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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    人気若手俳優🎈くんが週一回通うお弁当屋さんの、ちょっと元気なバイトさんの話。
    前回の🎈くん視点。
    続くかは分からない( 'ㅅ')

    メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト不可能です×!2(類視点)

    「こんにちは、天馬くん」
    「いらっしゃいませ、神代さん」

    レジのカウンターでふわりと笑う少年に、マスクの下で僕もついつられて笑みを浮かべる。慣れた手つきでパックを手にした彼は、じっと僕の言葉を待っていた。何となく、犬みたいな子。

    「今日は、こちらのコロッケはいかがですか?クリームコロッケなので、中身がとろっとしていて美味しいですよ」
    「なら、それを貰おうかな」
    「ありがとうございますっ!」

    嬉しそうに笑う姿に、目を細める。ネームプレートには、『天馬』と書かれた店員さん。多分バイトなのだろう。この店は自営業で、基本は鳳家という家族で経営していると、ホームページには記載されていた。随分しっかりした子のようだけれど、高校生だろうか。僕が指さしたおかずを一つひとつ丁寧にパックに詰める姿をぼんやりと見つめる。

    「今日の味噌汁は、南瓜の味噌汁ですよ」
    「なら、いらない」
    「そうですか」

    しゅん、とどこか落ち込んだように視線が下げられてしまう。それに少し申し訳なく思うけれど、こればかりは仕方がない。ここまでで、と会計にしてもらい、お金を払う。手渡された袋を受け取ると、彼は、満面の笑みで「ありがとうございましたっ!」と元気に言った。

    「また来週ね、天馬くん」
    「はい!来週もまたお待ちしてます!神代さん」

    小さく手を振ると、彼も振り返してくれる。それがなんだか嬉しくて、つい袋を持つ手に力が入った。週一回の、僕のちょっとした楽しみの日である。

    ―――

    神代類、27歳。仕事は俳優。子どもの時からテレビに出たりしていたからか、名前は結構知られていると思う。映画やドラマにも出ているから、普段からそれなりに忙しい毎日をおくっていた。そんな僕の幼馴染でありマネージャーの寧々は、スケジュールを調整して水曜日だけ時間を作ってくれている。必ず水曜日の五時からは予定を入れないようにしてくれていた。だから、水曜日は家でご飯を食べて好きに過ごすのが当たり前になっている。と言っても、食事にこだわりはなかったので、ゼリー飲料やラムネなんかで済ませてしまっていたのだけれど。それがマネージャーにバレてしまったのが半年くらい前のこと。

    『ちゃんとした食事をしないなら、仕事の量を増やすからね!』

    ある意味、脅迫だった。仕方なく自炊も考えたけれど、疲れているのもあって続かなかった。だから外食にしようと思ったのだけれど、どこに行っても野菜は少なからず出る。昔から、どうも野菜の味は好きになれなかった。それなら、と、コンビニでお弁当やお惣菜を買って見たけれど、あまり美味しくなかった。野菜を使っていなくて、尚且つ美味しいものを、と色々なお店へ行っていたある日、あの店を見つけたんだ。おかずを一つ一つ選ぶ事が出来る、変わったお弁当屋さん。一応カツ丼や幕の内弁当みたいにバランスよく作られたお弁当もある。それとは別に沢山のおかずをばら売りしてくれていた。これなら、野菜を使っていないおかずを選べば、僕でも食べられた。
    このお店は、店内の定員がいつも一人だ。金色の髪の少年がカウンターで立っている。僕の行く時間、店内にお客さんはいつもいないので、俳優だとバレて騒がれる心配もない。だからこそ、このお店は通いやすかった。もう慣れたけれど、入口のドアを開けると、とても元気な声で『いらっしゃいませっ!』と挨拶をされるから、最初は驚いた。

    (…元気な子だな)

    初めて来た時は、その程度にしか思わなかった。声が大きくて、いつもにこにこしている不思議な子。白いエプロンの良く似合う男の子。髪は金色で、毛先が桃色にグラデーションがかっている。最初は嫌々手伝いをさせられているこの店の息子さんか何かかと思っていた。けれど、至って真面目な性格の様で、いつもお辞儀が綺麗なんだ。言葉がハッキリしていて、声も大きいから、きっと舞台に上がったら映えるだろう。いつもここへ来る度に、そう思う。

    『またのお越しをお待ちしておりますっ!』

    ふわりとそう言って笑うその子の言葉に、また来よう、って、何故か思わされる。笑顔でハキハキと話すから、なんというか、気持ちいいのかもしれない。他のお店とは違う、また来てもいいかな、と思える挨拶に、ついまた足を運んでいる。この年頃のバイトなんて、いい加減な子が多いから尚更だ。

    (彼は、僕が俳優だと知ったら、態度を変えてしまうだろうか…?)

