ペンを落としたら君が来た――神代類は焦っていた。
その日、セカイでの練習を終えた後に演出のメモをしようとした彼は、丁度そこで"愛用のボールペン"が無くなっていることに気づいたのだ。
鞄の中や舞台袖をくまなく探したものの見つからない。現実世界で落としたかとワンダーステージを見回ったものの、結果は同じだった。
これが普通のボールペンであったなら、適当なお店でまた購入すれば良かっただろう。
だが、そのボールペンは類にとって特別なものでもあったのだ。
「カイトさん、少し良いかい? この近くでカモノハシのストラップがついているボールペンを見なかったかな?」
「カモノハシ?いや、見てはいないけど……」
カイトの回答に類は肩を落とす。
対するカイトは"カモノハシのボールペン"と聞いて、あることを思い浮かべていた。
「確か類くんが最近よく使っているボールペンだったよね?」
「そうだよ。この前の誕生日に司くんからもらったものなんだ。『類が脚本を書く時、好きな生き物に見てもらえたら楽しいだろう』って司くんは言っていたかな」
「あはは、司くんらしい理由だね。……もしかして、類くんが浮かない顔をしているのは、そのボールペンを無くしてしまったからかな?」
察しの良いカイトがそのことに言及すれば、類は「……正解だよ」と何処か観念したような表情で肯定してみせた。
「ついさっき、無くなっていることに気づいてね……。意識せずによく使っていたから、何処で何時落としたのかさっぱりわからないんだ」
「なるほど。当てがないとなると、探すのに骨が折れそうだね……」
事の深刻さに気付いたカイトが、類と同じように神妙な表情を浮かべた。
たった一つのボールペンに深刻すぎると思われそうだが、このボールペンは大切な仲間からのプレゼントでもあるのだ。
同年代の友達からのプレゼントなど殆ど経験したことのなかった類にとって、その意味合いはそれなりに重い。
それに類だけでなく、選んだ当人である司もボールペンを気に入っていた。
「こうして見ると、カモノハシも可愛らしくて好きだな」と司が共感を示してくれた時は、自分もとても嬉しく感じたものである。
とにかく、ボールペンを簡単に諦めきれない理由が類にはあった。
自分はよく物を無くしがちだが、大切な誕生日プレゼントまで無くしてはいよいよ形無しだ。
自分のどんな演出や無茶ぶりにも応えてくれる司も、今回ばかりは烈火の如く怒ってしまうかもしれない。
「……司くんには失望されたくないな」
その言葉は、類にしては珍しい弱音でもあった。
こんな自分を受け入れてくれた彼から嫌われたくない……そんな健気な考えが、今の類が抱く想いの全てだったのだ。
***
――その日、ねこのぬいぐるみはるんるん気分だった。
リンやレンと練習したショーは無事に成功し、メイコやルカにたくさん褒めてもらえた。
特にこの日のショーはねこのぬいぐるみが主役だったこともあり、浴びる声援もいつも以上に多かったのだ。
すっかり気分が舞い上がっていたねこのぬいぐるみは、座長であるカイトにも褒めてもらおうと彼を探している最中だった。
そうしてねこが歩いている……そんな時だったか。
「……司くんには失望されたくないな」
ふと風に乗って聞こえてきたのは、明るいセカイに合わないどんよりとした声。
その声の主に聞き覚えがあれば、彼は首を傾げてその声が聞こえた場所へと近づいていった。
『アレ?ルイクン?』
そこにいたのは、ワンダーランドの座長であるカイトと、"ツカサクン"とショーをやっている類だった。
いつもなら類に撫でてもらおうと近寄るねこではあったが、今日の類は何処か暗い表情をしており、ねこは近づくことなくこっそりと二人を伺うことにしたのである。
「大丈夫だよ類くん。それに、まだ諦めるつもりはないんだよね?」
「勿論さ。まだ手を尽くしていない以上、やれることはやってみるつもりだよ」
何やら真剣な表情で話し合う二人を、ねこは心配そうに遠くから見つめる。
一体二人は何を話しているのだろう?
『司くんに失望されたくない』って類くんが言っていたけど、何かしてしまったのかな?
