stay with me(タクシーの中で) ずっと側にいて。どこにも行かないで。でもあなたは私の前から消えてしまう。
そんな歌詞を哀愁漂うメロディにのせて歌うゴージャスな巻き髪の歌手を横目に、狡噛はスパイシーな飴色の酒を飲んでいた。ここは出島にあるジャズバーだ。オーナーが百年以上前のレコードを持っているという噂の、ある種のコミュニティの中では有名な店。俺たちは今日、ここに仕事を終えてやって来ていた。仕事が忙しく疲れてしまったら、こういう店に来るに限る。周りもそんな男と女であふれている。
俺は上手にステアするバーテンダーを眺めながら、チャイナブルーを飲む。というのも、今日挙げたのがチャイニーズマフィアだったからでもあるのだが(我ながら単純だ)、あまり度数の高いものを飲んで、前後不覚になりたくなかったのもある。明日も仕事だし、いっそ言ってしまうなら、明日の方が仕事量が多い。デスクワークだが。
歌が終わり拍手が巻き起こって、口笛がそこかしこから上がる。俺はそれに拍手をして倣ったが、狡噛は何も言わず酒を飲み干すだけだった。それからしばらく経って、思いもしなかった客が来た。俺は驚きながらも、彼女の豪奢なドレスや髪に見惚れてしまう。
「あら、コーガミじゃない。来てたのね」
小さなステージから降りてきた歌姫は、狡噛と同じ酒を頼み、俺に向かって可愛いお酒を飲むのねと笑った。俺は少し恥ずかしくなったが、理由を説明する義理もない。
「誰かさんがくれた情報が役に立ったからチップを渡しに」
「チップなんて面倒なことしないで口座に入れて」
「そういう金は持ってないんだ。すまないな。でも外務省の綺麗な金だぜ」
狡噛は高額紙幣を胸が大きく開いたドレスを着た歌手の、胸元にそっと入れた。豊満な胸に出島で流通する紙幣は隠れて、俺は思わず目を逸らす。
「ねぇ、お兄さんコーガミの友達なんでしょ? どうにか言ってちょうだいよ。それとも、私と楽しむ?」
品の良い香水が鼻をくすぐって、俺はぐらつきそうになりながら、隣の席に座る彼女から逃げようとする。と、狡噛がそんな彼女を追いやってこう言った。
「駄目だ、俺の男に手を出すなよ」
「何、そういう関係なの? いい男ってみんなゲイなのって本当ね」
歌手はそう言って、微笑みながら酒を一気に飲み干した。そして俺たちから離れてゆく。狡噛には勝手にカムアウトされたのには少しむかついたが、けれど俺の男と言われたのは嬉しかった。俺の男、俺の男ねぇ……。
「嬉しかったか、そんなににやにやして」
「さぁね。……でも早々に引き上げて部屋に戻りたくなるくらいには良かったかな」
目配せをして言うと、狡噛は笑ってチェックをと言い、煙草に火をつけた。俺はそれを目印にするように、ほの灯りを追って店を出る。そうして長くキスをする。官舎に戻るためのタクシーの中で、まだ何も始まっていないタクシーの中で。