    女性じゃないから、大丈夫だろう。彼はそういうタイプには見えないからね。けれど、僕は彼を知っている訳では無い。もし、学校で自慢したりしてあのお店に関係ない人が増えてしまったら、通いづらくなってしまうかもしれない。それは、何となく嫌だ。

    (……バレない様にした方がいい、かな…)

    カサ、と今日も買った物をテーブルに置く。冷蔵庫からお水を取り出してコップに注ぎ、テーブルへ。ピロン、と電子音が鳴り、テーブルの上のスマホへ目を向けた。マネージャーの寧々から、『今日のご飯は?』とメッセージが入っている。相変わらず、過保護な幼馴染みに溜息を一つ吐く。個包装のパックを袋から出して、テーブルへ並べていく。カメラ機能で写真を撮って、寧々にメッセージで送った。

    『今日も野菜がないじゃん』

    すぐ返ってきた返信はスルーして、割り箸を割る。カパ、と透明な蓋を開けると、湯気がたつ。ふわりと味噌の香りがして、思わず喉が小さな音を立てた。味噌汁なんて、とても久しぶりだ。茶色いなめこが照明を反射させてキラキラしている。割り箸でくるりと掻き混ぜると、スープがとろっとした。カップを片手に持って、ふー、と息を吹きかける。ほんの少し傾けて口をつけると、まだ少し熱かったのか、一瞬唇がピリッとした。

    「……ぁつ…」

    一度口を離して、ふー、ともう一度息を吹きかける。湯気がふわふわと揺れて、味噌汁の匂いがお腹を刺激した。お箸でなめこを掬いとって、そっと口へ入れる。とろりと、ぬめりけのあるなめこが舌の上を滑った。

    「…ふふ……」

    歯で噛めば、柔らかいなめこがすぐに潰れていく。脳内で、あの少年の笑った顔が浮かんだ。

    『オレ、なめこの味噌汁も好きなんで、気に入ってもらえると嬉しいです』

    なるほど。これは確かに美味しい。カップに口をつけ、もう一度そっと傾ける。とろりとしたスープが口の中に流れ込んできて、ゆっくり飲み込んだ。お味噌の優しい味が、喉を温めながら流れていく。空腹のお腹が、たったそれだけでじわりと温まった。あの時言われた言葉が、何だかわかる気がする。一度味噌汁のカップをテーブルに置き、今度はマカロニサラダのカップを開いた。そのカップに、緑色や橙色は見当たらない。卵の黄色や、ハムの桃色、コーンに柔らかいマカロニが仲良くマヨネーズで和えられくっついている。それを一口分お箸で摘んで口へ入れる。ほんのちょっとの酸味と、塩気、マカロニの甘さに優しい食感。咀嚼して飲み込んで、今度は鮭のおにぎりに齧り付く。程よいお米の甘さに頬が緩んだ。これはご飯によく合う。

    『シンプルなのに、凄く美味しいんですよ』

    彼が家族の分も買って帰ると言っていたのを思い出す。初めてあの店に行ってから、いつも頼むようにしているものだ。きゅうりや人参、玉ねぎなんかが普通は入っているのに、この店は入っていない。サラダを食べた、と寧々に言ったら、初めは大層驚かれてしまったね。初対面のお客に彼がオススメした理由も分かる。材料も言ってくれたから、僕としても選びやすかった。初めて行った時は、原材料が何なのか分からなくて、迷ってしまったからね。

    「彼にオススメされると、何故だか食べてみたくなるんだよね」

    不思議だな。今度はハムカツを掴んで、かぷ、と齧り付く。サクサクとした衣が良い音をさせた。ハムがぶ厚くて、これも美味しい。口の中にじわりと広がる脂の味と、塩気、それをもう一度おにぎりを食べて緩和する。口の中が程よく甘くなったら、お味噌を流し込む。ほかほかとお腹が満たされる感じが心地いい。

