記憶が退行したロイド君特務支援課のリーダー、ロイド・バニングスがウルスラ病院に運ばれたのは、頭を強く打った後、意識が戻らなかったからだった。
きっかけはいつもの如く手配魔獣を退治していた時。
ふと何かに気を取られたような素振りを見せ、その隙に魔獣の攻撃を受けて吹っ飛ばされて、近くの壁に頭から叩き付けられたのだ。
他のメンバーは大急ぎで魔獣を倒すとロイドへとかけ寄り、回復のクラフトやアーツをかけるが、意識を取り戻さなかったため、慌ててウルスラ病院へと連絡し、やってきた救急車で運ばれる事態となってしまったのだった。
ウルスラ病院、待合室。
大勢の人が行き交う賑やかな場所だが、その一画では支援課の面々が暗い空気を纏っており、周りの人々も遠巻きにしている。
ロイドが運び込まれてから2時間は立つというのに未だに何の音沙汰もなく、最初はきっと大丈夫だと励まし合っていたものの、最早会話もなくうつむくだけになっている。
そこへ、何とも言い難い顔をしたセシルがやって来た。
「ここに居たのね、皆」
「セシルさん…」
「アイツの、ロイドの容態はどうなんだ?」
「まさか、死んだりなんてしてませんよね!?」
「大丈夫だから、落ち着いてちょうだい?」
「そう、ですか。……良かった」
「ったく、心配させやがって!」
「でも、それにしては浮かない顔ですね?」
「…何があったんだ?」
「…ロイドはさっき目を覚ましたわ。だけど、記憶が退行してしまっているみたいなの」
「記憶が、退行?…何でっ」
「頭を打ったせい、でしょうか…」
「そうだろうな。…どの程度覚えてるんだ?」
「それが、どうも7~8才くらいまでの記憶しかないみたいなのよね。私の事は辛うじて認識してもらえたのだけど…」
「つまり、私たちの事は全く分からない訳ですね?」
「そういう事になると思うわ。…貴方たちはどうする?ロイドと会うの?」
「そうだなあ…。なあ、セシルさん。記憶以外には問題はなかったのか?」
「ええ。大きなたんこぶが出来ているくらいね」
「そうか。それで、ここにはいつまで置いてもらえんだ?」
「そうね。せいぜい1泊、かしら。…ここに居るより戻った方が、記憶が刺激されるのではないかと思うのだけど」
「でも、大丈夫でしょうか。今のロイドさんにとって、私たちは知らない人間で、更に知らない場所へと連れて行かれる訳ですよね?」
「………。多分、大丈夫だと思うわ。人見知りはするけど、とても敏い子だったから。早くに両親を亡くしたから、そうなってしまったのかもしれないけれど」
「そうか。…なら、決まりだな。お嬢、ティオすけ」
「ええ。…ロイドに、会わせていただけますか?」
「分かったわ。こっちよ」
セシルに案内されて病室に入る。
病院側の配慮だろう。個室のベッドに横になっていたロイドは、セシルを見るとぱあっと顔を輝かせたが、その後ろからエリィ、ティオ、ランディが入るのが見えた途端にその顔は曇ってしまう。
「ロイド。頭のたんこぶは痛くない?」
「ちょっと痛いけど、だいじょうぶ。…セシルお姉ちゃん。その人たちはだれ?」
そしてその口から飛び出たお姉ちゃんという単語と少し舌足らずな話し方に、支援課の3人は思わず崩れ落ちる。
「貴方に会いたがってた人よ。皆良い人だから、怖がらなくて大丈夫」
「…う、うん」
「聞きましたか?セシルお姉ちゃんって言いましたよね?」
「それに何かしゃべり方が幼くないか?」
「やだ、可愛い…」
そしてヒソヒソと話をしていると、セシルが3人に呼びかける。
「3人とも、こちらへどうぞ。自己紹介、してあげてくれる?」
「え、ええ。…初めまして、私はエリィよ」
「ティオです」
「ランディだ。よろしくな?ロイド」
「…僕のこと、知ってるの?」
「…ぼく」
「ぼくって言いましたね」
「マジかよ。コイツはやべえな」
「ええと、あの、だいじょうぶ?」
「だ、大丈夫よ?ちょっと動揺しただけ。…ねえ、ロイド。今の自分の事は、セシルさんから聞いているの?」
「…うん。僕はほんとは21才で、警察官になってるんだよね?たしかに体は大きいし、声も低くてびっくりしちゃった」
「そう。お兄さんの事は?」
「今はお仕事で遠くにいってるって聞いた。…ねえ、エリィさん」
「エリィで良いわ。なあに?ロイド」
「僕は、これからどうしたら良いの?このままじゃ、お仕事なんてできないよね?」
「…ロイド」
「ロイドさん…」
「…なあ、ロイド。お前はどうしたい?このまま記憶が戻るまで病院にいたいか?それとも、俺らの所に来るか?」
「……大きなけがもないのに、ずっと病院にはいられないよね?」
「そうね。正直、難しいと思うわ」
「………なら、いく。お兄さんたちのところ」
「お兄さん」
「お兄さん、ね。……それじゃ、準備して帰りましょうか。支援課ビルへ」
こうして記憶が退行したロイドは支援課ビルで預かられる事となり、もちろん色々と騒動が巻き起こったのだが、それはまた別のお話。