ちょっと詳しく話を聞かせてもらいましょうかー
「ねえ治、これはなに?」
この週末こっちで試合とは聞いていたし、もちろんここも角名の家やねんから、時間があれば帰ってきてくれるにこしたことはないんやけど、明日が移動日だと聞いていたから油断してたんや。
ひらひらと角名の手で揺れるのはチープなパッケージのAV。
たまたま昨日探し物をしていてひょっこりでてきたそれを、机に置いたまま下で仕事をしていた。もう捨ててしまおうと思ったけど一回も見てないし、じゃあ夜にでもちょっと見てみるかななんて下心が仇となった。
「ねえ」
「……おん」
「だからこれは何なのかな?治クン?」
声色は面白そうなものを見つけた時のそれに近いが、目が全然笑ってへん。
これは完全に怒っとる。
「……あんな」
「ツンデレ女子大生りんちゃんのイキまくりレッスン♡ー休講はなしよ!ー」
この店とともに譲り受けた年代物のちゃぶ台にすっと置かれた肌色強めのパッケージに、零下30度の視線を向けながら淡々と読み上げられるタイトル。
りんちゃんか。名前も一緒やったんやな。
俺すごいな。
せやなくて。
忘れもしない高校1年の冬。
クラスメイトのツレが買ってくれたものだ。
「そういや最近彼女おらんのん?」
「おん。振られた」
「なんで?また部活と私どっちが大事なんって言われたんか?」
バスケ部のそいつも1年から試合にちょこちょこ出してもらえるほどの実力があって、背は高いし顔も整っとるからそこそこモテる。
自分で言うのもあれやけどまあ同じくらい俺かて告白はされる。
俺もそいつも告白されればよほどやないと断らんけど最優先は部活。それは譲らんからキレて振られるし、でもまた告られたら「ええよ」って答える。
ツムほどのクズちゃうけど、まあそれなりのペースで彼女ってやつは変わってた。
もちろん付き合えばそういうことになる。だってあっちから「どうぞ」言われたらいただきますって言うやん?
だからどっちもそれなりにヤることやってたし、別に隠すことでもないから聞かれたら答える。
クラスの他のやつらは「もてるやつはちゃうわ」とか言うから面倒やけど、こいつとはそのあたりが似とるから楽やし。
でも夏の暑さがすうと冷えて、青い空が次第に冬の暗い色を帯びるころには告白されても「ごめん」と答えることが増えた。
「んーそうやないねんけどな」
あまり言いたくないけど、でもちょっと言いたい気持ちもあった。
夏に生まれた小さなもやもやとした種が胸の中でぐるぐるととぐろをまいている、この状態から抜け出したかったのかもしれん。
「なんや歯切れ悪いな。顔にでもかけてキレられたんか」
生々しいな。でも話題がそっちにったことに乗っかることにした。
「デきへんかってん」
「は?なんで?」
「勃たへんかってん」
「おっぱいちっちゃかったんか」
「おっぱいは小さいほうが可愛くてええやん。そうやない」
「ほななんで」
ふわふわした白い柔らかい身体、手に収まりそうな膨らみと柔らかそうなくびれ。
白いレースの下着につつまれた弾力のあるそれに触れると、ちらとどこかひやりとした白い肌のことが脳裏に浮かんだ。
弾力のない筋肉のついた肌はけれど触れると心地よく、抱き心地がよさそうには見えないのに手を伸ばしたくなる。
角名。
あかん。ちゃうやろ。
目の前で「どうしたん?」という声も、その柔らかいイントネーションにも「ちゃう」と身体が言う。
ほんまに触れたいのはこれとちゃうんやとごねる身体は最後まで言うことを聞かへんかった。
「他に好きな人おるんちゃうん」
ちょっと年上の彼女はすこし呆れた顔して「ちゃんと考え」って北さんみたいなことを言って帰っていった。
好きな人。
そんなわけないやろ。
女の肌に触れながら別の男のこと考えてたらうまくできなかったとか言えるわけがなく。うまく説明できない俺に難儀やなあとつぶやくと、そいつは「男バレも今日休みか」と聞いてきた。