    「ご馳走様でした」

    気付いたら、全部食べきっている。普段あまり食事はしないけれど、ここのは別だ。撮影現場に届くお弁当は半分以上残してしまうのに、水曜日に買うこの夕食だけは不思議と食べ切れる。量は確かに少ないかもしれないけれど、僕の一食分の量としては多い方だ。
    来週もまたここに行こう。その時は、やっぱり彼が居るだろうか。彼が居ると安心するので、居てくれればいい。僕に興味無い人、というのは、なんだか落ち着く。

    「……そういえば、名前、なんだったかな…」

    確かネームプレートを付けていたはずだけれど、あまり気にしたことがなかったな。次に行く時は、見てみようか。どんな名前だろう。しっかりしているし、名前もしっかりしてそうな感じだよね。ケンジとか、ソウジとか、ゴエモンとかも面白いかもしれない。いや、ゴエモンって感じでは無かったかな。

    「…来週行く時は、名前を覚えて帰ろうかな」

    ふふ、と小さく笑みがこぼれる。仕事以外で誰かに興味を持つのは、もしかしたら久しぶりかもしれないな。

    ―――

    「今日は雨か…」

    ぼんやりと撮影現場の窓を眺める。お昼過ぎから降り出した雨は、止む様子がない。傘も忘れてしまったし、タクシーで早く帰った方が良いかな。スタッフの人達が今後のスケジュールなんかを話しているのを何となく聞きながら、あの少年を思い浮かべる。今日も、来ているだろうか。

    (…今日は、名前を確認するつもりだったんだけどね……)

    解散になったらしく、ざわざわと現場が騒がしくなったので、一つ息を吐いた。寧々に報告したら、今日の仕事はおしまいだ。スタッフの子から声をかけられるので、軽く挨拶して躱す。捕まったら長話になって面倒だ。笑顔で挨拶をしてさっさと現場を出た。廊下でもすれ違う人達には、挨拶だけを返す。スマホを取り出して寧々に連絡すると、駐車場で待っているとの事だった。現場に迎えに来ないなんて、職務怠慢じゃないだろうか。はぁ、と溜息を吐いて、地下行きのエレベーターに乗り込んだ。

    「遅かったね、類」
    「やぁ、寧々。お疲れ様」
    「ん。今日は水曜日だから、このまま家まで送るよ」

    乗って、と車の助手席を促される。現場からの送り迎えは、マネージャーの寧々がしてくれていた。車の免許を取ったと言われた日は驚いたけれど、ゲーム好きの寧々は運転も上手だ。レーシング系のゲームで培われた経験値だって、前に言っていたっけ。下手なタクシーの運転よりも乗りやすいので、寧々の送り迎えは有難い。助手席に座り、シートベルトをカチリとしめる。

    「それなんだけど、途中で降ろしてくれないかい?」
    「…もしかして、例のお弁当屋さん?」
    「そう。今日は水曜日だからね」

    エンジン音がして、車がゆっくり発進する。地下駐車場の出口を出た車は、そのまま一般車に紛れた。変装用の帽子とマスクを取り出すと、寧々が盛大に溜息を吐く。

    「良いけど、たまには野菜も食べなさいよ」
    「おや、サラダは食べているじゃないか」
    「野菜が入ってないんだから、サラダじゃないでしょ」
    「手厳しいね」

    笑って誤魔化して、窓の外へ目を向ける。例のお弁当屋は、自宅からそんなに距離は離れていない。途中で降ろしてもらって、そこからは歩いて帰ればいいかな。そんな風に思いながら、スマホで時間を確認した。五時は過ぎてしまっているけれど、あまり遅くはならなそうだね。そんな僕をちらりと見て、寧々が僕の名前を呼ぶ。

    「そのお弁当屋、名前なんだっけ」
    「確か、…『和んだほぃ』、だったかな」
    「………変な名前」
    「ふふ、寧々も今度行ってみたらどうかな?」

    嫌そうな顔をした寧々は何も言わなかった。車が真っ直ぐ僕の家の方へ向かっていく。そろそろこの辺でいいかもしれないな。お弁当屋の近くまで来た所で、寧々に止まるようお願いした。キキィ、とブレーキ音をたてて、車が停車する。外は結構雨が降っているけれど、もう目の前なので大丈夫だろう。いつもの眼鏡をかけて、寧々にお礼を言う。

