ワンドロワンライ【傷跡】大きな身体を少し丸めて座る姿が好きだ。可愛らしいそのシルエットがなんだか可笑しくて愛しい、いつもより小さく見えるのに後ろに座るとやはり1m超の身長差は伊達ではなく、視界には背中しかみえない。
「なァ、コラさん」
「んー、どうした?」
そっと頬を寄せた広い背中、間延びした声が頭上から聞こえる。耳に優しく響くその声にうっとりと瞳を綴じる。触れたシャツの薄い生地の下、鍛え上げられた筋肉の弾力と服の上からでも分かるでこぼことした凹凸。その傷痕は弾痕から裂傷、火傷、古いものから新しいものまで多岐に渡る。39年コラソンが生きてきた証。生きている証となる。すりと、甘えるように頬を擦り寄せて布越しの肌の感触とコラソンの匂いを楽しむ。胸いっぱいに吸い込んだコラソンの匂いに甘い眩暈を覚える、まるで麻薬のようで毎日だって嗅いでいないと落ち着かない。掌で背中を撫でる。
ローがナイフで刺した傷も、あの日ミニオン島で負った傷も何もかも残っている。
昔から怪我の多い人だった。
初めて出会った日も入り口に頭をぶつけ、座ろうとすれば椅子ごと倒れて、煙草で肩を燃やしていた。
病気を治す為と、半ば拐われるように始まった二人旅の時は特に酷く生傷が絶えない日々だった。この左脇腹にはどこぞの海賊のナイフが掠った裂傷が、脇腹すぐ近くのここは森ですっ転んで枝が刺さったのが思ったより酷くて、一部はコラソンがドジらなければそもそも怪我をしないですんだものもある。ローの方は何も用意をしていなかった2人旅、もちろん碌な医薬品など持ち歩いていなかったので応急手当てくらいしか出来ずに残らなくていい傷もたくさん残ってしまった。特に肩の火傷は治る前から火傷になるせいで、すっかりケロイドになってしまい少し柔らかい。
(あぁ、あとここは…)
ひとつ、ひとつ指先で辿りながら服の下で今は見えない傷痕を思い浮かべる。薄く張っただけの皮膚に触れる度、コラソンが身じろぐ。この爪を立てれば簡単に破れてしまいそうな薄い皮膚の下にはコラソンを生成する細胞がぎゅうぎゅうに詰まっている、剥き出しの神経に触れているようでゾクゾクする、またそれを許して貰えている事実が堪らず興奮する。
「…ロー、擽ってぇよ。」
「んー…、もう少し…」
チラッと視線だけ寄越して確認をすると、困ったように眉を下げたコラさんがこっちを見ていた。少し身体を起こすとほぼ同時に腕を引かれ、バランスを崩したローの身体はコラソンの胸に抱き止められる。
(…まだ全部数えてねえのに)
少し不貞腐れた気分で抱きついたまま、回した腕で背中の傷痕をなぞる。コラとかおいとか言っているが聞こえないフリをする。どうせいつものことだ、暫く経つと諦めるのかコラソンは何も言わず、ローの好きにさせてくれるのだ。カチリと火打ち石の音が静かな空間に響く、少しして、ふぅと吐かれた息の音が続く、細く紡がれた紫煙と2人の呼吸だけが部屋を満たしている。
(まるでサイレントみたいだ…)
コラソン、煙草、呼吸、そして己自身、この部屋を構成するものは少ないが、好物で構成された空間ほど素晴らしいものはない。そっと頭に乗せられた掌が優しく髪を梳く。
どれほどの時間が経ったのか、背中の傷をしっかりと堪能して顔を上げるとこちらを見下ろす紅い瞳と目があった。
「満足したか、ロー?」
「ん、おまたせ。コラさん」
身を伸ばし、両腕を甘えるように首にまわす。長いこと同じ体勢でいた為か少し凝り固まった背骨が嫌な音をたてたが構わない。
支えるようにローの細い腰にコラソンの逞しい腕がまわる。
見下ろすかたちになったコラソンの額にそっと自身の額を重ね合わせる。鼻と鼻を触れ合わせ、唇が付きそうな距離で、見つめ合い、視線で熱を分け合う。
ふと視界に入った右の額、普段は分厚い髪の毛で隠されたその場所。後頭部へ手をまわし、前髪を搔き上げる、現れた生え際の小さな傷。2人で旅した日、珀鉛病と気づかれてしまい石を投げつけられたローを庇うために負ったものだった。可愛げのない悪態を吐きながらも手当をしたことを覚えている。
(今思えばこの頃から、少しずつ好意を抱いていたのかもしれない。)
その傷痕にちぅと可愛らしい音を立てて口付ける。
唇を離すと腰を抱いていた腕は、背中を支える形となり、気がつけば天井を背景にコラソンを見上げていた。
「…今度はおれの番な。」
その言葉にうっそりと目を細めると、ローの反応に満足したのか今度こそサイレントがかかった。
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※このやりとりを定期的にやっていると信じています※