「おん。体育館使われへんからな」
「ほな帰りちょお付き合えや」
そう言って連れてこられたガード下の怪しい店でこのDVDを見つけた。
「お前なんでこんな店知っとんの?」
「先輩に連れてこられてん。お前童貞やろ、ちゃんと勉強しとけ言うて」
「バスケ部乱れてんなあ」
「お前んとこはそういう感じやんないもんな」
そんなこと言いながら「これはどうや」「OLと女教師どっちがええ?」「美脚がええんか」と差し出してくるどれにも首を縦に振らない俺が手を伸ばしたのがこれだ。
「ツンデレかあ。お前そういうの好きなんか」
「……あまり表情変わらんやつがふっと笑うと可愛いやん」
その言葉にこっちを見たツレの顔は驚きよりも、どこかなるほどというもので。
「なあ、お前好きなやつおるちゃうんか」
疑問というよりも確認に近い言葉にああと思い出す。
「振られた彼女にもそう言われたわ」
「おまえなあ。AV探してる場合ちゃうやん。ちゃんと告れや。それで解決やん」
AV探してたわけちゃうし。連れてきたんお前やん。
「そういうもんか。好きなやつなんやろか」
「恋愛ポンコツか」
「お前かてそうやろ」
「俺は……ああそうやなポンコツかもしれんな」
ふっと笑うと「それ買うたるわ。勃ちが悪い治くんへのプレゼントや」
まあこれ見てよう考え。
しかしこの子誰かに似てるなあ。
そんな言いながらレジに向かう連れの背中を見ながら「好き子なんやろか」と口から漏れた。
パッケージで誘うようにこちらを見つめる女の顔、すっと細い切れ長の瞳、真っ黒な髪と煽るような表情はどこか角名に似ていた。
角名のこと、好きなんやろか。
そんなわけないよな。ただの部活が同じというだけの同級生やろ。
スカウトされてバレーをするために稲荷崎にきたとは聞いていたけど、最初はこんなひょろっとしててちゃんとブロックできんのんかって思った。
でも初めてネット越しに対戦したとたんその気持ちはひゅんと消えた。
なんやねんあいつ!って騒ぐ侑の横で「やりよんなあ」とつぶやいていた。
侑と銀島と角名と俺。
1か月もすればなんとなく実力がわかってくる。そうなると今後レギュラーに入るだろうとわかっているメンツでどうしても集まりがちになる。
だからほかの部員よりも近しいけれど、でもそれだけ。のはずだ。
夏が苦手だという角名が食事に難渋する様子に手を貸したり、涼しいとこで休ませたり、なんとなく気になって面倒を見るようになるとふっと「ありがと」とこぼされる笑みや、触れた肌の心地よさがじわじわと身体と心のなかに積もっていた。
今まで彼女と呼んだ子たちのこともそれなりに好きやったんやと思う。
その誰とも違うのは確かやけど、でも恋ってものに抱いていたキュンとかウワーとかそんな感じやなしに、じわじわと染みこむようなこれが好きっていうものなんか。
自分の気持ちがまだようわからんかった俺やけど、さすがにこのDVDを再生することはなかった。正直に言うとパッケージにはすこしだけお世話になった。
でもパッケージよりも休憩中に汗をぬぐう角名の姿だったり、ねえねえと顔を覗き込んできたときふわと香る匂いだったり、肌触りだったり、瞳に浮かぶ色だったり。
そんなものがパッケージよりもよほど……となったころにはポンコツな俺にも自分のなかに芽生えて育っている気持ちに名前をつけることができた。
せやな。好きやったんやな。
その好きなやつが、いま目の前で親の仇みたいな顔でAVを睨みつけている。
「で、これなに?買ったの?」
「高1んときにバスケ部のあいつに買うてもろた」
「は?買ってもらった?誕プレがAVとか爛れすぎじゃないの」
「誕プレちゃう。勃ちが悪い俺にってくれた」
「オッホ」
思わぬ言葉に角名の表情と纏う空気がふっと緩んだ。
「なんだよそれ。勃ちが悪いときとかあったのお前に」
まじか。
嘘だろう。
