20230817_結婚してくれるって本当ですか「そういえば……」
と、隼人が何か思いついたようにカムイへと声を掛ける。
「お前は、恐竜帝国の王子だったな」
「はぁ、まあ……一応王位継承権は持っていますが」
夕食を食べ終わり、隼人はリビングのソファでテレビのニュースを眺めながらコーヒーを飲んでいる。台所まで運んできてもらった食器を片付けるのは、カムイの役目だ。
食洗器もあるが、隼人の手伝いで忙しくてそれどころではないような時しか使用していない。
手洗いに特にこだわりがあるわけではないが、作りながら片付けもしてしまうので、食べ終わったあとあまり入れるものがないせいもある。
すっかり慣れた手つきで皿や茶碗を洗いながら、隼人の意図を計りかね、何を今さら言っているのだろうとカムイは首を傾げる。
カムイの立ち場はここで暮らすようになってからも、全く変わっていないというのに。
大学から帰って来た時点で、あまり機嫌が良くなかった。
今日は大して出席する必要もないくせにやたら拘束時間の長い学内会議だと言っていたから、そこで何かあったのだろう。
しかしそこに自分が関係してくるのかは、やはりわからない。
「それが何か」
問い掛けながら、カムイは自分の分のカップを持ち、隼人の隣へと座る。
色違いのカップは意図したものではなく、日用品を買いにいった際にお互い持ち寄ったものがたまたま同じだっただけだ。全く同じだと区別がつかないが、選びなおすのも面倒で青と白で色だけを変えている。
「兄上が健在ですから、俺が王位を継ぐことはありませんが」
そのカムイの言葉を聞いているのかいないのか、隼人はコーヒーを飲み干すとカップをテーブルに置き、ソファへと深く体を預ける。
そのまま深く息を吐く姿を見て、何かあったのだろうかと心配になる。
「何かあったんですか」
考えたところで、参加してもいない会議でのことなどわかるわけもない。答えてくれるかはともかく、本人に聞いた方が早い。
直接聞いて答えてくれなければ、隼人からそれを聞き出すことはもう不可能であることは、これまでの経験でわかっている。
そして問い掛けに答えてくれる率は、五分五分だということも。
しかし今日は、
「お前と結婚すれば、俺も王族か」
隼人はもう一度深く息を吐いて、口を開く。
「は?」
言われた内容が理解出来ず、カムイの動きが止まる。
「け、結婚? 俺と、ですか?」
何故、と戸惑うカムイの様子に気付いているのかいないのか、隼人はそのまま話を続ける。
「ごちゃごちゃとおかしな難癖付けて来る輩が多くてな。物理的な権力が欲しい」
ああいった連中は権威というものに弱い奴が多いから、と言う。金で買収しても良いが、それもそれで後で面倒らしい。カムイには理解できない世界の話だ。
「俺は、もちろん構いませんが……」
構わないどころではない。願ったり叶ったりだ。こういうのを何と言うのだったか。
(これが俺得というものなのか?)
確か何かの折に、拓馬がそんな使い方をしていた気がする。
今まで考えたことはなかったが、王位継承者ではなく、カムイが実際に王位を継げば。
(可能性は格段に上がる)
隼人は戯れに言っただけだろうが、実際にカムイがそれを差し出したら、恐らく断ることはしないだろう。
真剣に考え始めるカムイをよそに、戯言を言い飽きたらしい隼人は読みかけだった本に没頭してしまっている。
二人しか居ないリビングに沈黙の時間がただ流れるが、それぞれ思考に集中してしまっているので気にする者もなく。
遠い海の底で、悪寒がするから今日はもう休む、と帝国の最高権力者が早々と寝床についたことにも、もちろん気付くはずもなかった。