注文カウンターの列に並んでしまった。「飲み物はコーヒーね。ホットで」なんてさっさと自分のリクエストを決めた彼女は、席に残って携帯に目を落としている。上鳴は散々迷ってソーセージが二枚入ったマフィンサンドのセットを選び、二人分の朝食をトレーに乗せて席に戻った。
    「アリガト。何にしたの?」
    「肉いっぱい入ってるやつ。ちょっと高いから迷ったけど」
    「ふーん。限定のヤツにするなら、一口もらおうと思ってたのに」
    「朝ってあんま来ないじゃん! 何食ってもレア感あるから迷うんだって!」
     軽口を叩き合いながら、包み紙をはがしてマフィンサンドにかぶりつく。カリッと香ばしい食感に続き、みちみちに詰まったソーセージから肉汁が溢れた。マフィンの周りに纏わりついた粉がパラパラと落ちて、トレーとテーブルを汚した。
     知らないバスに乗って、知らない街で、知らない人に囲まれて、耳郎とふたり、『知ってる味』の朝食を食べる。そうしていると不意に、自分たちは周りの人々からどのように見えているのか気になった。いつの間にか埋まった隣の席のお爺さんは、コーヒーだけ頼んで新聞を広げている。店の外では、制服を着て自転車に乗った学生が二、三人連なって通り過ぎていく。先ほど手際よく注文をさばいてくれたレジのお姉さんは、きっと何か月も何年もこの店で働いているのだろう。上鳴と耳郎が何時間もバスに乗ってこの街に降り立った「余所者」だなんて、きっと誰も気づいていないのだ。
    「……上鳴?」
     そんな感慨に耽りながら窓の外を眺めていると、向かいに座る耳郎が上鳴の目の前で“イヤホン”をひらひらと動かした。
    「眠い?」
     どうやら、ぼんやりと考えごとをしていた様子が、眠気が残っているように見えたらしい。
    「いや、なんか、遠くに来たなあって思ってた」
    「なにそれ」
     耳郎は意味が分からないというように笑った。上鳴がぼんやりしている間にホットケーキを食べ終わってしまったようで、蓋つきの紙コップからちびりちびりとコーヒーを飲んでいる。猫舌のくせにホットを頼む彼女がこうして温度を確かめながら飲み物を飲む光景はもはやお馴染みのもので、上鳴はどこか安心した心地になった。
    「俺、朝のメニュー結構好きだからさ」
    「うん?」
    「帰っても、今度近場でこうやって朝メシ食おうぜ」
     朝のメニューだけではない。街の日常が始まるこの光景が、この雰囲気が、好きだと思った。昼間以上に互いが互いに関心を向けていない街の中で、いつも通りの彼女の様子を見るのが好きだった。
    「……アンタが、朝起きれるならね」
    「……努力します」
     冷たく返す耳郎に対し、上鳴が大袈裟にしゅんとして見せると、彼女がおかしそうにくすくす笑った。「それより今日! いまからドコ行くか決めよ」と携帯電話を取り出す耳郎を見て、知らない土地に来たんだという実感がまた湧いてくる。バーガーチェーンの、いつもと同じ味のコーヒーを飲みながら、ふたりはこれから始まる非日常に胸を躍らせていた。

    fin.
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