黒き想いを甘さに変えて 任務の際、私と黒雪はある町を訪れていた。よく賑わっていた町で町人風の装いで怪しまれないようにと町の中を闊歩した。
「家康様に言われた宿はこの辺りだと思うんだけど…オレ、ちょっとあそこにいる人たちに聞いてくるよ」
「わかりました」
そう言うと黒雪は茶屋の方で道筋を聞きに行く。私は黒雪が戻って来るのを待っていたが突然声をかけられ、しかも黒雪ではない声だったものだからびっくりしてしまった。
「えっと…」
見知らぬ男だった。軽薄そうな笑みを浮かべた男だった。
「君、見ない子だね?」
「はい。その…旅に来ていて…」
「君、一人?」
「違います。その……」
恋人と、と言おうとした私だったが急に腕を掴まれたことにより驚いて声さえ出せなくなってしまう。
「ま、その相手が女だろうと男だろうと関係ないんだけどさ」
振りほどいても構わないがここで問題は起こしたくなく、何もできなくなってしまう。
「俺と一緒に来てよ。いいとこ案内するからさ」
「っ………、くろ、ゆき……」
そう名前を呼んだ時、ぐっと身体を後ろから引き寄せられ私の身体はすっぽりと彼の、黒雪の腕の中に包まれていた。
「ほんとす~ぐちょっかいかけられるんだから」
「黒雪!」
「もう用事終わったから行こう?」
こくこくと頷き黒雪と共に歩き出そうとするが私の手首を男は掴んだままだった。
「離せよ」
と、一際低い声が男を圧した。
「なっ…」
「聞こえなかったのか?離せって言ったんだよ。……その汚い手をその子から離せ」
その黒雪の見た目とは合わない圧に、殺気に男は怯えた様子を見せた男は手を離した。
「さ、いこっか」
次の瞬間の黒雪は拍子抜けしてしまうほど爽やかな笑みを浮かべていて、黒雪が気にしていないように見えて私の心の中にもやもやが広がってしまうのだった
***
宿に着き、半蔵様から任務の指示をもらった後私たちは用意された部屋へと戻る。戻ったところで私は黒雪によって抱き寄せられていた。
「わっ」
「………」
「黒雪?」
黒雪の瞳は陰りを灯し、跡が残る手首をじっと見つめている。もう一度名前を呼ぶとそのまま黒雪は私の手首に唇を押し付けた。
「!?」
びっくりして瞬きを繰り返す私に視線だけやると黒雪はそのまま何度も口づけを落としたり、舐めたりしてくる。それがくすぐったくて小さく何度も私は息を吐きだす。
「…………嫌だったんだ」
「え?」
「あの時は何でもないって風を装ってたけど、内心はらわたが煮えくり返ってたまらなかった。槐はオレのなのに、ってかっこ悪く嫉妬を露わにしてしまいそうでたまらなかった」
「……黒雪」
その言葉が嬉しくてたまらなく、思わず笑ってしまう。
「な、なんで笑うのさ…!?」
「ふふ、だって嬉しくて」
「嬉しいって…怖くないの?」
「それ、黒雪が言うの?」
くすくすと笑う私に黒雪は不思議そうな顔をしている。
「私は黒雪が気にしてないように見えて、黒雪にとって私ってそんな取るに足らないものだったのか…とそう思ったりしたのですよ」
「そ、そんなわけあるはずないよ」
「はい。ですから安心しました」
にこりと笑うとはー、と黒雪は息を吐く。
「私は、黒雪が好きです。黒雪だけが」
「オレだって槐が…槐の事だけが好きだよ…」
そう言って気弱な印象を与えた黒雪の瞳がじっと私を見つめたかと思えばゆっくり近づき、私はそれに備え瞳を閉じる。ゆっくりと触れ合う唇が互いの気持ちを高めていくようで、心地よさが広がる。そうして気が付くと布団の上で黒雪に押し倒されていた。炎のような熱を秘めた黒雪の瞳が、すぐにでも私を食べてしまいそうな黒雪の瞳が私をじっと見据える。
「槐……オレ、お前がほしい。いつもしてるようなことだけじゃなくて、名前を呼んで、手を繋いで、触れ合って、接吻するだけじゃなくて……もっと確かな形でお前のことがほしいよ。槐」
懇願するように言われて、同じ気持ちだった私は嬉しくなって黒雪の首に腕を回した。
「…私も同じ気持ちです、黒雪」
「槐……、優しくする……うんと、お前に嫌われたくないから」
「ずっと黒雪は優しいですよ」
「…そんなこと言うの槐だけだよ」
「ふふ」
泣き出しそうな黒雪と口づけを交わす。甘い甘いひと時が幕を開け、私はそんな夢だと錯覚してしまうようなこの時間に溺れ、黒雪からの想いを誰にも渡さぬようにと一身に受け止め続けた。
-了-