「冬馬、誕生日おめでとう」
「おめでとー!」
事務所に来るなり、二人から祝福の言葉を受ける。朝から元気だなと思いながら、嫌ではない、むしろ嬉しいから素直に言葉を受け取った。
「二人とも、サンキューな」
これから歌番組とラジオ番組の収録がある。ラジオは生放送だから、また二人からお祝いの言葉を聞くことになるだろう。その時でもいいのになと少し思ったけれど、口には出さなかった。
「そろそろプロデューサーさんが来るはずだけど…遅いね」
翔太が扉の方へ視線を向けるが、音沙汰はない。十時に待ち合わせだったのに、来る気配はなかった。
「心配だね、電話しようか…ん?メッセージ…プロデューサーからだ」
三人のトークルームに通知が届いた。プロデューサーからで、『どうしても外せない仕事が入ったから今日は同行できない』と書いてあった。
「なんだ~、プロデューサーさん来れないんだ」
「じゃあスタジオに向かおうか。俺の車で行こう」
「悪いな、北斗」
「気にしないで。忘れ物ない?行こうか」
「はーい!」
全ての仕事が終わる頃には、空は夕暮れを描いていた。最近日が延びたおかげで、遅い時間でも明るい。季節が冬から春になった証拠だろう。
「はい!冬馬君!」
翔太が突然挙手をして俺を呼ぶ。なんだか意味が分からなくて、反射で返事をしてしまった。
「この後さ、時間あるよね?あるでしょ!?」
「んだよ、それ、拒否権ねえ聞き方だろ…」
「もしかして、予定あるの?参ったな…」
「いや、ねえよ。ねえけど…なんだよ」
「今から北斗君のお家で冬馬君のお誕生日パーティーするから!いいよね?」
「俺が断るって言ったらどうすんだよ。前もって予定くらい確認しておけ」
「えー、それじゃサプライズにならないじゃん。で、来るの?来ないの?!」
「予定なんてねえよ。家に誰かいるわけでもないし…行くぜ」
「良かった。冬馬のことお祝いしたいって、翔太のアイディアなんだ」
「冬馬君にはいっつもお世話になってるからねー!ちょっとだけ頑張ってみたよ!」
得意げに胸を張る翔太。大体の想像は付くが、きっとほとんどが北斗の労力で出来上がったものだろう。いつもの様子を見ているからそう思った。
「じゃあ帰りにケーキを受け取って行こう。卯月君に聞いたオススメのお店だから、期待していてよ」
「マジか…!卯月さんのオススメなら間違いはねえぜ!」
北斗の車に乗り込み、途中でケーキ屋に寄る。少し大きめな四角の箱を受け取り戻ってくる北斗は、後部座席に座る翔太に丁寧に手渡した。
「傾かないように気を付けて」
「心配しないでよ!僕がしっかりケーキを守るからね!」
少し不安に感じたが、翔太は張り切ってケーキを持っている。バックミラー越しにそれを確認した北斗は、優しく笑ってみせた。
「改めて…ハッピーバースデー!冬馬!」
「お誕生日おめでとう、冬馬君!」
テーブルには北斗が作ったというディナーが並んでいた。こいつも人並み以上には料理ができるし、センスがいいから彩りあるテーブルになっている。
「おお、すごいな。これ、俺の為に作ってくれたんだな」
他人に料理を振る舞うことはあるけれど、あまり他人の振る舞った料理を口にする機会は少ない。誰かが自分の為に作ってくれたという事実が、たまらなく嬉しく思えた。
「組み合わせて作ったりしたものもあるから、冬馬みたいに全部イチから作ったわけじゃないけど…喜んでもらえて嬉しいよ」
「これ!このから揚げはね、僕が粉を揉みこんだんだよ!美味しくなれーって、念じながら!」
「翔太はよくやってくれたよ。この話をくれたときから『冬馬君が喜んでくれるかな?』ってずっと言ってたもんね」
「ちょっと~、北斗君それはバラすのナシだよ~」
「あはは。翔太、ちょっと照れてる?」
「もー、からかわないで!ね、冬馬君、美味しい?」
翔太が心を込めて仕込んでくれたから揚げを一口頬張る。揚げたてで熱い。その中に、心が温まるような優しい味を感じた。
「ああ、美味しいぜ」
「料理だけじゃないからね。プレゼントも用意してありまーす!」
「これも二人で選んだんだ。冬馬に喜んでもらえたらいいな」
「お前ら…俺の為にサンキュな」
二人の気持ちが嬉しくて、最高の誕生日だと、心からそう思えた日だった。