(治角名)それはきっとどうしようもないことで「角名!」
侑の声にたんと床を蹴り、右手を大きく振りかぶる。
目の端には向かいのコートで動く壁、そしていくつもの床を蹴る足。
その刹那、身体が自然に動き、ふわりとレフトにボールをあげていた。
ハッハという侑の声につられるように、自然と笑みがこぼれる。
ゆるく弧を描いたボールが、スパイカーのしなる手で鋭い矢となって相手のコートの床に刺さった。
背後から体当たりしてくるいくつもの熱、大きな手が俺の髪を撫で背を叩く。
最後に侑と拳をあわせて、ああそうかとすとんとなにかが腑に落ちて、笑いながら涙がひとつ床を濡らした。
俺はずっと寂しかったんだ。
お前がコートにいないことが
ずっと気づかないふりをしていたけれど。
わかったふりをして、納得した顔をして胸の奥に押し込めていた気持ちが溢れた。
お前が選んだ道が間違っているとはもちろん思っていないよ。
でもね。心のどこかでずっとくすぶっていた思いがあったみたい。
どうしてお前がコートにいないの。
もっと一緒にやりたかった。
ここのいるのはお前じゃなかったのかよ。
なあ治。
そんな気持ちがずっとここにあったみたいだと、胸をぎゅっと掴む。
侑みたいにバチボコにやりあうこともなく、いいんじゃない?お前に似あってるよ。なんて大人みたいに答えた。
その答えももちろん嘘じゃないけれど、でも心の中の俺はまだ納得していなかったみたい。
膝をかかえてうずくまる子どもみたいな俺がここにいた。
寂しくて、悔しくて、でも言えなかった。
お前がやりたいことも、ちゃんとケリをつけたことも知っていたから、これはただも俺のわがまま。
でも今もうひとつ気づいたことがあるよ。治。
お前も一緒にここにいるんだってこと。
俺のなかに、侑のなかに、お前の作ったものを食べたやつみんなのなかで、お前は息づいて一緒に跳んでいるんだ。
治のバレーも、飯も、気持ちも全部一緒にここにいる。
そんなんどうでもええわ。
そうお前は言うかもしれない。
今日もお前は自分の居場所で飯を作り、いくつもの笑顔をうみだし、いくつもの身体に力を与えているんだよね。
でもね。ここにいるよ。お前も一緒に。
寂しくて、嬉しくて、悔しくて、誇らしい。
選手村に来てからずっと治にはちゃんと連絡を取っていなかった。
自分でもどうしてかわからなかったけれど、毎日送られる言葉になぜかうまく言葉が紡げなくて、ただ食べたものの写真だけを送る。
「暑いからしゃーないけどもうちょっとだけ食べ」
「メニューにあれがあったら食べとき」
「冷たいものばっかり食ってたらあかんで」
「ちゃんと食うたな。えらいで」
そんな優しい返事にも何も返せなかった。
それはきっとお前がここにいない寂しさのせいだったんだ。
むしろここにいるのはお前だろうっていう悔しさだったんだね。
でもわかった。
お前はずっと一緒にいたんだって。
俺を支え、侑を、尾白さんを支える お前の言葉も、手も、気持ちも。
ずっと一緒にいたんだ。
終わったら治の声が聞きたい。
話したいことがいっぱいあるよ。
8秒たっぷりと時間をかけ手のなかのボールをゆっくりと空に送った。