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    vi_mikiko

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    ふるしほパレットNo9「元凶、濡れる、背中」よりTwitter再掲です。

    #降志
    would-be

     彼女と付き合ってひと月が経つ。交際は順調…のはずだった。

     やっと実った彼女との関係、大切に育んで行きたい。付き合って一ヶ月記念にお菓子を一緒に作ろうと、宮野志保と表示された連絡先宛に一週間前からメッセージを送っていた。二日経っても三日経っても返事が来ず、やきもきしたところでやっと了解の返事が来たのだった。
     お菓子作りなら広い方がいいでしょうと言われ、記念日当日のこの日、博士の家のキッチンで二人肩を並べている。
     今日の彼女は会った時からいつもと違った。玄関で照れたように僕を出迎え、初めて一緒に料理するからとお揃いのエプロンをプレゼントすれば、遠慮がちに受け取った後、頬を染めて顔を綻ばせた。
     その後も僕の隣で材料を並べながら、落ち着かないとでも言うように、ちらちらと僕に視線を送ってくる。
     可愛い。
     可愛い。 
     今日のメニューはガトーショコラ。甘いものが好きだと言う彼女のために、とびきり甘いレシピをチョイスした。初々しい彼女を見るとチョコを食べる前に鼻血が出そうだが、ここは我慢だ。大人の余裕と、料理が得意なところを同時に彼女に見せたかった。
    彼女に手順を淀みなく説明しながら、二人でチョコを切り刻み、一つのボウルにいれていく。

    「あの、あなたに聞きたいことがあるんだけど」
    チョコをテンパリングしながら、頬を染めた彼女が僕に言った。僕は、常温に戻すため冷蔵庫からちょうど卵を取り出したところだった。
    「なに?」
    「…私たちって、付き合ってたの?」
    ガシャン!
    持っていた卵を床に落としてしまった。二つの卵は綺麗に割れ、透明の白身が床をつうと濡らした。
    「大丈夫?」
    「ごめんごめん、手を滑らせちゃった」
    動揺を悟られないよう、手早く卵を片付け床をティッシュと雑巾で拭く。
    「一ヶ月前に、食事に行ったの覚えてない?」
    「もちろん、覚えてるわよ…」
     食事に行って、その後雰囲気の良いバーに行って…僕の家に連れて行った。あの日気持ちが通じ合い、交際を始めたつもりでいたのに。

     彼女は照れているのか料理の手をとめる気はないらしい。しばらくゴムヘラで器用にチョコをかき混ぜていたが、溶け切るとお湯とチョコ、それぞれが入った二層のボウルを僕に渡した。お湯を冷水に入れ替え、チョコレートの温度を下げる必要があるのだ。
     僕は努めて大人な態度を装いながら、ボウルの中のお湯をシンクに捨てた。
    「僕は、君のことがずっと好きだったし、あの日から君と付き合ってるつもりだったよ。僕と付き合うのは嫌?」
    「嫌じゃないわ…その…」
     耳をすませながら、彼女の声をかき消さないようそっと水を出した。
    「私も、あなたと同じ気持ちだから…」
     濡れる、濡れる。チョコが水にひたひたになっていく。
     水に浸してはいけないのに。濡らしてはいけないのに。彼女の声を聴くのに必死になっていた僕は、水を入れるボウルを間違えたことに気づかなかった。チョコは彼女の甘い言葉を取り入れた僕のように水分を含み、どろどろに溶けていく。
    「降谷さん、チョコ…」
     赤い顔をした彼女が僕の手元を心配そうに見やる。
    「水が入っちゃったね、すぐに捨てよう」
    すぐに水を捨て、溶けてしまった上層の部分だけ削れば復活できる。大丈夫。僕はまだ正気だ。シンクの中を空にしてから捨てようと、もう一つのボウルをキッチン台に避けてからチョコと水の入ったボウルをもう一度持ち上げた。

    「あの、降谷さん」
    「何?」
     返事をした瞬間、背後に温かな熱を感じた。彼女に背中から抱きつかれたのだ。
    「これからこういうこと、してもいいのかしら…」
    ガッシャーン!
    「きゃああ!」
     動揺した僕は、ボウルを床に落としてしまった。
     水とチョコが混ざった液体でエプロンは濡れに濡れた。キッチンの床は茶色くベチャベチャに染まっていく。
    「ちょっと、さっきから何やってるのよ!」
    「君が悪いんだろ!君が、あまりにも可愛いから…」
    「はあ?!」
     もう言い訳はできなかった。振り向いて彼女の全身を思い切り抱きしめる。水分と油分を含みびしょ濡れになった僕のエプロンが、彼女のエプロンも濡らしていく。
    「私まで濡れるじゃない」
    「離して欲しい?」
    「…ううん」
     チョコで濡れたキッチンの中、甘い甘い匂いが充満する。背中に腕を回され、彼女の抱擁を受けた僕は、全身がいっそう甘い匂いに包まれた。
     大人ぶるのも、料理上手なところをみせるのも、彼女のせいで大失敗だ。全ての元凶である彼女に甘いキスを落として、その唇を濡らしていった。
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    dc_eureka

    MOURNING灰原さんの日オンリー「口づけ」のワンライお題で書かせて頂いたけれど、
    コレジャナイ感がすごすぎて没にして、加筆修正して、持て余していたものを今更、供養致します。
    降谷さんのふの字も出てきませんが、降谷さん目線の降志です。
    n は、ここでは実験参加者数のことです。  Ω\ζ°)チーン
    n=2のささやかな実験計画 この歳になると、いや、何より職業上、他人のキスシーンを見ても、そうそう動揺することはない。実際、張り込み中に、濃厚な口付けを交わす対象者であったり、路地裏でキスどころでない行為をやらかしている対象者であったりを、幾らでも見てきた。最初こそどぎまぎしたりもしたけれど、最近では最早、日常茶飯事。どうということもない。――はず、だった。

     偶然目にしたカップルのキス。首に腕を回して、彼らは随分と夢中になっていた。思わずドキリとしてしまい、そんな自分に、驚いた。そうか、付き合い始めの彼女が隣にいる状況では、さすがの自分でも、気恥ずかしさを感じるのか。新しい自分を発見して、一人、心のうちで感心する。

     隣を歩くのは、赤毛頭の天才科学者。職場での彼女の評判は、クール、博識、毒舌、ヤバい…。畏敬を込めた、そんな言葉。案外かわいかったり、動物好きで優しかったりする一面もあるのだが、それは、自分が〔灰原哀〕だった頃を知っているからこそ思えること。確かに、科学者・宮野志保は、はっきり言って、時々怖い。
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