プラチナリング(いつもとは違うキス) 左腕を失ってから、指輪をつけようと思うことはなくなった。狡噛は密かに準備をしていたらしい。だがそれはともに監視官時代だった頃の話で、彼も変わったし、俺も変わってしまった。今さら指輪ひとつでどうにかなる関係じゃないのも分かっている。けれどとある潜入捜査で、証券会社勤めのカップルを演じるときに、ホロでともに指輪をつけた時はくすぐったかった。仕事が終わってホロを消しても、狡噛の左手には、薬指にはまだプラチナリングがあって、それは俺が彼を独り占めしているようで気分が良かった。狡噛に支給されたプラチナリングは明日には返却しなくてはならないから、それまでのものなのだけれども。
「なぁ、ホロがあるとグラスの持つのは不自由か?」
とある店に入って酒を嗜んでいる時、狡噛がぼんやりと映し出されるジャズの映画を見て言った。俺にまた左手薬指に指輪をつけろということだろうか? だったら少しかわいらしく思ってしまう。だから、俺はどうしてかいたずらしたくなってしまった。
「不自由じゃないが、手袋をする方が楽かな。ずっとそうしてるし。お前は外さないのか?」
じっと見つめながら言うと、狡噛は少し顔を赤らめて、俺から視線をそらした。
「外したら失くしちまうからな。花城にどやされるのは勘弁願いたくてね」
嘘言え。既婚者の気分になって喜んでいるくせに。でも俺はそうは言わない。
「左手に指輪をしてる男と、手袋で義手を隠している男がここでキスをしたらどう見えると思う? やっぱり不倫かな」
さらにからかうと、狡噛は咳き込んでグラスを落としそうになった。ちょっとひどいことを言ったか? でもこういうロールプレイはなかなか楽しいじゃないか。
「俺が誘う役? それともお前が誘惑する役?」
「どっちでも。お前が望むならどちらでも」
俺たちは顔を近づかせて、グラスでもう一度乾杯する。俺たちを見る人は誰もいない。聞き耳を立てているバーテンダー以外は。さぁ、キスをしよう。友人でもなく恋人でもなく、今は不埒な関係として、いつもとは違うキスをしよう。