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    ゆりお

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    ゆりお

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    お題「傷」

    ##東リ

    ココイヌ/東リ「それ、痛くねぇの?」
     口にしてから愚問だと気づいた。痛くないはずがなかった。組み敷いた乾の腹に巻かれた、まだ新しい包帯の下からは、新鮮な血が滲んでいたのだから。
    「べつに」
     けれども当の本人は、指摘されてから気づいたかのように、無感動な視線を下に向けた。
    「……今日はやめとこうぜ」
     そう言って、九井はソファから降りた。急速に熱が冷めた。抗争の興奮を引きずって、事に及ぼうとするなど馬鹿げたことだった。冷静になると急に恥ずかしくなった。そういう時、いつだって矢面に立つのは自分ではなく彼なのだから。
    「大したことねぇよ、こんなの」
     むくりと起き上がって、乾は低い声でぼやいた。眉間にかすかに皺が寄っている。若干、不機嫌なようだった。せっかく昂った気分を削がれたからかもしれない。
     九井は非難の視線を逃れるように背を向けて、小さな冷蔵庫から水の入ったボトルを取り出した。電気系統の不具合のせいか、冷蔵庫自体が古いせいか、中のものはいつも生ぬるかった。
     喉を潤して振り向くと、乾はソファの上に胡坐をかいて包帯を外していた。白い腹が露わになる。臍の右下――まるで花が咲いたような傷からは、赤い花弁がじわじわと零れていた。生々しいのに奇妙に美しく、九井は思わず目を奪われた。
    「なんだよ」
     乾はやはり不機嫌だった。剣呑な視線がこちらを向く。九井は彼に聞こえないように小さくため息をついて隣に座った。
     ナイフの先が押し込まれた傷口だった。病院に行くよう諭したが、乾がきくことはなかった。九井は、その傷に指で触れた。本当に痛くないのか、瘦せ我慢か――乾は顔色ひとつ変えなかった。しかし力を籠めて生乾きの瘡蓋を抉ると、微かに呻く。
    「……痕、残るのか?」
    「こんなんじゃ残らねえよ」
    「そっか」
     少し安堵して、九井は手を離した。乾は傷口に新しいガーゼを当てると、包帯を巻きなおした。慣れた手つきだった。
    「……別に、女じゃねえんだから」
     不意に乾が口を開いた。どきりとした。何も言えなくなった九井を、無色の眼が射貫く。その瞳からは取り立てて何の感情も読み取れなかったが、不思議と責め立てられているように感じだ。
    「箔がつくだけだろ」
     そう言って、乾は九井の手を取った。真ん中の指が血で汚れていた。乾は見せつせるようにゆっくりと、それを口に含んだ。
     まるで行為を思わせるように、舌が絡む。おもむろに指の股まで舐められて、ぞわりと背筋が粟立った。冷めたはずの熱が戻ってくる――
    「――ってえ!」
     唐突に歯を立てられ、叫びながら九井は乾を振り払った。慌てて引っ込めた指先は噛み破られ、血が滲んでぷくりと小さな玉を作っていた。神経が集まっているせいか、ずきずきとした強い痛みが脳を突き刺す。思わず咎めるように睨むと、乾は嘲るように笑った。
    「痕なんか残んねえよ、それくらい」
     乱れた金の髪の隙間から、彼の消えない傷跡が覗いていた。だから九井は、何も言えなくなって乾を見つめるしかなかった。
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