電子の海のあなたより「来た…」
小さく短いその一言に、ポセイドンは漸く兄が目当ての物を引き当てたと悟った。用意された椅子から立ち上がって近寄ると、弟の方を振り返り、安堵のため息を吐いた。
「すまない、待たせたな」
差し出された端末の画面を確認してやると、確かに髪をかき上げ三叉槍を構える自分の絵。
「これの為に執務も溜め込んだ挙句、余の連絡も放置したのか、お兄様?」
「すまないと先に断っただろう…」
どうしても欲しかったんだ、しょうがない…と気まずげに目を逸らす兄。日頃の態度に比べると珍しいその表情に、ポセイドンの胸中では悪戯心がむくむくと湧いてきていた。わざと兄の目線の先に移動ししゃがんで、執務机に向かう兄に上目遣いで告げる。
「どうせ欲しがるなら本物にしておけ」
こんなに連絡が付かないなんて、何かあったに違いない。そう判断をし、自身の執務をも放り出して駆け付けると、ゲームなどと言う児戯に没頭しているとは。冥王ともあろう者が人間どものギャンブルなんかに、と最初は呆れたものの、画面を見詰める顔があまりにも真剣で、何も言えなくなってしまった。まあその内引き当てるだろう、と高を括った結果、借りて読了した書でちょっとした塔が出来ている始末ではあるが。
「可愛い弟を待たせた罰だ…愛でろ」
言葉の意味を理解した兄は、小さく笑って弟の頭に手を伸ばす。
「また余の連絡を放置してみろ…当分は触らせんからな…」
久しぶりに頭を撫でられ、ふわふわした心地よさに身を任せながらも、小言はしっかり伝えておく。本物を差し置いて電子世界の余に入れ込みおって。
「拗ねさせてしまって悪かった」
「拗ねてない…」
欲しかったものを手に入れた気持ちの余裕からか、兄は先ほどより少し大きく笑った。
「こんな罰なら喜んで受けよう…いつでも好きな時においで」
「いつでもか?」
「ああ」
兄の首肯を視認した。言質は取ったぞ。
「今が良い…続けろ」
立ち上がり椅子に座る兄に覆い被さる。会えなかった時間を埋めるように強く抱くと、背に腕を回され抱きしめ返された。肩口に顔を埋めると、鼻腔内に兄の匂いが広がった。
「素直に甘える愛弟が見られるとは…今日の余はついているようだな?」
「ふん…いくら注ぎ込んだかは聞かないでおいてやる…」
「……手厳しいな」
日頃の兄の働きぶりは十分過ぎるほど知っている。0.0083%の奇跡を掴んだ今日くらい、羽目を外しても良いだろう。
「お疲れ様…ハデス」