その旅路に黄色い花を私には、三つ年下の婚約者がいる。名前はヒデユキくん。
会社の合併と成長が目当ての、俗に言う政略結婚だ。
今の時代に……と眉をひそめる人もいるけれど、私は別段気にしていなかった。
何故なら、そういう風に育てられたから。
子供ならば、親のために生きるべき。
親の敷いたレールの上を生きていけば、幸せになる。なれるはず。なるべきだ。
それが、私のすべてだった。
……本当は、分かってる。これは洗脳だって。
昔ならいざ知らず、今の時代にそんな事がまかり通るはずがない。
流石に、私だって周りを見ればそれくらい気付く。
それでも、私は親に従った。理由は簡単。逆らえないから。
ヒデユキくんの家の会社ほどではないけれど、私の家だって結構な大手だ。
子供一人の人生を左右してあまりある財力と権力を持っている。逃げたところで、連れ戻されて終わり。
それどころか、私には一人で生きる知恵も、力も、勇気もない。
ゆるゆると真綿で包まれて窒息するような、そんな生活だった。
きっとそれは、ヒデユキくんも同じ。顔を合わせるたびに、親が満足するような他愛のない話をするたびに。
彼の諦念も、透けて見えた。
私達は似た者同士だ。親の言う通りに生きて死ぬ、文字通りの操り人形。
大人の歯車に押し潰されて、そのうちその歯車の側になって自分達の子供を潰す機構。
だから、そう──だから。
このままずっと、諦める代わりに安定が約束された日々が続くのだと
今日、この結婚式の日まで信じていた。
バンッ!!
教会の扉が開く音。逆光に照らされて、大きな体が浮かび上がる。
突然の乱入者にざわつく中で、その男性は手を伸ばした。
「来い、ヒデユキィ!!!」
「っ……うん!!」
ヒデユキくんは嬉々として男性に駆け寄る。眼鏡越しの目は、今まで見てきたどの表情よりも輝いていた。
そのまま男性に抱き着き、男性はヒデユキくんを軽々と抱き上げる。
ヒデユキくんは指輪を外すと、勢いよく放り投げた。彼の家に代々伝わるという指輪はあっけなく消えてしまう。
「オレはこんな悪趣味ェ首輪はいらないね!!」
「ユキはオレが貰っていくぜ!!」
不遜な笑みと共に中指を立てるというまるで不良少年のような仕草をすると、彼らはさっさと走り去ってしまった。
一瞬遅れて、悲鳴と怒号が教会を飛び交う。
私はどうしていいか分からなくて──気が付けば、彼らの後を追っていた。
「ねえ!!」
彼らは、男性のものと思わしき自転車に二人乗りしている状態だった。
ジャージと白のタキシードという組み合わせでありながら、何故かとてもお似合いだと思えた。
「……これから、どうするの?」
私の問いかけに、少し煩わしそうな顔をしながらも。ヒデユキくんと彼は明るく答えた。
「どうとでもなるさ。オレとタカヒロなら、絶対に。そうだろ?」
「ああ、オレ達は無敵だからな!」
「それじゃあ、もう二度と会わないけどお元気で」──それだけ言い残し、彼らは自転車を漕ぎ出す。
あのスピードなら、きっと誰にも追い付けないだろう。私には追いかける体力も、技術も、勇気もない。
……いや、でも。私にも、できるだろうか? 彼らのように、風のように自由に生きる事が。
あんな笑顔で、自分の運命に逆らう事が。……今は、まだ分からない。
だけど、この頬に流れる涙は捨てられた悲しさでも、裏切られた悔しさでもない事だけは分かっていた。
どうか、彼らの旅路に多くの幸がありますように。どんな困難も、彼らを引き裂く事がありませんように。
そしていつか、私も──
空に星はなく、また雲もない。清々しい青は、正に青春の名に相応しいものだった。