角名がそう言うんはわかるで。
お前とヤるようになってからは勃たへんことなんて一回もないし。
むしろいい加減おとなしくさせてよって言われたことはあるしな。
疲れてても、もうしんどいなって思っててもその肌に触れたらスイッチが入ってまう。
「角名とつきあってからはないで。いつでもどこでも臨戦態勢やで。りんちゃん」
うわまた空気が凍ってもうた。はしゃぎすぎたな。
カチーンって顔しとる。
「うるせえ。今日は接触禁止!」
「えーーーーひさびさやん。なあエッチしようや」
「おっさんか!」
「なーすなぁ」
「……これでヌいたことあるの?」
怒っているというよりも弱弱しい声に目を向ける。
気まずそうにそらされた瞳がわずかに揺れている。
パッケージに映る女はよう見たら角名に似てるようで、そんなに似てなかった。
角名のほうがずっと美人や。
まあでも本人もなんか似てるなとは思ったんかなあ。
「なかは見てへんよ」
「ってことは外は使ったの?」
「……」
「へー……ふーん」
また室内温度がぐっと下がる。
ああなんて言い訳すればええんや。
うまく言葉にならずううと唸る声に重なってポツンと言葉が落ちた。
「もっとこう目がぐりぐりってしてる女子高生だとか、巨乳人妻5連発とかにしろよ」
は?なに?
「???ちょっと意味がわからないんですが角名さん」
「うるさい!もういい!とにかく触るな!不潔!治くん不潔!触らないで!」
自分とどこか似てるパッケージの女をちょっと睨むと置きっぱなしの新聞の下に隠す。
ここでゴミ箱にインしないところが角名の可愛いとこ。
これをくれたのがツレだと聞いてちょっとだけ遠慮しているんやろ。
嫌なものは嫌!ぽい!ってしそうに見えて存外に優しいとこが角名のええとこや。
そういえばこれをくれたツレは卒業式の日に「好きな人ちゃんとわかったみたいやな」って肩を叩いてきた。
「おん。あんときはおおきに」
「あれ角名によう似とったな」
「言うたらあかんで」
「言えるか」
「お前はどうなん?」
「俺もポンコツは卒業したで。春から好きなやつと暮らすことになったわ」
「そうか」
きっとあの冬の日、もうこいつはその相手を見つけてたんやろな。
2年になるころにはあいつに告白した子たちが「好きな人がおるって断られた」って言うとったし。
昨日探し物の最中に引き出しからこれをみつけて、あいつのこととか、これがあったから自分の気持ちがわかったんかなあとか、そんなことをぼんやり考えてて。なんとなくしまい損ねた。
まあ一回だけ見ようかなって思ったけどそれは内緒。
そしてどうやら目の前の可愛い恋人は自分とどこか似ているけれど、でも自分ではないモノがオカズにされたことにご立腹のようだ。
俺に似てるけど、でも俺じゃないよ。
俺じゃないものでもいいの?
それだったら……なんて聞こえるのは自信過剰ってわけでもないやんな。
「すーな。こっちおいで」
「いーや」
「ごめんって。使ったんは角名んこと好きやって気づく前だけや。角名んこと好きってわかってからは角名だけやで」
マスカットみたいな色の目がこっちをじっと見つめる。
ほんと?っていう顔。
すぐに不安になる恋人の手を引っ張ると、鍛えてるはずの身体がすとんと胸に飛び込んでくる。
「なあ、しよ?ええやろ?」
なんかむかつくって言いながら人のほっぺたをムニーっと引っ張る角名の鼻先にキスをひとつおとす。
ちゃんと捨てるしっていう言葉に試案顔をした角名がぼそりとつぶやく。
「そう言えば俺あのDVDどこにしまったんだろ」
は?なに?お前どんなDVD持っとんの?使ったんか?
ちょっと詳しく聞かせてもらわんと!
つか今から家行って捨てよか。
ぼそぼそと不穏なことをつぶやく恋人を抱き上げると、「なに、まだヤるって言ってないし!」じたばたと無駄な抵抗をする身体をベッドへと押し込んだ。
まあゆっくり聞かしてもらおか。
夜は長いしなあ。