First Step「ねえ、冬馬君。北斗君とは最近順調?」
昼時を過ぎたファミレスで遅い昼を食べている冬馬と翔太。注文し終わって一息ついている時に、翔太からこんなことを尋ねられた。
「は、お前なに…」
「冬馬君が誤魔化したって、僕には通用しないんだから。付き合ってるんでしょ?北斗君と」
「いや、だからってなんでそんなこと聞くんだよ…」
「ただの興味本位。僕、ジュース取ってくるから、それまでに話すこと考えておいてね」
席を立ち、ドリンクバーコーナーへ向かう翔太。冬馬は面食らってしまい、その姿を黙って送り出すことしかできなかった。
翔太の言う通り、最近、北斗と恋人同士になった冬馬。二人でいるとき以外は表面上は今まで通りにしていたつもりだった。しかし、聡い翔太にはバレていたのだろう。
「だからって、なんで翔太に報告しないといけねえんだよ…」
頭を抱える冬馬。別にやましいことではないが、何となく気が引ける。二人に近しい分、照れくさいというか…。
「おまたせ。冬馬君、メロンソーダでいいよね?」
目の前に置かれるコップには、緑の液体がなみなみと注がれていた。
「サンキュ…」
「はい。じゃあ話聞かせて?」
逃がしはしないと、ニッコリとした瞳の奥に強い意志を感じた。冬馬は渋々口を開きだした。
「…順調もなにも、最近付き合い始めたばかりだからな…別にそれ以外なんもねえよ」
「最近っていつ?」
「そこまで聞いてどうすんだよ」
「だから全部興味本位だって」
「一ヶ月くらい前、だ」
「どっちから告白って…まあ当然北斗君からだよね。冬馬君は奥手だし、そんな勇気ないでしょ」
「決めつけんな!まあ、その通りだけどよ…」
「だよねー」
適当な風に相槌を打つ翔太。で?と続きを促した。
「それだけだろ。付き合ってるって、別に二人でいる時間が増えただけっつーか…なんだよ、その顔は?」
信じられないという顔をする翔太。こんな翔太の顔を見たことがない冬馬は驚いた。
「付き合ってるっていったらさ、なんかしてない?キスとかハグとか、あとは…エッチなこと、とか」
「はぁっ?!お前、何言って…」
「し~!冬馬君、おっきい声出さないでよ!」
慌てて冬馬の口を塞ぐ翔太。まわりを見渡して、騒がしくしたことを詫びた。
「ええ…嘘…北斗君ならすぐ手を出すと思ったのに…」
「お前、北斗のことなんだと思ってるんだよ」
「北斗君みたいな脳みそ下半身直結男って、すぐ手を出しそうなイメージだけど…」
翔太は頭に北斗を思い浮かべる。仕事のときに見る、エンジェルちゃんへの熱い想いと、当人が自分で『男は誰だってスケベ』と宣っていたことを思い出した。
「別に、何もねえよ。デート…だってする時間もねえし、たまにウチに来てメシ食って帰るだけだぜ」
面白くない、という表情で冬馬を見つめる翔太。
「…なーんだ。なんか面白いこととか、弱みを握れるかと思ったのになぁ」
「弱みって…お前、仲間の弱みなんか握ってどうすんだよ…怖えよ」
「北斗君に聞いたらはぐらかされたから、冬馬君に聞いたのになー。ちぇっ、つまんなーい!」
「人のプライベートを探って面白いつまんないってなぁ…」
「おまたせしましたー。ハンバーグプレートです」
店員が翔太の頼んだランチプレートを持ってくる。
「わぁっ、美味しそう!」
「お前、切替え早いな」
「冬馬君の話つまんなかったから、今日は冬馬君のおごりね」
「はあ?まあ、別にいいけどよ」
「いいんだ」
まもなく、冬馬の注文した商品も到着する。そこでその話題は終わった。
「……てなことがあってな」
先日、翔太に詰め寄られたことを北斗に話す冬馬。北斗は笑いながら聞いていた。
「ふふっ、冬馬ってば素直だよね」
「お前、なに笑ってんだよ!」
「俺、そんなに素直に話せないよ」
「…お前のこと、脳みそ下半身直結男って言ってたぞ、翔太が」
「ええ、ヒドいなぁ…俺はこんなに紳士なのに」
ソファに隣り合って座りながら、話をしている二人。明日は珍しく二人のオフが被った為、北斗の家に遊びに来た冬馬。午後に仕事終わり、そのまま北斗の家に来た。
「ったく、翔太のヤツ、下世話すぎるぜ」
「ねえ、冬馬はさ、翔太が言ったようなこと、したいと思ってる?」
北斗が体勢を変える。体重が掛かる場所が変わり、ソファがギシリ、と音を立てた。
「え?いや…まだ早いっつーか…その…」
照れながらも真剣な表情で答える冬馬。北斗はどこまでも初心な冬馬に素直に感心してしまった。
「ねえ、俺がキスとかしたいって言ったら、受け入れてくれる?」
一歩、冬馬に近づく北斗。反射的に後退りしてしまう冬馬。それを繰り返していると、ソファの行き止まりにぶつかった。
「冬馬」
もう逃げ場がないと、北斗は冬馬の頬に手を伸ばす。触れられて、ビクリと体が跳ねた。
「ほ、北斗…」
付き合い始めて、改めて北斗のことを意識してしまう。翔太に言われて、北斗に求められて、冬馬の中になかった気持ちが生まれてしまった。
心臓が早鐘を打つ。顔に血が集まり、赤く熱くなってしまった。
近付いてくる北斗の顔。男でも見惚れてしまうほどの造形美だ。冬馬はぎゅっと瞳を閉じた。
北斗はおでこに口付けをする。それだけで冬馬から離れた。一つ、額だけに触れた感触があり、しばらく目を瞑っていたが、何もないようで、恐る恐る目を開ける。目の前には少し困ったような表情をした北斗がいた。
「冬馬ってば、そんな顔してたら奪えないよ」
「え?」
「ゆっくり、ひとつずつこなしていこうか」
無理矢理でも冬馬のことを奪うことは出来る。しかし、それは北斗にとって本意ではない。せっかく恋人という立場になれたのだから、焦らずにいこうと北斗は誓った。
「冬馬はさ、そのままでいてよ。少しずつ、俺のこと、受け入れて」
頭を撫で、微笑む北斗。冬馬は少し不満な顔をした。
「なんか、バカにされてる気がする…」
「してないよ。冬馬は冬馬らしく、ね?」
「……おう」
ーーーーーー
「え?!北斗君、それでよく我慢できたね?!」
「冬馬のこと、傷付けたくないしね。翔太だって、大切な人には傷付いてほしくないだろう?」
「そりゃそうだけど…伊集院北斗とあろうものが、それだけで引き下がるなんて…」
「翔太は俺のことなんだと思ってるの…?」
「冬馬君にすぐ手を出すと思ってたのに…解釈違いです」
「え、なにそれ…」
「早くエッチなことまでできるといいね、北斗君」
「まあ、否定はしないけど…」