ワンドロワンライ【浴衣】浴衣のセットについていた説明書ではいまいち分かりづらかったので動画で確認しながら着付ければなんとか形になった。時計を確認すれば待ち合わせの時間までまだ余裕がある。早めに家を出て、コラソンの家の近くまで迎えに行くのもいいかもしれない。
玄関にある全身鏡で全体を確認すると濃藍が思ったより様になっている。この浴衣はコラソンがローにはこの色が似合うと選んだものだ。先日久しぶりに2人でショッピングモールに出かけた時に夏祭りのポスターを見つけ、コラソンが一緒に行こうと誘ってくれたから断る理由もなくすぐに諾と回答する。せっかくだから浴衣を着ていこうコラソンが言ったので、そのまま直営の紳士服売り場に向かった。何回活躍するか分からないのでとりあえずセットの浴衣を見ていたら結構安いんだなとコラソンが買ってくれた。
コラソンは家に茶色っぽい浴衣があると言っていた。思い起こしてみると幼い頃にコラソンが地元の夏祭りで着ていたのをみた記憶がある。
幼い頃は近所に住んでいたのだが、ローが13になる頃コラソンの家族が引っ越してしまった。それからも手紙やメールでやりとりをしていたがどうしてもコラソンの近くにいたくてコラソンの家に近い学校へ進学した。
コラソンは実家暮らし、ローは大学近くのアパートに一人暮らしをしている。
コラソンはよくローの一人暮らしのアパートに遊びにきている。コラソンに恋人はいないのか、ほとんどの休みを一緒に過ごしているのだが、それが嬉しくて仕方がない。
幼い頃から抱いている幼いままの恋心を持て余している。
雪駄の足をとおす。少し痛いがこんなものなんだろうかと不安になる。
念のためインターネットで検索すると鼻緒を扱いたりして柔らかくすると書いてあったので(…しごく?)疑問に思いながらも写真のように引っ張ってみた。
幾らか履きやすくなった雪駄に足を通して、部屋を出る。エレベーターを降りて歩いてみるが履き慣れていないからか違和感がある。
(…スニーカーかサンダルに変えた方がいいか?)
「ロー!」
少し不安になって部屋に戻ろうとしているとコラソンの声が聞こえ、声の方をみるとアパート下のコンビニの喫煙所でコラソンが煙草を蒸していた。
(ま、なんとかなるだろ。)
「楽しみでつい早く来ちまった。」
「部屋まで上がってきてくれても良かったのに。暑かっただろ?」
コラソンの顎を滴る汗をタオルで拭ってやる。
こんな灼熱の中、熱中症になったらどうするんだと首筋に手をあてて体温を確認する。喫煙者の煙草への執念は恐ろしい。とりあえず脈が普段より少し早い気がするが体温は大丈夫そうだ。
「…オレの部屋にも灰皿あるのに」
「ばか、おまえが吸わないのに煙草臭く出来ないだろ。」
「…浴衣いいな。」
すごく似合ってると笑いながらコラソンがローの頭を撫でた。せっかくキレイにセットしてきたのに台無しだ、耳が熱い、赤くなっているのは気づかれていないだろうか、セットを直すフリをして俯いた。
(そんなこと言ったらコラさんだって…)
チラリと、コラソンの浴衣姿を髪の間から覗き見る。茶色というより臙脂色に近く、暑かったのかまくった袖から覗いた鍛え上げられた上腕二頭筋が赤に映えていた。
(…カッコいい)
時間も早かったので少し涼んでから行こうと近くのコーヒーショップに入る。どこも禁煙で悲しいと嘆くコラソンを笑いとばしてアイスコーヒーを2つ注文する。悲しい悲しいと言っているのはポーズだけで非喫煙者の前では吸わないなど分別がある、そんなところも好きなのだ。
(オレの前でだけ吸ってるのは気を許してるみたいで嬉しい。)
他愛ない話をしていると時間はあっという間で、祭りの会場へ向かっているのか人が少しずつ増えてきた。日も傾いてきたので会場へ向かうことにした。祭りは想像していた以上に大きな祭りで屋台がずらりと並び、会場は人でごった返していた。
「ほら、はぐれたら大変だから」
突然コラソンの温かい掌が重なる。ドキドキと脈が速くなる。顔は赤くなっていないだろうか、外はすっかり暗くなっていた。
(バレてないといい…)
「…うん。」
はぐれない為だからと言い訳をして、指をそっと絡めた。外はまだまだ暑く、じわりと重なった掌の間汗が滲む。
◻︎ ◼︎ ◻︎
「ロー、かき氷もたべよう!」
「は?こんなにたくさん買ったのに?」
甘酸っぱい雰囲気は最初だけでアレもやりたいコレも食べたいとはしゃぐコラソンの手綱のようだった。手は繋いだままなのでお互いの空いていた片手に食べ物やら景品の袋がたくさんぶら下がっている。
「ここで食ってけばいいだろ?」
「オレはいらねぇ。一個も入んない。」
「じゃあ、半分こしよ。そしたら食べ切れるし。」
ここで待ってろよ。とコラソンがかき氷の屋台へと消えていった。背中を笑いながら見送って、ふと足へと視線を送る。指がジクジクと痛い。
(…すげぇ、痛い。)
「ロー、買ってきたぞ!歩きながら食うか?それともどこか座るか?」
「ん、どこか座ろ。」
(…休憩したら少しはよくなるだろうか)
屋台の裏側に神社の石垣がちょうどいい高さだったので少し歩いて人気のない反対側へ周る。まもなく花火が始まるからか御神木や社で花火が見えないこちら側は人気がないらしい。
「ほら!」
「ん?かき氷買いに行ったんじゃなかったか??」
目の前に差し出されたのはストローが2本刺さった紙コップ。
