「手を繋ぐ」 思わず手を掴んだ。人波に飲まれて離れそうになったからだ。お互いの身長からすれば離れたからと言って見失うものでも無いが、思わず掴んでいた。掴まれ振り向いた目とかち合う。俺が何か言おうとする前に、するりと掴んでいた手を繋がれた。
「ふふ、ありがとうございます雨彦。ここからは離れないよう手を繋いでおきましょうか。」
ほら、雨彦…と。そのまま流れるように大きな水槽の中の魚達の話へと移っていく。水槽からの淡い明かりに照らされる横顔を見る。子供連れの喧騒が背後を駆け回る水族館。指差してあれはどうとかこれはそうとか真剣に話してくるので、俺はその喧騒をBGMに相手の心地良い声に耳を傾けた。
次の水槽へ、と。繋いだ手を引かれて歩く。少し早足でグイグイと引っ張るように歩くのは、相手が嬉しくて興奮している時の癖のようなモノだ。
雨彦、雨彦…と、説明の頭に何度も名を呼んでくるのが可笑しくて、小さく笑って見せたが薄暗い水族館のせいか、自分の話に夢中なせいか気付かない。
可愛いな、と思う。ただの同僚だ。なのにふと気付く一つ一つに可愛いと思ってしまうのだ。興奮して普段より早口になる癖も、何度も俺の名前を呼ぶ癖も、強く握って離さない手も。
こいつのせいで随分俺も魚や海の事に詳しくなった気がする。説明してくる話の合間合間に相槌のように教えられた知識を言葉にしめ挟めばお分かりですかと嬉しそうに笑うのだから、詳しくなると言うものだ。
「おや。」
視線が水槽から下へと移される動きにつられて俺も視線をそちらに向ければ小さな女の子が相手の説明にキラキラとした目を向けている。この目を俺は知っている。
「魚が好きなのかい?」
屈んでその視線に合わせれば、古論の話に耳を傾けていた少女に聞く。何時も見ている目だ。今だって近くで見ていた。
「それは嬉しいですね…っ」
相手も少女の視線に合わせて屈み込む。少女が興味を持ちそうな話を水槽の魚を指差して弾む声で披露する。昔に比べて話す内容も話し方も慣れたもんだ。古論の話を聞きながら、少女は水槽の中の魚へと視線を向けている。それを一歩身を引いて見ていれば、母親らしい女性が少女の行動に気が付き駆け寄ってくる。幸い薄暗闇で水槽の淡い光を背にしているせいか、母親には正体がバレてはいないようだった。はたまた俺達の事を知らないか。
母親に手を引かれバイバイと手を振る少女に手を振り替えした。
「さて、雨彦。次にまいりましょう!」
言って自然に繋がれた手は、また少し強めの力でぐいぐいと俺を引っ張っていく。ただの同僚にまた、可愛いなんて思ってしまいながらも手を引かれて次へと移動する。