ねこがぐるぐると悩んでいる間にも、二人は話を続けている。
遠くからでは途切れ途切れだったものの「覚悟を決めて……」「まだ可能性は……」など、深刻そうな言葉が続いている。
いよいよ好奇心が抑えきれなくなり、ねこが彼らに直接聞こうと足を上げた――その時だった。
「……司くんが好きだからこそ、そう簡単には諦められないからね」
類の口から、衝撃的すぎる言葉が飛び出したのだ。
この時、衝撃から『えええ~~~!!?』と叫ばなかったねこはとても優秀だった。
咄嗟にぽふりと口を押えた後、まだ話しあっている二人から逃げるように、ねこはその場を駆け出したのだ。
走っている最中、ねこは幼いなりに先ほどのことを必死に考えていた。
類くんが言っていた言葉……「司くんが好き」
これはもう間違いなく愛の言葉だ。そうに違いない。
ならば何で類くんは暗い顔をしていたのだろう?好きな人がいるというのは、とてもほわほわするものだと思うのに。
そういえば、類くんたちは他にも何か言っていた。
「諦めるつもりはない」とか「手を尽くしてない」とか、あとは「覚悟を決める」とか「司くんに失望されてしまうかも」とか……
『……ア!』
そこまで考えた時、ねこのぬいぐるみの耳がピコン!と元気よく跳ねた。
まるで名探偵のようにピタリとハマる"答え"が、彼の脳裏に駆け巡ったのだ。
そうとわかったら全速前進!まだセカイにいるだろう大切な友達のもとへと一直線だ。
『ツカサクーン!!!』
「ん?」
個人練習をしていた司のもとへ、ねこのぬいぐるみは大慌てで駆けこむ。
「どうしたんだ?」と腰を下ろして目線を合わせた彼へ向け、ねこはあわあわと身体を動かせば……
『ツカサクン!!アノネ、アノネ、ルイクンが……』
『ルイクンがツカサクンに、愛ノ告白をシヨウトシテルンダ!!!』
そんな爆弾発言を司にぶちまけたのである。
――その言葉を聞いた時、司の脳裏ではハテナマークがタップダンスをしていた。
ひたすらハテナに埋め尽くされた空間で、司はねこの言葉をゆっくり飲み込んでいく。
オレに、愛の告白。誰が?
類が ルイが るいが
……類が!?!?
「まっ……て待て待て!話が見えないぞ!どういうことだ!?」
一瞬で混乱状態に陥った司は、混乱する頭のまま、ねこのぬいぐるみに訳を問う。
幼いぬいぐるみに懇切丁寧な説明は酷だと思うのだが、冷静さを失った司は当然ながら気づけないし、ねこも慌てるがままに『自分が気づいたこと』をそっくりそのまま司に伝えてしまった。
曰く、類くんは司くんのことが大好きで、司くんに告白をしようとしている。
曰く、類くんはとってもとっても悩んでいて、司くんに嫌われるのを嫌がっているけど、でも諦めたくないと言っていた。
そんな内容を、ねこはちゃんと全て伝えてみせたのだ。
端的すぎるほどに纏まった報告を前に、司の頭はますます混乱していく。
「類がオレのことを、恋愛的な意味で好き、だと…?」
そう口に出した事実は、司にとって青天の霹靂に他ならない。
何故なら司がいくら思い返してみても、類が自分にそれらしい好意を向けていた記憶がなかったからだ。
自分だって、類を恋愛的な意味で好いているつもりはなかった。
「いや、ありえないだろう。類がオレに恋をしているなど……」
『ホントダヨー!ルイクン、確カニそう言ッテタモン!「ツカサクンが好き」って!!』
ぴょんぴょん跳ねるねこは相当な自信だ。
そこまで見ていると、流石にねこが悪戯に嘘をついたとも思えなくなってくる。
司は一先ず落ち着くため、ねこのぬいぐるみと別れてセカイを出ていった。
――この時の司は動揺すれど、ねこの話を完全に信じていた訳ではなかった。
(オレは類に恋愛感情を抱いてはいない。類だってそうだろう)
(オレの素晴らしい魅力によって、類が虜となった可能性も無くはない……だが、日頃のオレへの扱いから見ても、アレは恋など関係ない筈だ)
自宅のベッドに転がり、司は今までの類を回想する。
最初に出会った頃、ショーをやり始めた頃、ハロウィンでのすれ違い、そこからの類の吹っ切れ……あとは自分を嬉々として過激な演出に巻き込んだり、時に危険な笑顔でオレに誘いをかけたり……あ、そういえばハロウィンの頃に家に来るかと誘われたような……
「類はオレに恋をしていない……よな?」
――思い返せば思い返すほど、類が自分に好意を持っているような気がしてきてしまう。