    「明日は朝六時に迎えに行くから、準備しててよね」
    「分かったよ。お疲れ様、寧々」
    「ん。何食べたかちゃんと報告すること」
    「はいはい、またね」

    バタン、とドアを閉めて、小走りでお弁当屋に向かう。コートや帽子が濡れてしまうけれど仕方ない。入口の屋根のところまで一気に向かい、軽く息を整えた。コートに着いた雨を手で払いながら、店の戸を開ける。

    「あ、いらっしゃいませっ!」

    聞き慣れた声が響いて、ちらりと顔を向けた。カウンターで、いつものように彼が笑みを浮かべてこちらを見ている。明るい声と、嬉しそうな笑顔。店員としては満点の接客だ。ショーケースの方へ向かえば、彼は更ににこりと笑みを浮かべる。

    「雨の中ありがとうございます」

    ぺこ、と小さくお辞儀をされ、つい口元が緩んだ。なんというか、子犬みたいで可愛い。態々雨の中来た甲斐があったかもしれない。なんて。そんな事を思った途端、胸がきゅぅ、と音を鳴らし、ほわっとしたような温かい感じがした。なんだろう、今の。よく分からない感覚に、軽く首を傾げる。目の前で彼は僕の事をじっと待っている様だった。いつものように、指差しで注文して行く。今日のお味噌は豚汁だったので、それは断った。豚汁なんて、野菜が沢山入っているからね。少しだけ彼がしょんぼりしたように見えて、心がちくりと痛む。僕から聞いたこととはいえ、商品を断られたら良い気はしないよね。いつものメニューを頼んで、お会計もさっさと済ませた。彼がレジをうつ間に、ちらりとネームプレートを見る。『天馬』と書かれているのを確認して、心の中でその名前を呟く。下の名前は分からないけれど、天馬くんって、言うのか。なるほど、いつも笑顔の彼によく似合う名前かもしれない。お釣りとお弁当を受け取って、「ありがとう」とお礼を呟く。

    「ありがとうございました」

    とてもいい笑顔で挨拶されて、それだけで満たされた気がする。やっぱり、彼の接客態度は気持ちがいい。きっと営業職なら可愛がられるだろう。彼が役者になったら、撮影現場とかでもスタッフの人や監督と上手くやれそうだ。先輩とかから可愛がられるタイプじゃないかな。僕も彼が困っていたら、助けたくなってしまいそうだね。そんな事を考えながら店のドアを開けたところで、大きな声が店内に響いた。

    「え、あ、あのっ、…!」
    「…ん?」

    振り返れば、彼が困ったような顔をしていた。

    「傘、無いんですか?」
    「あぁ、…急に降ってきたからね」
    「それじゃぁ濡れちゃいますよ…ちょ、ちょっと待っていて下さいっ!」

    それだけ言って、彼が店の奥へ駆け出していく。店内には僕一人。これ、僕が強盗とかだったらどうするのだろうか。待てと言われた手前、勝手に帰る訳にもいかず、とりあえず入口の扉はしめる。直ぐに戻ってきた彼は、傘を片手に持っていた。それが僕の方へ差し出されたから、小さく首を傾げる。

    「これ、使ってください」
    「…………これは?」
    「オレの傘なんですけど、もう一本あるので」

    僕の手へ近付けられたそれに、目を瞬く。黒色の傘はとてもシンプルだ。僕をじっと見つめたまま動かなくなった彼は、受け取るのを待っているようだった。まさか、傘まで貸してくれるとは、お人好し過ぎやしないだろうか。けれど、それがこの天馬くんの性格なのだろうね。レジ袋とは逆の手で、彼から傘を受け取った。パッ、と彼の表情が綻ぶ。

    「なら、借りるね」
    「はいっ!」

    とても良い笑顔で返事が返ってきた事に、なんだか胸の奥がむずむずとするような、くすぐったい気持ちになる。扉をもう一度開けて、傘の留め具を外した。バン、と傘が開いて、雨を防いでくれる。振り返って、見送りで待っていてくれている天馬くんの方へ、顔を向けた。片手でマスクをズラして、笑みを返す。

    「ありがとう、天馬くん」
    「……ぁ、またのお越しを、おまち、してます…」

    いつもより小さな声で、途切れ途切れの挨拶だった。けれど、驚いた様な、呆気としたような顔がなんだか面白くて、これはこれで良いかもしれない。マスクを戻して、雨の中へ踏み込んだ。

