特に行く場所も決めず家から出てきた。休日になるとよく遊びに行く仲であり都合がつけばほぼ毎週一緒に過ごすのだ。最初のうちはそれなりに計画立てて行動していたもののどちらともなく「今日暇?じゃあいつもの時間に集合で」等次第に集まってから考えようか、にシフトしていった。
時刻は昼時。行く当てはないがランチが先かと話はまとまり飲食店の多いエリアへと移動してきた。同じ目的であろう家族連れや友人同士、カップルが道を埋め尽くしている。
その中に我々も入るのだが、周囲の視線が集中していた。それもそうだろう、片や華奢で小柄な女子、連れ立っている人物はツーブロックでソフトモヒカンのちょっと雰囲気が怖いお兄さんである。友人ないしカップルにしても異質な空気があるらしい二人組は好奇の的であるが、鈍い彼女は気づいていない。しつこい輩は口元は笑っているのに目元が完全に殺気立っている男が軽く微笑んでやるだけで慌てて目を逸らしていく。
当人たちは和気藹々と談笑しているのだからその一角だけ謎の緊張感が漂っていた。
「ゾルタンは何か食べたいのある?」
「腹が膨れりゃなんだっていい」
「そういう受け答えする男は女子からモテませんよー」
「俺はお前がつるんでくれるんだったらそれでいいんだがな」
「何よそれ、私に告白でもしてるのかな」
「…はぁ、マジかよ…」
「?」
「なんでもねぇ…」
「??」
聞き耳を立てていた近場の人物達は「一体どんな関係なんだ?」と頭の上にクエスチョンマークが飛び交っていた。
周囲の視線がますます集まる中、全く気にしていない二人は飲食店の軒先に並ぶメニュー表やサンプルをチェックしていく。
ふとゾルタンの視線が一つの店舗前で止まった。洋食店ではあるが、いかにも大人がランチをするようなお高いメニューがあるわけではない。オムライスやハンバーグ、ソーダフロートにプリンアラモードといった懐かしいメニューを取り扱っているお店のようだった。
急に立ち止まった友人に声をかけようと振り返れば、普段は感情の読めない瞳に少し輝きが見えた気がした。
「ねえ、もしかしてこういう食べ物、好き?」
まさか確認されると思っていなかったゾルタンが慌ててメニューから視線を外す。
「んにゃ、別に」
素っ気なく答えたつもりなのだろうが珍しく頬に赤みを浮かべている。
ああ、好きなんだな。彼の以外な一面を垣間見ることができて今回の休日はいい収穫だわと一人納得していると顔に出ていたようでデコピンが飛んできた。
「いったぁ!」
「早く店探さねーと混んじまうだろうが、行くぞ」
気恥ずかしさからこの場を離れたがるゾルタン。腕を掴んで急かそうとする彼を引っ張り返す。
「私、今日ここでランチしたいの。いいでしょ?」
私なりに頑張っていい笑顔を作ったつもり。さっきまでの照れていた彼はそこにはいなくて―――いや、もしかして誤魔化していたのかも―――いつものちょっと人を小馬鹿にしたような笑みで「仕方ないから付き合ってやるよ」と答えてきた。
私より先に趣のあるドアに手をかけて中に入っていった。やっぱり入ってみたかったんじゃん、という言葉を飲み込んでエライぞ私。
入店してからは私には目もくれず輝いた目のままメニューを確認している。
全部食べれないものね、吟味するよねー…
「案外幼い所もあるんだね」
うっかり口が滑った。対面している彼の目が笑ってない。
「…なんだねお嬢さん。俺が大人だって所、教えてやろうか?」
「理解しておりますので結構です」
うっかり地雷を踏んだものの、このままではまだ時間がかかりそうだった。
ここのメニュー、頑張れば家で再現できるかな。
…いい事思いついたかも。
「ゾルタンさえ良かったら私が今日選ばなかったメニュー今度作ってあげようか?」
「え」
「こう見えても凝り性なんだ。来週予定ないなら私のうちにおいでよ」
「お、おう…」
いいぞ私、来週の予定も決まっていい感じだわ。ゾルタンが固まってるけどなんでだろ。
わざとらしく咳払いをした彼がそそくさと店員を呼び注文し始めた。
私もあまり来たことのないお店だし食事が楽しみだわ。
先に届いたドリンクで乾杯し、午後の予定の相談。
今日はどこへ行こうか、デートみたいな事でもしちゃおうかと冗談も交えて。
こいつ本当に分かってねぇ、飯じゃなくてお前を喰いたいのに。
危機感がないのは都合がいいがいつまで我慢すりゃいいんだ。