転生:ワンドロワンライ【悪い子】ビルとビルの間、薄暗い路地を進むと表の喧騒が嘘のように静かだ。突き止まりの少し手前、乱雑に積まれた荷物の後ろから昇る紫煙に溜息をつく。
草臥れた段ボールのタワーの後ろ、かつては裏口として使われていたのだろうか今ではすっかり錆びて板と釘で固定されてしまったぼろぼろの扉により掛かり男が煙草を蒸していた。男は煙草を咥えたまま視線だけこちらに寄越す。
「ハイスクールの坊やが喫煙とはいけねぇなあ…」
「仕方ねーだろ。落ち着かないんだよ、コレがないと…」
携帯灰皿で揉み消して、灰皿を直に置かれた鞄の横ポケットへと仕舞い、坊やと呼ばれたコラソンが立ち上がる。見上げるほどの長身、着崩されたワイシャツに白いベスト、青いスラックスの制服姿。今ではすっかり見慣れたが初めてコラソンの制服姿を見た時は違和感がすごく、慣れるまで時間を要した。
昨年度の1年間だけ産休の職員に代わり養護教諭として入った高校でコラソンに再会したのだ。赴任の日、壇上から他の生徒より頭一つ近く飛び出たコラソンを見つけた時は運命とはこう言うことを言うのかと初めて非科学的な言葉が脳裏に浮かんだ。色々あったが今も二人は時間さえ合えば一緒に過ごしている。
「ドジった、もう時間だったか?」
「いや、まだ約束の10分前だ。」
待ち合わせはここから歩いて5分くらいの距離の場所だ。携帯を探すようにそこら辺のポケットを探っているので、自分の携帯を見せた方が早いとホーム画面を見せてやる。
「どうせここにいるんだろうなと思って」
いつもだいたい同じ場所を待ち合わせにしているのになぜか迷子になる。ここは何回目かの迷子で見つけたらしい。コラソンお気に入りの隠れ喫煙スポットだ。元々も喫煙所として使われていたのか名残で灰皿と壊れかけた椅子もある。
「最近、待ち合わせ場所に来ると煙草の匂いがするから。」
コラソンの胸に額をつけるワイシャツについた煙草とコラソンの匂い、服越しに聴こえる鼓動に安心する。顔をあげてジッと見上げるとバツが悪そうに視線を逸らし、指が頬を掻く。コラソンのワイシャツのポケットにそっと指を忍ばせてそこから煙草の箱を取り出す。
「…校則違反だぞ、ロシナンテ。」
「あーっ!もう俺の学校の先生じゃないんだから言うなよ!」
ローの手から煙草をひったくる様に取り返すと地面に置かれたままだった鞄へと隠すように押し込んだ。鞄の上に気持ち程度畳んで置かれているのは学校指定の制服のジャケットだろう。
「18歳は未成年じゃねぇからいいんだよ!」
「…校則で禁止だろ?」
「法律で禁止じゃねぇからいいの!」
「悪い子め。」
口を尖らせる幼い仕草に思わず笑いがもれる。鞄を拾ってやり、ジャケットの土を払う。
人の通りがほぼないこの路地は屋外とは言え少し埃っぽい。
「生徒会の真面目なロシナンテ君がこんなところで喫煙してるなんてバレたら大変だなぁ?」
「ロー、しつこい。」
コラソンの秘密を自分だけが知っている昂揚感。もう同じ学校にいるわけではない、養護教諭ですらないローにとってコラソンが良い子だろうが悪い子だろうが関係ない。
煙草の匂いなんて今も前世もあまり好きにはなれないがコラソンの匂いなら別だ。
「おまえも共犯だからなロ、トラファルガーさんも悪いコ仲間な?」
顎にコラさんの長い指がかかり上に軽く引かれる。視線が絡まるとコラソンの指が優しく唇に触れる。唇をなぞる少しカサついた感触がくすぐったい。指の先から煙草の匂いがする。
「いんや、俺は悪い子じゃねーよ?」
「あ、…」
ペロリと弄ぶ指ごと下唇を舐める。怯んで動きが止まった手を握り、薄く開いた口内へコラソンの親指を招き入れて、ちゅくちゅくとわざと下品に水音を立てて指をしゃぶる。匂いのせいか苦く感じた。
「んっ、ふ、俺の年齢だと悪い大人って言うんだぜ?」
指を開放してうっそりと微笑む。指先からひいた糸が唇に垂れる。コラソンの焼き付くような、熱の篭った視線が堪らない。唾液でてらつく唇を風がなぞる、路地裏を抜ける風が冷たいと思うより早く柔らかく温かいもので塞がれた。
「…クソガキ」
どちらからともなく漏れた言葉を合図に今日もまた悪い大人と悪い子供が戯れる。