いつかこの味も懐かしい味になる、たぶんね ソファ席にどかりと座って、だらしなく足を開く。大門は肘をついて店員の運んできたお茶と水を受け取りながら、行儀が悪いなと思っている。と言っても大門だってそこまでお上品な人間ではない。むしろここ数年、ドブと共に出かけることが増えたせいか、店員に腹が立ったら怒鳴り散らしたり、無言で釣りを受け取ったり、そういうことを自然とできてしまうようにもなった。世間的に見れば大門も十分に行儀の悪い客だろう。
「お前、何にする?俺ァ今日肉かな、生姜焼き」
「俺ここ初めてなんだよな。定食屋ってことしか知らねえ」
「あー?そうなん?カツにしとけば?これこれ。チキンかあさん煮定食。定番だし」
「親子丼的な意味合いで?」
「名前が?いや、単に家庭料理イメージなんだろ。おふくろの味っていうか」
慣れた手つきでタッチパネルを操作するドブを、大門はぼうっと見ている。「米選べるぞ、米」とドブが聞いてくるので「ん?ああ、大盛り」と答えたら「ちげえよ、白米?雑穀米?」と鼻で笑われた。なんじゃそりゃ。
「確かに白米と味噌汁と漬物とってきたら否が応でも家庭料理って雰囲気でるよな。うちはなんでかずっと家の味噌汁、白だったな。大門くんとこは?」
「覚えてねえ」
湯のみの中の温かなお茶を飲む。車内の冷房で冷えた身体にじんわり染みる。こんなこと、子どもの頃には思わなかった。
「で、どうする?」
「ああ、それでいい。なんだっけ」
「チキンかあさん煮定食」
「お前が言うと、なんか面白いな」
「性格悪いなあ、お前」
おしぼりで手を拭う。ドブも同じように手を拭いながら、おしぼりで顔を拭く行為について話している。曰くおじさん臭くて絶対嫌だ……。
「それ、父親に言ったな。子どもの頃、弟とふたりで」
「ふうん、その頃親父さん若いんじゃねえの」
「どうだろ、三十前後だったろうなあ……」
店員が頼んだ定食を運んでくる、湯気のたったお盆をふたつ。たっぷりのキャベツと生姜焼き、煮込まれたチキンカツのいい香りが鼻をくすぐる。大門は箸をとり、チキンカツをすくって掴み食べる。熱くて、柔らかくて、ふわふわで、おいしい。
「お前のさ」
「んー?」
「お前の子どもじゃなくて良かったよ」
「は?」
「おしぼりで顔拭く親父で良かったの、俺は!」
笑ったら、ドブもへらりと返した。なんだそれと目を細め、箸をふる。行儀が悪い、と大門は思う。父親だったらそんなことしなかった。
「でも俺と飯来るの、好きだろお前」
もう一切れ、カツを食べる。味噌汁を飲む。母さんの味噌汁は何味噌だったのか、今は分からないけれど少なくともこの味噌汁よりずっとずっと美味しかった、たぶん。