定時間際に急遽納期が明日まで仕事が入り、ブチギレかかっているゾルタンを宥め透かしながら書類を纏める頃には既に夜も更け間もなく日付も変わろうかという時間であった。
本当だったらゆっくり夕食にでも、と考えていたのだがこれでは自炊した方がいいかと考えながら最寄りの駅まで移動する。
週も半ばも過ぎ疲労感が隠せないゾルタンが隣でうわ言を発し始めている。
「あのクソ上司明日楽しみにしてろよ…」
「あまり詰めすぎるとまた会長に呼び出しされるから抑えような」
他愛のない会話をしながらお互いに電子定期を取り出し改札をくぐる。
深夜になりほぼ貸し切りのホームで電車を待つ。時刻表を確認すれば終電のようだった。
立って待っていようかとも思ったが、ゾルタンが器用に立位のまま肩に頭を乗せてきて「ねみぃ…」と人のことを柱のように扱い体重をかけてくるものだから諦めた。
手を引き近場のベンチへ誘導して休ませてやる。いつもなら野郎と手なんか繋ぐかよ、なんて文句の一つも飛んでくるのだが拒否もせずされるがままなのを見ると眠気が限界であるのは間違いなかった。
「コーヒー買ってこようか?」
「後寝るだけだから目ェ覚ましてどうすんだよ」
「帰れないだろう?」
「問題ねー…」
若干寝息を立て始めていてこのままではガチ寝しかねないと思っているところにようやく目的の電車が到着する。
「ほら起きて」
「んー…」
これほっといたら家までたどり着けなさそうだな。苦笑してまた手を引き車内まで連れていく。入口近くの席まで行くとゾルタンが勢いよく腰掛け、だらしなく足を延ばしてリラックスし始める。幸い同じ車両に乗り合わせていた乗客はいない。ため息をついてヨナは隣に座る。
ちらりとヨナが隣に居る事を確認するようにゾルタンの視線が動く。目が合った、と思った時にはヨナに身体を預けてすっかり仮眠をとる体制を整えていた。握ったままの手に力が入る。置いていくんじゃねーよと言わんばかりに。
「…家まで一緒に行くからゆっくりおやすみ」
その言葉を聞いてずっとトロンしていたゾルタンの瞼が完全に落ちた。二人きりの車内はとても静かで、ゾルタンの唇の隙間から漏れる規則正しい寝息と車輪がガタガタと鳴る音だけが聞こえる。
繋いでいる手は冷たいのに寄り添う身体は温かい。いつも一緒にいるけれどこんなに近くに感じられることはあまりない。俺の事をからかう癖に肝心な時ははぐらかすのだから。今日くらいは、この心地よさを手放したくないな。俺も、少し、休んでもいいか…
「…様、…点…ですよ。お客様、終点ですよ。起きれますか。」
ゾルタンのものではない第三者の声で目が覚める。目の前にいる駅員の制服を認知した途端、シャットダウンしていた頭が急速に働き始めているのが分かる。と同時に血の気も引いていくのも感じる。
ほぼ時を同じくして肩口から聞こえていた寝息が止まりあくびが聞こえてくる。
「…ゾルタン」
「…」
まだ真顔であるが状況を把握したであろうゾルタンの目が吊り上がっていく。
直視できなくなったヨナは目を逸らす。
「寝過ごしちゃったみたいだ…ごめん…」
「おーまーえー…なんで一緒になって寝てんだよ?なァ??」
寝起きの悪さと相まって帰る前よりも不機嫌になっていく。
「ゾルタンがあったかくて、気持ちよくなったというか…はは…」
「-----言い方ァ!!!!」
一瞬で耳まで茹で上がったゾルタンの胸倉を掴む手が強いこと。駅員が「あ、あの、お客様、トラブルはちょっと!」と慌てて止めに入る。
「す、すいません!すぐ降ります!!」
忘れ物がないかを素早く確認し二人はホームへ飛び出した。
「ヨナちゃあん?この後どうすればいいか、分かるよなぁ?」
幾分か落ち着いてはいるがこのままでは上司より先に自分が怒られかねない。
「えー…えーと、今晩泊まって行く?明日の朝ごはんも俺が準備するからそれで許してほしい…」
必死になって出した答えにポカンとした表情を浮かべ「そうだけど、そうじゃねぇだろ」と困惑したゾルタンがそこにいた。
機嫌が変わる前に行動に移そうとヨナは彼の手を取る。
「異論はないだろ?じゃ、タクシー呼ぶから」
俺、家までのタクシー代貰えれば良かったんだが…。そう言い出せずに結局お泊りする二人だった。