いや、まだ決めつけるには早い。類は変人だ。距離感が少しおかしいだけの可能性もある。そもそも"仲間の距離感"についてはオレもまだわからない部分があるからな。"劇団"というものはこれくらい普通なのかもしれない。
内心滝汗をかきながら、司は「類の恋心」を否定することにその日の夜を潰すこととなった。
この時、司は『類が嫌だから』否定していたのではなく、どちらかと言えば『流石にそう考えるのは自意識過剰すぎるのではないか』という自重の心から類の恋心を否定しようとしていたのだが、本人は全く気付いていなかった。
そうして、いざその疑惑が頭に残ってしまえば、忘れように忘れられないのが人間の脳というものである。
この日を境に、司は類の一挙一動をやたらと気にするようになってしまった。
類を強く意識しだしてしまった司だが、これで類がいつも通りであったなら、司も『勘違いだった』と無理やり納得して日常に戻れただろう。
……だが、司が意識し始めたのと丁度同じ頃から、類にも異変が現れ始めてしまったのだ。
それは、昼食時にやたらそわそわしている様子だったり、練習の休憩時間に一人席を立って何処かへ行ってしまうことだったり、いつもなら溢れ出るアイデアをすぐメモする筈が、どうにも手が動いていなかったり……とまぁ、明らかに類が異常な行動を取っていたのである。
意識しなければうっかり見落としかねない異変も、類を意識しはじめた司は余すことなく気づいていった。そしてそれが重なるごとに、司の中の疑惑は、徐々に確信へと姿を変えていったのである。
(まさか……類は本当に、オレに告白しようとしているのか!?)
寧々が聞けば「ぶっ飛びすぎ」とバッサリ切られる考えも、ツッコミ不在の今は際限なく暴走していく。
類が普段と比べて明らかにおかしいのは元より、日が経つごとに憔悴していっているように見えたのも、司の考えを加速させた一因だった。
一度思い切って「何か悩んでないか」と問いかけてみたものの、類は「……大丈夫だよ」と何故か含みのある言い方で、司の追及を避けてしまったのだ。それが「司に言えないことがある」という推測を補強するものであれば、司はますます確信を強めてしまったのである。
(類のやつ、相当弱っているではないか……)
司は苦悩した。類が自分に恋をし、苦しんでいるだろうことに。
そうさせてしまった己の魅力度の高さを悔いもした。
そして何より――いつの間にか己の中に、類への恋心が芽生えていることに気づいてしまったのだ。
それは司の心の中にすとんと収まり、彼に静かな納得をもたらした。
「もし類が告白してきたら、オレはそれを受け入れよう」
自分から告白することは考えなかった。
今、類が悩みに悩んで告白文を考えている筈なのだ。それなのに、司から告白することで台無しにしてしまうのは避けるべきだろう。
ただでさえ事故のような形で、類の告白計画を盗み聞きしてしまったのだ。ねこのぬいぐるみを悪者にしないためにも、自分は我慢してその時を待たなければ……
逸る心を抑えながら、それでもそわそわとその時を待ち望んでいた司。
だが――事態は思わぬ方向へと転がることとなる。
『ツカサクーン!!』
あの日から一週間経った頃、練習終わりにセカイから帰ろうとしていた司のもとに、あのねこのぬいぐるみが駆け寄ってきた。
何やら慌てた様子の彼に、司は胸騒ぎを覚える。
「お前は……何かあったのか?」
『タイヘンダヨ~!ルイクンガ、ルイクンガ……』
『ルイクンガ、告白ヲ諦メチャウヨ~!!』
泣きそうなねこのぬいぐるみの言葉に、司は目を見開いた。
そして次の瞬間には、ねこのぬいぐるみを抱えて走り出していたのだ。
「類くんは、ここで諦めても良いのかい?」
司が息を切らせてサーカステントまで来た時、その中にはカイトと類が立っていた。
真剣な顔で問いかけるカイトに息を飲みつつ、司はバレないようにテントの入り口に隠れて様子を伺う。
「……この一週間、あらゆる手を尽くしてみたんだけどね。ここまで脈無しともなれば、いい加減諦めないといけないと思うんだ」
対する類はと言えば、疲れ切った笑みを浮かべてそんなことを口にする。
それを聞いた瞬間、司の中でじわりと怒りが沸き上がった。
(なーーーにを言っているんだ類!!告白どころか、オレへのアプローチも皆無だったではないか!!そんな調子で"脈無し"など、根性が無さすぎるんじゃないか!?いや、寧ろ節穴だ!!)
