欲望二十四時 何故この人と二人きり、こんな所に居るのか。
カムイには全く理解出来ていなかった。いや、理解出来ないというよりもしたくない、何なら頭が現在置かれている状況を全力で拒否していると言っても、過言ではなかった。
しかもこの地獄は、あと二十時間以上は続く予定だ。
(見落としたのか)
隼人に読んでおけと与えられた分厚い資料には、全て目を通した。内容も理解出来ていたはずだ。それに加えて、念押しのように一週間前に行われた伊賀利からの事前ミーティングでは、訓練の一環とのことだったが。
(何故こんなことを行う必要がある)
あの研究所において、無意味な訓練を行うことは絶対にないはずだが、その意図が掴めない。わかっているのは自分が試されている……特に忍耐方面において、ということだけだった。
青空の下、もうもうと立ち込める湯気に邪魔されてはいるが、カムイの目の前には全裸の隼人が居る。
見たい。そんなものは猛烈に見たいが、不自然なほど視線を逸らしてしまう。そんなカムイの様子に気付かぬわけもなく、育ての親とでも言うべき人は、いつもと変わらぬ不敵な笑みを浮かべていた。
訓練当日、カムイは必要最小限の食料と必需品を詰めた背嚢を背負い、ボートに乗り込む。他の隊員たちが乗り込んでくるのを待っていたが、さっさとしろという隼人の言葉に状況を把握すると、ボートを漕ぎだした。
本州から遠く離れたこの南の島は、連合軍が戦闘訓練に使用しているのだという。予定通りの場所に上陸したカムイは目的地へのルートを確認しようとするが、それを後目に隼人は森の中へと踏み入ろうとしていた。
「神司令!」
「時間がない、行くぞ」
足早に進む隼人の後について入った森の中は鬱蒼としており、少し……いや結構蒸し暑い。当然のように道などなく、足場が悪いというよりまともに歩ける場所の方が少ない。しかし少しでも気を抜くと置いていかれそうになるので、スピードを合わせるだけでも必死にならざるを得ない。そんな中でも気になることがある。
(おかしい)
「どうした?」
「いえ……」
岩場の上から伸びてくる手を掴むとぐい、と引っ張り上げられた。その勢いで、隼人の胸に顔から飛び込む形になってしまう。思いのほか柔らかいその感触に、これはマズイとすぐに体を起こし、体勢を立て直した。隼人の表情はいつもと変わらないように思うが、この島に来てからというもの、こんなことばかりが立て続けに起こっている。これはもしかして。
(試されているのか)
ハニートラップというものがあると教えてもらったことがある。確かにカムイに対して行うなら隼人は適任だが、そこまで把握されているのかということと、この人にそこまでやらせるのか? と考える。いや、
(やる)
この人は、それくらいのことはするだろう。絶望的な結論に思い至ってからも、カムイにとってだけ過酷な訓練は続く。置いていかれないよう、しかし近付きすぎないよう。カムイは血の滲むような努力をした。