「美味そうだったから、シャーベットにした!ローも飲むかなと思ってLサイズにストロー2本貰ってきたんだぞ。」
二カッとコラソンが楽しそうに笑ってる。1本を咥えて「ん。」と差し出されたもう1本に口をつける。他の奴だったら2つ買えと思うが大好きなコラソンとならなんだって共有したい。渇いた喉をコーラ味のシャーベットが冷していく。目の前のゴクゴクと飲み下していく喉の動きをつい目で追ってしまう。
「…うーん美味けど、ちょっと喉が渇くな。」
「飲み物買ってこようか?…ッ〜」
「ロー!」
足が痛かったことを忘れて立ち上がろうとしてしまい。とどめをさしてしまった。不意打ちできた激痛に思わず悶える。
「大丈夫か?これまた痛そうだな…言ってくれればよかったのに…」
足をかかえるローの前に跪いて、携帯の灯りでローの足を確認する。そこは鼻緒で擦れて皮が剥けてしまい、痛々しかった。
「…だって…〜」
花火の音にローの声が消される。顔をあげるとローが眉を寄せて唇を尖らせている。拗ねた時の幼い仕草に笑ってしまう。
「ん?」
「だって…コラさんと祭り行きたかったし…浴衣みたいって…言ってくれたから…」
「それにしたっておまえ…」
(そんなに楽しみにしてくれてたのか…)
花火が上がる。
片足をコラソンの膝に乗せているので浴衣がはだけてあわせから日に焼けていない白い内腿がみえた。
ゴクリ
不埒な思いごと飲み込んで視線をそらした。
「水買ってくるな!」
「…うん、ごめんな。コラさん」
すっかりしょげてしまっているローの頭をひと撫でして気にするな!と笑いとばして立ち上がる。
水のペットボトルを片手に2本持って戻るとローは雪駄を脱いで片足をあげていた。もう片足は脱いだ雪駄の上に投げ出されている。傷の様子を確認しているのか視線はあげた足先に注がれている。
惜しげもなく晒されている内腿にどうしようもなく興奮した。思わずその場に立ち尽くしてしまう。
ローが幼い頃から一緒にいたと言うのにこんな感情を向けてしまうようになったのはいつからだっただろうか。ローが13歳の時、離れたくないと涙を堪えている瞳が煌めいてとても綺麗だと思った。今生の別れではないと言うとまた遊んでくれる?と不安に揺れる瞳から溢れ落ちたので、親指で拭って額に口づけた。子供のころからしているその仕草にローが笑った。きっとその頃から離れがたいと思っていた。
高校3年になったローが進学先がコラソンの家の近くになったと報告をもらった時は嬉しすぎてその日の記憶は曖昧なくらい浮かれていたのは確かだ。
時間を見つけてはローのところへ行き、2人で時間を過ごしている。ローは自分を兄のように慕ってくれているのにそれを利用している。
「コラさん?」
「ッ、ただいま!」
立ち止まっているコラソンに気がついたローが声をかける。途端に現実に引き戻されて、急ぎローの元へと戻る。不思議そうにこちらをみてくるローの目の前に膝をついて上がっていた片足を太腿の上に置く。
「ッ!コラさん!」
「バカ、そんなとこ脚のせてるとパンツ見えるぞ。」
「なっ、…」
慌てて足をどけようとするローの浴衣のあわせを直してやると少し大人しくなった。
水で足についた砂を洗い流すと沁みるのかローが息を詰める。ローが持ってきていたタオルで足を拭いて財布から絆創膏を取り出す。
「コラさん絆創膏なんて持ち歩いてるんだな。」
「おう。小さい頃母上に4枚は入れとけって言われてな。結構使うから癖になっちまった。」
あれ、ドフィだったか?と首を傾げつつ靴擦れに絆創膏を貼っていく。処置が終わり隣に腰掛けると気になるのかまた足を上に乗せていた。開き直って現れた内腿を堪能することにする。
「…歩けそうか?」
「うー、地味に痛いけど頑張る。」
「あ!ちょっと雪駄貸してみろ。」
「…なんで?」
訝しみながらも雪駄が渡される。それに足を通すと確かに硬い気がする。
「新しい雪駄は足が大きい奴が履くと早く馴染むんだってよ。昔か…知り合いが言ってた。」
「ふーん…」
雪駄を渡すと少し不満そうな顔をしてローが足を通す。さきほど買ってきた水を流し込むと生き返る心地がした。シャーベットじゃやっぱり喉は潤わない。
「…ごめんな、もっと周りたかったらコラさん行ってきていいから。花火もまだ上がってるし。」
「ローはどうするんだ?」
「ちょっと休んだら帰る。」
そう言って顔を反対側に背けてしまった。ふと考えこんで、鞄を漁りドフィに持たされていたエコバッグを取り出し荷物を雑多に入れる。
(なるほどこう言う時の為のエコバッグか)
膝を抱えたままのローの脚裏に手を通し抱き上げる。所謂お姫様抱っこになり、ローの手が肩を掴む。
「コ、コラさんっ?!」
「そろそろ帰ろうかなって、買ったもんも食いたいし、そろそろ煙草も吸いたいからなー。ローの部屋行っていいか?」
「……うん。」
ぎゅうとローの腕が首に縋り付く。
部屋で吸わないコラソンの為にベランダにも灰皿を置いてくれているのだ。そう、友達も家族も誰も吸わないのにコラソンの為だけに用意してくれた灰皿。今思えば少しくらい期待してもいいのかもしれない。
抱え直すと、浴衣が捲れ素肌に触れる。顔を真っ赤にしたローがコラソンを見ている。触れた素肌がしっとりと掌に馴染む。
訂正、きっと期待してもいい。
ちなみにおんぶで帰りました。