水沫の幸福論 きっかけは本当に、些細なことだった。
その日は天気が良くて、なんだか目覚めも良くて、生徒会の仕事も、ボーカルレッスンもいつも以上に成果が出せた。「やっぱり秀はすごいな」なんていう賞賛も気持ちよく受け取れて、少し、気が大きくなっていたのだと思う。
「百々人先輩は、何を焦ってるんですか?」なんて、妙に踏み込んだ質問をしてしまったのは、そういう要素が積み重なった結果だ。普段なら、そんなことは聞けない。同じアイドルユニットを組むことになったとは言え、秀にとって百々人は、まだどんな過去があって、それゆえにどんな性格なのかをつかみかねている、「謎」多き人だからだ。
言ってから、しまったと思ってももう遅い。ぱちくりと目を瞬く百々人が、次の瞬間には「アマミネくんには関係ないよね」なり、「焦ってるってどういうこと」なり、年下の生意気な言動に気分を害してしまう可能性が高いことに、秀はぎくりと身を強ばらせる。鋭心もトレーナーも帰宅してしまって、二人きりになったレッスンルームがしんと静まり返る。
4061