容赦のない罵倒が心の中で飛び交うが、それは全て"意気地なし"の類に向けての激励でもある。彼が面と向かって告白さえしてしまえば、己はいつでも受け入れることができるのだ。寧ろ一週間かけて準備をしてきたのに、ハロウィンの時のような遠慮から無しにされてしまうのは、司としても最も許せないことだった。
「じゃあ、類くんは」
「司くんに謝るよ。『君の想いを無下にしてしまった』とね」
(無下!?現在進行形でオレの想いを無下にしているではないか!?)
司の怒りのボルテージがまた上がる。
まさかここまで類が意気地なしだとは思わなかった、というのが理由の一つ。そして何よりも、自分の存在が今も類を苦しめているという事実が、司にとって許しがたいことでもあった。
『ツカサクン…』
腕の中にいるねこのぬいぐるみが、心配そうな表情で司を見上げる。
それを見てしまえば、自然と司の中で迷いは消えていった。
「……まぁ。本音を言えば、諦めたくはなかったかな」
そして、寂しそうにそう零した類を見た瞬間にはもう、司は勢いよく飛び出していたのである。
「類!!!!!!!」
割れんばかりの声量で類へと叫べば、びくりと司以外の人々が跳ねる。
驚愕の表情でこちらを見る類にすたすたと近寄れば、ぬいぐるみを抱えたまま司は類へと相対した。
「勝手に諦めるんじゃない!お前の恋心はその程度のものだったのか!」
「え?」
「とぼけるな!お前はオレに恋をしているのだろう!!」
「え?え?」
先ほどから一音しか発してない類を置いてきぼりにして、司はつらつらと言葉を口にしていく。
『ガンバレー!』と腕の中で応援してくれる隣人に背を押されれば、今の天馬司を止めるものなど何も存在しなかった。
「――オレとの関係が壊れることを恐れているなら、心配は無用だ。何故なら、オレもお前と同じ想いを抱いているからな」
「……司、くん?」
呆然とした顔の類を前に息を深く吸えば、司は決意をもって類を強く見つめる。
そして
「類。オレは、お前のことが好きだ」
真正面から、天馬司は堂々と告白してみせたのだ。
臆病な彼の想いを取りこぼさないように。そして、自分も間違いなく類に恋慕を抱いているのだと証明するように。
夕日が差し込む中、その告白は演劇の一場面のようにドラマチックだった。あとは、同じ想いの類が感激の中で応えてくれれば完璧だ……と、その時の司は思っていた。
「……」
「……」
「…………ん?」
――ふと、違和感を抱く。
一世一代の告白をしたというのに、何故か類はぽかんとした表情を浮かべていた。
両想いだった衝撃で放心したというのならまだ良い。だが、類から恋愛相談をされていた(?)筈のカイトも同じ表情をしていたとなれば、事情は大分変わってくる。
そうだ。二人はまるで『予想だにしていなかった司の奇行を目の当たりにした』かのような表情を浮かべていて……
「類く~ん!!ボールペン見つかったよ~~!!」
そんな気まずい沈黙を破壊したのは、ワンダーランドの明るい少女だった。
咄嗟に声が聞こえた方を振り向けば、るんるんと笑顔を浮かべたミクが、何やらペンを掲げてこちらに走り寄ってくるのが見えたのだ。
普通のペンよりやや大きめのそれには"カモノハシのストラップ"がついており――司にとっても見慣れたものであった。
「類くんのボールペン、何処にあったと思う!? まさかまさかの、木の上の鳥さんの巣にあったんだよ!」
「鳥のぬいぐるみさんが、落ちてたボールペンを気に入って持ってっちゃってたんだって!」
「類くん、ずっとずっとボールペンを探してたもんね!司くんも好きなペンだから、ちゃーんと見つかって良かったよ~!」
ミクは異様な雰囲気を物ともせず、ひたすら元気よく喋り続けた。
その内容を呆然と聞く羽目になった司ではあるが、彼女の言葉を脳内で組み立てる内に、段々と現状を理解することができた。
――つまり、類がここ一週間元気がなかったのは、オレからプレゼントされたボールペンを探してたからで。
――諦めるべきか悩んでいたのは、無くしたボールペンの捜索のことを指していて。
――「司くんが好き」と言っていたらしい言葉は、恐らく「カモノハシのボールペン」にかかっていて。
――――要するに、『類がオレのことを好き』というのは、全てがオレの勘違い……ということ、か?