    ―――

    「寧々、ちょっとしたお返しになる物って、何かな?」
    「…………なに、急に…」
    「ふふ、傘のお返しがしたくてね」

    翌日、昨日の天気が嘘のように晴天になったので、マンションのベランダで傘を干してから仕事に来ている。乾いたら、彼に傘を返さないとね。ただ、傘を返すだけでは無く、お礼もしたい。けれど、僕はあまり人付き合いをしてこなかったからね。だから、気の利くマネージャーに聞くことにした。

    「あぁ。類のよく行くお弁当屋の子?」
    「そう、昨日傘を借りてしまったからね」
    「変なファンとか増やさないでよ?また引っ越ししなきゃいけなくなるから」
    「大丈夫だよ。そういう子じゃ無さそうだから」

    どちらかと言うと、芸能人とかに詳しくなさそうだったからね。僕が名前を言っても分からないんじゃないかな。もしかしたら、変装をせずに会っても、気付かれないかもしれないね。くす、と笑うと、寧々が僕をじとりと睨んでくる。分かっているよ。ちゃんと気を付けるつもりだからね。
    以前、たまたま変装がバレてしまって、執拗く付きまとわれたことがあった。帰り道をつけられた様で、家に押しかけて来られたので、寧々が早々に引越し先を探してくれたっけ。あの時は本当に迷惑をかけてしまったからね。寧々の忠告は素直に聞くことにしとくよ。けれど、それとは別で、僕としては彼ともう少し話をしてみたいと思ってしまっているのも本音だ。

    「……まぁ、相手は男の子みたいだから、前みたいにはならないとは思うけど、それでも気を付けないと…」
    「そうだね。気をつけるよ、寧々」

    タイミング悪くそこで撮影再開の声がかかってしまった。新しく始まった撮影は、ドラマ化した有名小説の主役だ。明日辺りには役者の発表もあるって話だったかな。半年くらいは撮影が忙しそうだけれど、これも仕事だから仕方ない。寧々に手を振って、スタッフに指示された現場に戻った。

    (…お礼、何がいいかな……)

    彼が喜びそうなものを考えながら、撮影に望んだ。

    ―――

    「お疲れ様、類」
    「ありがとう、寧々」
    「この後は、〇〇スタジオだから、車で移動だけど…」

    ぽちぽちと寧々がスマホを操作するのを横目に、鞄に荷物を詰め込む。テーブルに置いてある小さな個包装のクッキーをコートのポケットへ突っ込み、立ち上がった。

    「行く途中に、寄って欲しいところがあるんだ」
    「………………………まさか、その傘、返しに行くとか言わないよね?」
    「ふふ、さすが、僕のマネージャーだね」
    「…はぁ……」

    分かりやすく傘を見せると、寧々が盛大に溜息を吐く。今日は金曜日だから、夜も撮影がある。けれど、乾かした傘は早く返してあげたい。明日急に雨が降るかもしれないからね。僕にしては綺麗に巻いて止めた傘を持ったまま、楽屋を出た。寧々が文句を言いながらも、撮影現場へのルートを確認しながら、行き方を考えてくれている。

    「言っておくけど、この後は休み取れないからね」
    「大丈夫だよ。返すだけだからね」
    「……時間ないから、急ぐよ」

    駐車場に止めた車へ乗り込んで、寧々がすぐに発車させる。いつもより少しだけスピードが早いけれど、大きく揺れることもなく、車体は安定していた。流石寧々だ。スマホを確認すれば、五時にはまだなっていない。今日は金曜日だけど、彼は居るだろうか。居なかったら、また今度かな。彼は何時からバイトなのだろうか。今から行って会えるだろうか。そんな風に、そわそわと落ち着かなくなる気持ちを、息を吐いて無理矢理落ち着かせる。

    (…せっかくなら、夕飯も買ってしまおうかな)

    まだまだ撮影は続く。きっと、スタジオの方でお弁当が用意されているだろうけれど、それよりも、あのお店のお弁当が食べたい気分だった。彼が薦めてくれる物が食べたい。薦めてくれる時の、楽しそうな顔を思い出して、小さく笑った。

