ただ、君を待つ(二度と離さない) 狡噛がいなくなって数年が経った。だというのに俺はまだ彼を待っていて、自分から別れを告げたくせにまだ待っていて、海外に派遣されることはないかとか、共同捜査にあたることはないかとか、そんなことばかりを考えていた。そんな俺を常守は見ていられないようだった。考えてみれば、彼女が別れの時間を俺に渡したのだから、そう思うのも仕方がないのかもしれない。彼女は俺が撃てないことを、狡噛を殺せないことを知っていた。そしてその代わりに別れを告げることも。だから俺は彼女についてゆこうと決めたのだが、それでも彼女にはひどい役目を課していると思う。俺が知らない何かを知っている彼女は、今日だって局長室に呼ばれて行った。何かが動いているのは分かっていた。先日は外務省から花城フレデリカがやって来たし、口の堅い須郷を口説き音して聞けば、外務省に新しい部署を作るにあたって求められた、とのことだった。何かが動き出していた。俺が何も知らない何かが。俺が何も知らないのは、いつだって同じことだった。いつだって俺はただ転がる球で、跳ねては物事の本質を知る人々に笑われていた。出世が見込めるときはそれでも満足していたが、それがなくなった今ではどうしていいのか分からない。執行官が下手に動けば上司である監視官が処罰される。だから俺は、ゴム毬のように、ずっと跳ねているしかないのだろう。
「今年も来たよ、親父。この酒、好きだったろう」
俺は父の墓に酒を備えて水をかけ、タオルで拭いて声をかけた。側には常守もいる。ここでは彼女は口を開くのではないか。そう思った俺は、こんなときだというのに彼女にこう尋ねた。
「あなたは何か知っているんじゃないか? 最近の局長に呼び出される頻度は何だ。何が起こってる」
「……。流石に分かっちゃいましたか。でも、まだ言えないんです。ただ待ってもらうしかないんです。そうしたら、きっと宜野座さんは怒るでしょうけど、いいこともありますから」
常守はそう言って、父の墓に手を合わせた。俺はそれをじっと見ていた。何かが変わる。そうしたら、あいつもいつか帰ってくるのだろうか? そんな奇跡は起こるのだろうか? 俺はそんなことを考え、馬鹿らしいなと首を振った。でももしそれが叶うのなら、もう二度と手は離さないとも、そんな馬鹿なことも思ったのだった。