長引いた番組の打ち合わせが終わり、帰路へつく頃には、すっかり日が落ちていた。
「外はまだ蒸し暑いですね……」
同じ駅へと向かうため隣を歩くクリスは、ぱたぱたと手で自分を扇いでいる。
最近は暑い日が続いていて、夜になっても気温が下がりきらない。暑さを苦手とする雨彦にとっては、一年で最も過酷な時期と言えるだろう。
早いところ涼しい屋内でゆっくりしたい、などと考えながら歩いていると、どこからともなくどん、という低い音が響いた。音のする方へ目をやれば、空に光の花が咲き、ぱらぱらと散って消えていく様子が見える。
「花火大会の予定なんてあったかい?」
「いえ、特になかったと思いますが……ゲリラ花火というやつでしょうか?」
「ゲリラ?」
「ええ、最近では開催予告を行わずに花火を打ち上げることもあるそうですよ」
そう説明するクリスは、すっかり空の様子に気を引かれてしまったようだ。駅へと向かっていたはずの足は止まって、花火が上がる度に小さく声を上げる。
周囲を見渡すと、同じように突然始まった花火に目を奪われ、立ち止まっている人も多い。だがこのまま道の真ん中で、空を眺めているわけにもいかないだろう。
このまま駅へと促すこともできる。でも花火に夢中になっているクリスを急かしてしまうのは憚られた。
「少し見ていくかい?」
「いいのですか?」
雨彦の誘いに、クリスは嬉しさを隠しきれない様子で雨彦の方を向く。そんなクリスの様子を見るだけで心が満たされてしまうのだから、単純なものだ。
「ああ、川の方に行けばもう少し見やすいんじゃないか?」
想楽には最近よく甘いと言われるが、こればかりは仕方がないだろう。
ぱっと華やぐその表情は、雨彦にとっては空を彩る花火よりも眩しいのだから。
川の方へと足を運ぶと、空を阻む建物が少なくなって、先程よりも随分と見やすくなった。
隣で爛々と輝く瞳は、花火が上がる度に様々な表情を見せる。雨彦はつい、その瞳が色とりどりの光を映す様子に目を奪われてしまう。
「綺麗なもんだな」
「はい!」
自分がそう言われているだなんて思ってもいないであろうクリスは、楽しげに空を見つめている。
心が感じるままに、素直に感情を顕にする。そんなクリスはいつだって、雨彦の目を惹きつけてやまない。
「好きだ」
勢いを増す花火の音に忍び込ませるように呟いた言葉は、クリスには届かなかった。
届かせるつもりも、なかった。
それでも雨彦の視線に気づいたらしいクリスは、きょとんとした顔で雨彦を見上げる。
「雨彦、今何か言いましたか?」
「いや、何でもないさ」
「そうですか?」
小首を傾げたクリスは、特に気にする素振りも見せず、再び空へと目線を戻した。
それでいい、と雨彦は思う。雨彦はまだこの距離で、クリスのことを見ていたい。その先に進むには、まだ雨彦の中に足りないものがある。
だからそれをクリスにちゃんと伝えられるのはきっと、もう少し先のことだ。