外出届「失礼します」
職員室に澄んだ声が響く。
よく知った声に顔を上げれば、キラキラの大きな目でこちらに向かってくる緑谷少年の姿があった。ヒラヒラと手を振ると小さく手を振り返してくれる。可愛い。
けれど緑谷少年の足は私のところへ向いているわけではなくて、大抵いつもその手前で止まる。
そこには彼の担任である相澤くんがいた。緑谷少年は相澤くんに懐いている。
懐いている、というかそれ以上というか。
私の口からは上手く説明できないが絶大な信頼を寄せているように見える。教師と生徒として良き関係を築いているのだろう。
うんうん、とてもナイスなことだ。
小テストの採点をしていた相澤くんが手を止めて緑谷少年を見上げた。
「どうした」
んー、素っ気ない。
相澤くん。もっと嬉しそうにしたら良いのに。
可愛い生徒が訪ねて来たんだからさあ。
けれども少年は相澤くんが視線を向けてくれただけで嬉しいと言わんばかりに顔を綻ばせていた。
健気だねえ少年。
オジサン、君の純粋さに心が洗われるようだよ。
「外出届を提出しに来ました」
頭を下げながら両手に持った小さな紙を相澤くんに差し出す少年。一応許可制になっている外出届だけど、却下されることなんて滅多に無い(却下されたのを見たことがあるのは峰田少年くらいだろうか)。
生徒自身が危機意識を持って必要最低限の外出しかしていないからだろう。
「ん、」
だーかーらー。相澤くん愛想。スマーイル。
緑谷少年も緊張した面持ちになっちゃったでしょ。受け取った外出届に目を通す相澤くんを見つめる少年はしきりに指先を弄んでいる。もしかしたら手汗なんてかいているのかも分からない。
分かるよ少年。
相澤くんの前に立つと、ちょっぴり背筋ピンとなるよね。
(ん?あれ?)
相澤くん、額に手を当てて項垂れてるぞ?
少年、合わせた手の平を口許に持っていって笑ってるぞ???はにかんでるようにも見える。
一体どうなってるんだろう?
「書き直し、先生の言う通りに書いて」
「外出は、しても良いんですよね?」
「……ああ、良いよ」
引き出しから白紙の外出届を取り出した相澤くんに手招きされて、少年が相澤くんのデスクの上で新たに外出届を書いていく。
相澤くんの指示通りペンを走らせる少年は実に楽しそうだ。二人の距離が近い分何を話しているかまでは聞こえない。何だか秘密めいたやりとりをしている気がしてこちらまでくすぐったい気持ちになってきた。
「これで受理しとく」
「ありがとうございます」
「はい、じゃあまた明日」
「はい、また明日」
少年は相澤くんに一礼した後、私のほうにもぺこりと頭を下げて帰って行った。何だかその足音にまで嬉しさが滲み出ているようだ。
何故だろう。
少年の背がドアの向こうに消えたのを見届けてから私は相澤くんに声をかけた。
「相澤くん、緑谷少年の外出届、どうして書き直しなんだい?」
「……オールマイトさん、聞いてたんですか」
うっ、ほら。
ものすごーーくじとおって睨まれてる。
背筋がピッてなる。
「あーいや、聞こえちゃったっていうか何て言うか、ねっ」
「ねっ、じゃないですよ。例の計画書今日まででしょう。盗み聞きなんかしてる暇無いんじゃないですか」
「あ、相澤くんは手厳しいなあ」
冷や汗をかく私を尻目に相澤くんは席を立ち、さっきの没になった外出届をシュレッダーにかけた。ザーって静かな音で相澤くんと緑谷少年の秘密が機械に吸い込まれていく。
証拠隠滅完了。
相澤くんに隙は無い。
うう、気になるけど相澤くんが答えてくれるとは思えないし、例の計画書、本当に今日中に出さないといけないから仕事に戻らないと。明日は土曜日だから締め切りも延ばしてもらえないし……。
(ん?また明日って……?)
はて?
何かが引っかかった気がしたけど、相澤くんに無言の圧をかけられて私は慌てて席に戻った。
怖い怖い。
お仕事お仕事!
ほぼ真っ白な計画書に向き合えば、いつの間にか不思議な外出届のことはすっかり頭から抜け落ちていた。
計画書作成に四苦八苦し出したオールマイトさんを確認し、俺はこっそり息を吐いた。
まさか聞かれていたなんて思わなかった。動揺を悟られていなければ良いが。
(緑谷、アイツ……)
一体どこでそんなことを覚えて来たのか。
自分で思いついてやったなら頭を抱えたくもなる。
いやそもそも証拠が残るようなことは控えて欲しい。
(明日覚えてろよ)
決心を滾らせる俺に何故だかオールマイトさんが小さくヒッと悲鳴を上げた。
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外 出 届
氏 名 緑谷 出久
外出理由 相澤先生とデート(したいです)
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