昨日外部公演を無事に終え、今日はその振り返りをおこなっていた。想定通り観客の反応が良かったシーン、そして反省すべき点。それぞれが感じたことを話し合い意見交換をする。
「今回も大成功だったな!」
「みんなわんだほーいなお顔になってくれて良かったー!」
「うん。私は、最後のシーンで全員で歌うところ、振り付けがまた小さくなっちゃったかなって思ってて…」
「僕も、みんなの登場シーンでの照明の使い方はもっと改善できそうだ」
そんな中、鳳慶介、昌介の2人が姿を現した。外部公演が終わると、その反響などを報告しに来てくれるのだった。
淡々と報告をする2人。今回のショーも好評だったらしく、皆で顔を見合わせて喜んだ。舞台の上から観客の笑顔が見られるだけでも嬉しいのに、こうして終演後に改めて言葉にして観客のリアクションを伝えられると、これほど喜ばしいことはないし自分たちのモチベーションにも繋がっていく。4人はこの時間が好きだった。
一通り報告はもう終えたようなのでそのまま2人は仕事に戻るのかと思われたが、今日は様子が違った。書類に目を落としていた慶介が顔を上げると、類の方をまっすぐ見た。
「神代くん。君にある話が来ている」
「僕にですか?」
突然自分だけに向けて話をされて類はきょとんと首を傾げた。4人への話ではなく誰か個人に、といった事は今までには無かった。ほかの3人も何事だろうと不思議そうに様子を伺っていた。
「昨日のショーを見ていたある劇団の方が、演出がとても素晴らしかったと声をかけてくださったんだ。演出は君であることを伝えたところ、ぜひスカウトしたいと」
「えっ…」
「類、すごいじゃん」
「先ほども伝えたがこれは強制ではない。それは先方も仰っていたことだ。本人の意思を尊重してあげてほしいと。だが、君のスキルアップのためにもぜひ挑戦してみて欲しいと考えている。どうだろうか?」
「……僕は…──」
類は、その場ですぐに返事をすることは出来なかった。慶介もそれを分かっており、もちろん今すぐに返事をして欲しいとは言われていないから安心してくれ、と優しく告げた。はい、と弱く言葉を吐き出すと類は少しだけ視線を落とす。3人の顔を見ることは出来ずにいた。
言葉の意味を理解したえむの顔が途端に暗く陰る。寧々も困惑しており、決して明るいとは言えない顔をしていた。しかし1人だけ、普段通りの顔があった。
「すごいじゃないか!類!それだけ実力が認められたということなのだろう?」
「そうだね。すごくありがたいことだ。でも──」
「もう一緒にショーは出来ないの…?」
口を閉ざしていたえむがようやく口を開いた。ひどく悲しそうなその言葉は、類だけでなく全員の心に刺さった。
「もし、このスカウトを受けるのならば、そうなってしまうね」
「そっか…」
えむは俯き今にも涙がこぼれそうだったが、どこか心の整理をつけようと奮闘している複雑な表情をしていた。一方、座長である司のには一切の迷いなどなかった。類を真っ直ぐに見つめ、肩に手を置く。
「類。こんな機会を逃してはならんぞ」
「司くん…」
「類が…。類が本当に行きたいなら、行くべきだと思う」
司の一言により、寧々も意を決したように口を開いた。以前憧れの女優に会った際、寧々はいつかくる別れを悟って戸惑っていた。各々の夢を叶えるためには避けられないものであると。だからこそ寧々は類の成長するチャンスを奪いたくなかったのだろう。
「…ありがとう、寧々」
────────────────────
「貴方の発想力には、やはり目を見張るものがあるわね」
「ありがとうございます。でも、僕の提案を可能な限り実現してくださる皆さんの力があってこそだと思います」
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね。この生活にも慣れてきたかしら?」
「そうですね、演者が変わるとその分演出の幅も変わる。アイデアが次から次へと出て来て止まりません」
そう言うと、嬉しそうに微笑む彼女。そしてその緩んだ頬はそのままに少し真剣な表情を見せ、話を続けた。
「ねぇ、そろそろ決心できたかしら?」
「…」
「貴方に正式に、うちの劇団に入って欲しいって話よ」
「……」
「貴方は私たちの誘いを断らなかった。ただ、1年間のお試し期間を設けての仮契約という条件をつけて。そして実際に私たちとしてみたショーはどうだった?」
「…すごく、身になることばかりでした。設備は揃っているし、演者の数も多い。今までの僕たちだけでは出来なかったことも実現出来たのは事実です」
類は舞台の上を一通り眺めながら、言葉では表し難い感情を、一つずつ確かめていた。正解はない。ただ、自分が今どう思っているのか、考えているのか、ありのままを彼女に話そうと、それだけは強く決めていた。