ギギギ、と司が首をゆっくり動かせば、とてつもなく気まずそうにしているカイトが真っ先に目に入った。ミクはやっと司がこの場にいることに気づいたのか「あ!司くん!これはね…」と今更ボールペンを無くした類を庇おうとしていた。そして肝心の類はと言えば……あんぐりと口を開けたまま、呆然と司を見つめている。
――この瞬間、司は己の勘違いと大失態を悟った。
「……は、ハハッ」
「司くん?」
俯き、肩を震わせ、微かな声が漏れる。腕の力がなくなれば、抱えられていたねこのぬいぐるみが『ワッ!』と地面に降り立った。
「ハハハハ……ハハッ、ハ……」
司は笑った。とにかく笑った。そして
「あああああーーーーッ!!! 忘れろおおおおおおッ!!!!」
テントどころかワンダーランドに響く絶叫を残し、一目散にテントから逃げ出してしまったのだった。
「…………」
正しく嵐のように去ってしまった司を呆然と見つめる面々。
『ボールペンを探していたら何故か司が類に告白した』という完全なる意味不明状態を前に、さしものカイトですら動けない状況であった。
「司くんが、僕に告白を…?」
そんな中、類がぽつりとそう零す。
混乱が続く中でも確かにわかることと言えばそれだけであった。そして類の脳裏には、顔を真っ赤にしつつ愛の告白をする司の姿が、今も強く焼き付いていたのだ。
『ドウシヨウ……ツカサクン、告白シッパイシチャッタ……?』
ふと聞こえた声に下を向けば、おろおろとした様子のねこのぬいぐるみが目に入る。
――多分、彼に聞けばこの謎を解くことはできるかもしれない。
ただ、それをやるべきは"今"ではない。
「類くん!!司くんを追いかけて!!!」
唯一混乱しきっていなかったミクが、類を突き動かすように強く叫ぶ。
司のセカイの住人であるからこそ、今の主が"想いを捨てかねない"状態にあると察していたのだろう。
今、類が行うべきことはただ一つ――そして、彼もそれを理解していた。
「――っ!!」
息を飲み、類は次の瞬間には駆け出していた。
「頑張って!」『ガンバレー!!』という二人の応援を背に、類は逃げていった司を追いかける。
追いかけて、追いかけて、追いかけて―――
「司くん!!」
そうして、司がセカイから逃げ出す直前に、類は彼を捕まえることに成功したのであった。
「る、るい…ッ!」
スマホを手に背を向けていた司が、類の呼び声に振り返る。
掠れた声と、赤くなった目元によって司の状態を理解すれば、類は躊躇うことなくその距離を詰めた。
そうして、司がスマホの音楽を止めるより先に、その両手を自身の手で掴み取ることに成功したのである。
「うあぁ……今すぐ殺せ…オレを殺せ……」
逃げ場を完全に失った司は、半泣きの状態で俯き、物騒な言葉をぶつぶつ呟く。
未だ状況がわからないものの、それでも『司が勘違いで類に告白をした』ことは、何となく察することはできた。
(司くんは……僕のことを好き、なのか?)
信じられない、というのが類の素直な感想だった。
司のことは好きだが、それが恋であるとは今まで思ってもいなかったのだ。
もしこれが落ち着いた場での告白であるなら、類は断るか「もう少し考えさせてくれ」とでも言っていた筈だ。
――けど、何故だろう
羞恥から顔を真っ赤にし、涙目で俯く珍しい司の姿を見ていると……類の心にふつふつと謎の感情が芽生えてくるのだ。
(……もっと"司くんらしくない司くん"を見てみたい。それこそ、僕だけに見せてほしいな)
類が無意識にそう思ってしまうほどには、司の告白の効果は絶大だった。
「ねぇ、司くん」
「忘れろ。忘れてくれ。頼む……」
「嫌だよ」
ハッキリとそう告げると同時に、類の右手が司の目元を拭う。
予想外の言葉と行動によって、司は身体を硬直させながら類を見上げた。
……その表情を"愛らしい"などと感じながら、類は生まれたばかりの想いを胸に、司へ言葉を紡ぐのだ。
「司くん、まずは……お付き合いから始めてみるのはどうかな?」
【ペンを落としたら君がきて、僕らの恋が始まったお話】
――こういう喜劇的な幕開けも悪くはない。そうだろう?