    「…なに、気持ち悪…」
    「酷いなぁ…」
    「本当に、厄介事だけは持ってこないでよ」
    「分かっているよ」

    車のスピードが少し落ちる。お店の近くに止められた車のドアを開けて、傘を手に取った。帽子とマスク、眼鏡も忘れない。寧々に一言声をかけてから、少し小走りでお店へ向かう。ガラス窓から金色の髪が見えて、一瞬、胸の鼓動が大きく鳴った気がする。カウンターではなく、入口で掃除をしているらしい姿に、口元が緩む。ドアを開けると、彼が顔を上げた。

    「あぁ、やっぱりいた。こんちには」
    「い、いらっしゃいませっ?!」

    いつもとは違って裏返った様な声で、彼が挨拶をしてくれる。バッ、と箒を後ろ手に隠して目を丸くする彼へ、にこりと笑みを向けた。まぁ、マスクで見えないかもしれないけれど。

    「この前はありがとう。傘を返しに来たのだけど」
    「ぇ、あっ、…ありがとうございますっ…!」
    「ふふ、こちらこそ」

    傘を受け取った天馬くんは、恥ずかしそうに俯いてしまった。いつも水曜日にしか来ないお客が金曜日に来れば、驚くのも仕方ないと思うのだけれどね。でも、その恥ずかしそうにする様子がなんだか子どもらしくて可愛い。あー、とか、うー、とか言いながら困ったように視線をさ迷わせる彼に、小さく首を傾ぐ。

    「今日も、寄っていっていいかい?」
    「ど、どうぞっ!!」
    「ありがとう」

    シュバッ、と端に避けた彼の動きが面白くて、ついクスッと笑ってしまう。彼はバラエティでも上手くやれそうだ。これだけ俊敏に動けるなら、アクション映画も良い役が演じられるんじゃないかな。そんなことを思いながら、いつものショーケースの前へ移動する。カウンターに戻った彼は、いつものように僕を待っていた。
    ちらり、と彼の様子を盗み見ると、彼は頬を摘んでなにやら考えている様子だった。何か言いたいのだろうか。少し待つけれど、口を開く様子はない。寧々を待たせているので、あまり時間もないから、仕方なく顔を上げた。タイミング悪く、彼がこほん、と咳払いをしたのが同時だった。

    「これと、これを」
    「鮭のおにぎりと、ハムカツですね」
    「うん、あとこれも」
    「マカロニサラダも追加ですね」

    僕の言葉に、いつも通り対応してくれている。何か言おうとしていたと思ったのだけれど、遮ってしまった。おかずをパックに詰める姿を見て、そっと肩を落とす。緊張させてしまったかな。もっと普通に話してくれていいのに。詰めたパックに蓋をして、それがカウンターに置かれた。そしたら、彼がパッと顔を上げる。

    「あのっ、…」
    「ん?」
    「今日は、大粒のミートボールと、蓮根の甘酢煮がオススメですよっ!」
    「そぅ」

    どうやら、今日もオススメをしてくれるようだ。嬉しい気持ちは隠して、ショーケースへ目を向ける。蓮根は食べれないけれど、ミートボールなら食べられるだろうか。けれど、たまに玉ねぎが細かくされて入っているものもある。もしくは、人参や玉ねぎと一緒にソースで和えられているものもあるので、その場合は遠慮したい。どれだろうか、と目で探すと、やっとミートボールを見つけた。そんな僕に、彼が楽しそうに話を続けてくれる。

    「ミートボールはこの店の手作りで、普通より大きめに作ってるんです。ケチャップを使ったタレは酸味が程よくて、子どもにも大人にも人気のおかずなんですよ」
    「確かに大きいね」
    「蓮根は輪切りにして甘酢ダレを絡めているんですが、シャキシャキの食感が楽しいですし、酢が強過ぎないので食べやすいですよ」
    「………うーん、それはいいや」

    見たところ、野菜が一緒に入っている様子はない。中が何かは分からないけれど、彼があまりに楽しそうなので、なんだか食べてみたくなってくる。本当に、ここの料理が好きなのだろう。味の説明も上手だし、何より話をする時の表情が面白い。味を思い出しているのか、頬が緩んで、とてもいい笑顔をしているのだ。それが何だか見ていて楽しい。彼に薦められると食べたくなるのは、この表情も関係していそうだ。なんて自分に苦笑して、顔を上げ彼を見ながらショーケースを指さす。

    「それなら、そのミートボールも少し」
    「かしこまりました」
    「今日のスープはなんだい?」

    日替わりと書かれたポスターへ目を向ける。以前なめこの味噌汁は野菜も入っていなくて美味しかった。今日のは入っているのだろうか。書かれている文字は、「あおさの味噌汁」だった。

