鬼ごっこ「カリムさんなら寮に戻られましたよ」
さりげなくさまよわせたつもりの視線をあっさりと絡めとられた少年は言葉を失ったようにアズールを見た。
「おや、違いましたか?」
続けた質問にもなにも言わない。けれどもそらされた視線が答えのようなものだった。おそらく客を装うつもりだったのだろうが、そのつもりもなくなったらしい。端的に礼を述べてすぐに背を向けて出ていってしまう。
今にも走り出したそうな動きに合わせて流れる黒髪は踊っているように見えた。スカラビア寮ならもう走り出しているのだろうが、流石の彼も他寮では遠慮しているらしい。通路の遥か遠く、背中が見えなくなってやっと視線を中に戻す。アズールが経営するモストロ・ラウンジは今日も盛況で売り上げも上々だ。空席もほとんどない。隅の一角を除いては。
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