壊れた約束(あなたのために) ずっと一緒にいるから、そんな約束をしたのは、俺たちがまだ日東学院にいた頃だった。その言葉は存外にするりと出てきた。俺はギノを喜ばせたくて、彼の家庭環境を知ってそう言った。ずっと一緒にいるから、一人にはしないから、だから俺の手を取ってくれないか。そんなふうに、映画みたいな台詞を使った。今ではバカだったと思うがあの時は本気だったし、恋愛における約束というものは大体そんなものなのだろう。
俺がその約束を破ったのは、きっと執行官堕ちをしてからだ。もしあのまま、平穏なまま時が過ぎ去っても、一生執行官として生きるしか術がなかった俺と、公安から厚生省に上がる約束があったギノじゃあ上手くはいかなかっただろう。青柳とその恋人がそうだったように、俺もあんなふうに終わっていたかもしれない。俺の場合は槙島がそうさせたが、また違った事件で独断専行をして、彼から離れたかもしれない。そして今は海外を放浪している。これじゃあ一緒にいるどころか、他の国に渡航してしまって同じ言葉も喋れない。
狡噛は恋人を残してきたのか、と無邪気な少年兵に聞かれたことがある。彼らが勧める女を断ったり、花街への誘いを断ったりしていたからそう言われたのだが、彼らの言う通り、俺は気分としては恋人を残してきたつもりだった。もう恋人とは思ってもらえないかもしれないのに悠長なことだと思う。けれど俺は彼に操を立てたつもりで女を抱かず、誘われても金で断ってベッドで朝まで寝た。今日もそんな日だった。
「狡噛は女がいるの?」
まだ若い娼婦は、ベッドで寝る俺にゴザの上でそう尋ねた。俺はどう答えて良いのか分からず、あぁ、とかそうだな、とか適当な答えを返した。
「どんな女の人? 素敵な人なんでしょうね……」
ゴザの上の女はそう言った。確かに俺には勿体無い男だった。もっと大切にされるべき男だった。
「ねぇ、何もしないからベッドで寝てもいい?」
女が言う。俺はそれを了承して、柔らかな身体と共に朝まで寝た。これも浮気に入るだろうかと考えながら、この温みが彼のものであればいいと思いながら。もしギノに再会したら、どんなふうに言葉を交わそう。そんなことを思って、俺は一人ではないベッドで一人寝をして、壊してしまった約束を思った。