Miracle Night「まさか、事務所でいなり寿司パーティーが開かれていたとはな」
「ふふっ、本当は葛之葉さんの誕生日パーティーだったなんてね」
「おかげで夕飯作らなくて済んだな」
事務所から出る冬馬と北斗。仕事終わりに事務所に寄ると、そこではいなり寿司パーティーもとい、雨彦の誕生日会が開かれていた。
大所帯のパーティーに、ついつい長居をしてしまった。本当は北斗から夕食を作ってほしいとお願いされていたが、皆が作った様々な味のいなり寿司をいただいてしまい、二人の腹は満たされてしまった。
「夕飯はこの次な。俺、自分で帰るよ」
「せっかくだし送っていくよ。乗っていって」
事務所近くのパーキングに停めた車に戻り、キーレスで鍵を開ける。ハザードが瞬き、ガチャリと鍵が開く音がした。
悪いな、とつぶやき、ドアを開ける。足元に持っていたバッグを置き、シートに座った。
「北斗の車、久しぶりだな」
最近は別々の仕事が多く、今日は久しぶりに撮影の仕事が被った日だった。だから、少しでも同じ時間を過ごしたいと思った北斗は、冬馬にお願いをしていたのだ。
嗅ぎ慣れた北斗の香水のニオイと、車に設置されている芳香剤が混ざり合ったニオイが冬馬の鼻に届く。少し甘ったるいものだが、嫌いではなかった。
キーが差し込まれ、回せばエンジンが点火する。低い唸り声のような、体に響く音。冬馬はこの音と振動が好きだった。
「あ…ねえ、冬馬」
自分の名前を呼ばれ、北斗の方へ振り向く。
「トリックオアトリート?」
そう言われて、そういえば今日がハロウィンだったことを思い出した。街は浮かれた人々に溢れ、事務所へ向かう途中の大きなターミナル駅では派手に仮装している群衆を見て、冬馬は少し驚いたものだ。
「えーっと…あ、待ってろ」
冬馬は足元に置いたバッグを探る。小さなポケットから小さな袋を取り出した。
「ほら、のど飴だ。最近乾燥してるし、アイドルは歌が命だからな。ちゃんとケアしねえと」
北斗の手を取り、飴を置く。飴と冬馬を交互に見つめ、北斗は大きな声で笑った。
「…あはははっ、冬馬には敵わないや」
「んだよ…お菓子をくれなきゃイタズラするぞ?ってことだろ?飴だってお菓子だぜ」
「冬馬のことだから困惑するかなって思ってたからさ、大真面目に飴を貰ってしまって、俺のほうが困惑してる」
冬馬から手渡された飴をドアポケットに入れる。
「さ、行こうか」
出発するために、サイドブレーキを解除しようと手を添えると、そこに冬馬の手が重なった。
「なあ、北斗…トリックオアトリート…?」
少し恥じらいつつ、北斗をまっすぐに見つめながら、冬馬は北斗が言ったのと同じ言葉を放った。
まさか、冬馬からそんなことを言われるとは思わず、面食らってしまう。少しの沈黙のあと、北斗は口を開いた。
「俺は何も持ってないんだよね…残念ながら、イタズラされちゃうかな」
「じゃあ、行き先変更だ…北斗の家、行こうぜ」
冬馬の表情に恥じらいとギラついた瞳が入り混じる。北斗もまた、冬馬と同じ気持ちになった。
「了解」
重なった手が離れる。サイドブレーキを解除して、シフトレバーに手を伸ばし、車を発進させた。