    「今日はあおさの味噌汁です。あおさとお豆腐だけのシンプルな味噌汁ですよ」
    「なら、それも」
    「はい」

    あおさは海藻の一種だったかな。それなら食べられそうだ。嬉しそうに笑う天馬くんは、にこにこ顔のままパックに味噌汁を注ぎ始める。余程追加注文してもらえたのが嬉しいのだろうか。ここまで喜んでもらえると、次も頼んであげたくなってしまうね。お店へ積極的に貢献しているなんて、とても真面目なようだ。そのまま、レジ打ちした彼が示すお金を払う。

    「丁度お預かりします。レシートは」
    「いらない」
    「ありがとうございました」

    レジ袋を受け取って、いつもよりちょっと重たいそれに口元が緩む。食べ切れるかな、この量。まぁ、その時は寧々も巻き込もう。入口の方へ向かい、寧々に連絡しようとした所で、はた、と思い出す。今日はお礼に来たのに、危うく忘れるところだった。振り返って、ポケットに突っ込んだクッキーを取り出す。

    「はい、これ」
    「え…」
    「傘のお礼」

    彼の白い掌に、クッキーの入った小袋を置く。寧々が昨日帰り道に連れて行ってくれたケーキ屋さんのクッキーだ。あまり大き過ぎても困るから、と寧々に言われ、小さいものを選んだ。それを受け取った天馬くんは、目をぱちぱちと瞬く。なんで渡されたのか分からないと言ったような顔だった。「あの時はありがとう」と付け足すと、彼の頬が赤くなる。

    「あ、ありがとうございますっ!!」

    ぺこ、と頭を下げてお礼をする彼は、クッキーの袋を大事そうに持ってくれていた。嬉しい、と表情に出ているのが面白くて、つい笑ってしまう。喜んでもらえたようで、良かった。軽く手を振って彼に背を向けると、カウンターから彼が小走りで追いかけてくるのがわかる。

    「あ、あのっ、…」

    ドアを開けたところで、彼が声をかけてきた。振り返ると、天馬くんがバッ、と頭を下げて綺麗にお辞儀をしてくれる。

    「来週の水曜日も、お客様の御来店、お待ちしてますっ!」

    凄く大きな声だった。この辺り一体に響いたんじゃないかというくらい、大きな声。思わず吹き出しそうになって、必死に堪える。けれど、堪えきれなくて、「んふっ…」と小さく笑ってしまう。中へ戻ろうとした彼が、振り返った。

    「来週も来るから、またオススメを教えてくれるかい?天馬くん」
    「は、はいっ!喜んでっ!…えっと……」

    言葉が途切れた彼に、僕は口元を緩める。
    彼になら、呼んで欲しいと思った。

    「…神代。神代類だよ」
    「また来週もお待ちしております、神代様」

    ふわりと微笑んだ彼に、ひらひらと手を振って、寧々の待つ方へ向かう。時間がかかってしまったから、怒られてしまうかな。名前を教えたのも、寧々から文句を言われてしまいそうだ。けれど、笑顔で『また来週も』と言った彼は、僕が誰か気付いていないようだった。やっぱり、彼はあまり芸能人や俳優とかに詳しいわけでは無さそうだ。それに安心する反面、少し残念だと思ってしまっているのは、何故なのか。

    「……また来週、ね…」

    その言葉がなんだか嬉しくて、口元を片手で抑える。来週あの店へ行った時、彼は名前を覚えていてくれるだろうか。忘れられてしまったら、寂しいかな。まぁ、彼ならそれはなさそうだけれど。今度いく時、もう少し話をしてみたい気もする。来週の水曜日が待ち遠しいな、とそう思いながら、寧々の車に乗り込んだ。

    ―――

    「…………お礼をしに行って、なんでお弁当を買ってくるのよ」
    「お店へ行って何も買わないのは失礼じゃないか」
    「現場のお弁当は?」
    「寧々が食べていいよ」
    「………………ほんと、偏食なんだから」

    そんな寧々のお小言が気にならないくらいには、僕は機嫌が良かったらしい。
    その後の仕事はいつも以上のパフォーマンスが出来て、監督やスタッフに褒められた。
    お弁当は、きちんと全て完食出来てしまい、寧々に驚かれたのは、別の話。
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