息子の彼氏は超格好良い今日は超可愛い私の一人息子とのランチの日。
床屋さんの後にちょっぴり奮発してレストランに行くのがお母さんの楽しみのひとつだった。
エビフライにハンバーグ、てっぺんに旗が立っているまあるいオムライス、厚切りベーコン入りのナポリタンにフライドポテト、それからプリン。そんな絵に描いたようなお子様ランチにあなたが目をキラキラさせていたのがつい昨日のよう。すっかり大きくなったね、なんて言ったら24にもなった息子に失礼よね。
向かい合わせに座ったテーブルは昔のまんま。赤いチェックのテーブルクロスも変わらないわ。でも出久の前に置かれているのはお子様ランチじゃなくてビーフシチューで。そしてその隣りにもうひとつおんなじお皿が並んでいて。
そこには出久の超格好良い恋人が座っている。
「それにしても消太くん、髪、思い切ったわねえ。すっぱりさっぱりね」
今日は消太くんも連れて一緒に髪を切りに行きたいと出久から連絡をもらった時はちょっと短くするくらいだと思っていたの。だからレストランにショートヘアの消太くんが現れた時には私びっくりしてひっくり返りそうになったわ。モデルさんかと思ったくらい。長身だし、スタイルが良いし、芸能人みたいに顔がちいちゃくて(羨ましい)。そしてオシャレなパーマをかけたみたいに綺麗に髪がウェーブしてて。
「ずっとむさ苦しくしていてすみません」
「あらあらご謙遜。長いのも好きだったのよ。私、ハーフアップのお団子ヘアが一番好きなの」
「ありがとうございます」
素直に御礼を言う消太くんにこちらまで嬉しくなってしまうの。だって最初のうちは褒めると戸惑ったような反応をしていたから。
「……それで。出久はさっきからどうしたの?お腹空いてないの?」
レディースセットのサラダをつつきながら息子に話を振るけれど、当の本人は心ここにあらずと言った様子で天井を見上げている。スプーンは辛うじて手にしたけれどビーフシチューは手つかずのままだった。
「出久っ?」
「……ッえ?!あっ、な、なに、お母さん!」
少し大きな声を出したらやっとお返事してくれたけど、不自然に首が曲がっている。消太くんのほうを必死に見ないようにしているような……。
「食べないの?冷めちゃうよ?」
「あっ!食べる食べる!食べます!いただきまーす!わー、美味しそうだなあ〜!」
出久、あなた『いただきます』を言うの二回目よ。
どこか具合でも悪いのかしら。それとも悩み事でも抱えてるのかしら?けどそれなら消太くんが何か言うだろうし、本当にどうしたのかしら。
「お母さんここのビーフシチューは美味しいね、やっぱり最高だよ。いやあ美味しい美味しい美味しいなあ!」
「ちょっと出久、」
遅れを取り戻すかのようにハイペースで食べ始めた出久。掻き込むというより流し込む勢いで見ているこっちの喉まで詰まりそうになる。
慌てて止めようとしたら消太くんがすかさず出久の右手を取って制止してくれた。
「落ち着いて食べなさい」
「ひゃっ!!!」
びっくりするくらい飛び上がった出久の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。くるくる目を回して茹でダコさんになった出久は、まるで消太くんとお付き合いを始めた頃のようで……。
「出久、もしかして消太くんが格好良過ぎて挙動不審になってるの?」
「ふぇっっっ?!?!?!?!」
あ。予想的中ね。
動揺した出久はスプーンからぼたぼたとビーフシチューを零し自分の胸のあたりに落としてしまった。じわりと服に広がっていく焦茶色のシミ。
消太くんがおしぼりを手に取って、出久の肩をグイって──────あ。
間近で向かい合った不可抗力で出久は消太くんの顔を真正面から見ることになってしまった。視線を逸らすことができないまま出久がカタカタと震え出す。
「何してるんだ全く、」
おしぼりで出久の胸元を拭いてあげる消太くんが更に覗き込むような態勢になった。伏しがちの目元にさらりと黒髪が落ちて頬に影を落とす。
絵になるわねえ……なんて溜め息をついていたら、とうとう出久が失神した。……ん?失神…………?
「い、い、出久ーーー!!!!!」
店内に私の悲鳴が木霊した。
このあと消太くんは出久の残したビーフシチューも平らげスマートにお会計まで済ませてしまい、出久をおんぶした上にお醤油とみりんと料理酒とお味噌の入ったレジ袋も持ってくれて、家までしっかり私のことをエスコートしてくれた。
家に着いてやっと出久は意識を取り戻したけれど消太くんの顔を見てまたすぐに意識を失ってしまった。これが惚れた弱みってやつなのかしらねえ。恋って試練が多いわ。乗り越えていきなさい出久。プルスウルトラよ。