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    ひかりせい

    降志中心です。
    主に短編やドラフト版を上げたり下げたり。

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    ひかりせい

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    降志WEBオンリー「Not First Love, 3riple」の展示作品です
    💛💜2025/1/6(月)まで公開💛💜
    【潜入前日 後日談~彼のいない11月7日~】
    「潜入前日」の後日談

    #04notfl

    潜入前日 後日談~彼のいない11月7日~――これから墓参りに行くぞ

     志保がそう誘われたのは今朝のこと。
     阿笠邸に突然現れた萩原千早は、インターフォン越しに開口一番そう言った。
     志保は急かされるままに千速が乗ってきたバイクの後部座席に乗りこむと、連れてこられたのは渋谷にあるお寺・月参寺だった。
     ふたりは本堂の横を通り抜け、その裏手にある墓所へと辿り着いた。そこから先は、志保は千速の後ろについていき、右、左と曲がり石列に沿って進む。そして、ある墓石の前で千速はピタリと足を止めた。

    『萩原家之墓』

     今日、11月7日――千速の弟・萩原研二の命日。

    「ひと足遅かったようだな」

     千速はため息交じりにそう呟いた。
     そこには、もう花束が手向けられていた。

    *****

     1年前の11月7日、私が彼の本物の恋人になった日、彼が行ってしまったのはその日から間もなくのことだった。
     去り際に小さな金剛石のついた指輪を残して。
    「虫除けだから」
     彼は冗談めかしながら、その指輪を私の指にするりと嵌めてきた。
    「立て爪だなんて豪華な虫除けね」と返すと「目立たなければ効果がないだろう?」そう彼は笑ってた。
     でもやはり普段使いには向いてなくて、彼が無事に戻ってきて再び嵌めてくれることを願って、その日まで大切にしまっておくことにした。
     そして今年、大学3年になりゼミに所属してからは実習に追われていた。忙しさは彼のいない日々の寂しさを紛らわせてくれたが、それでもどうしようもなく彼に会いたくて堪らくなる時には、そっと箱から出して指輪を眺めていた。
     会えないことはわかってる。ならば、せめて彼が無事かどうか知りたい。そう思って彼の部下である風見警部補に尋ねてみても何も答えてはくれない。けれど、落ち込む私を見て「便りのないのは良い便り」とボソッと呟いていたっけ。

     そんななか、千速さんが阿笠家を訪れたのは10月初旬のことだった。
     彼女とは、過去に起きた誘拐事件で阿笠博士を助けてもらって以来の縁だ。

    「研二のお墓? 渋谷の月参寺にあるが、そんなことを聞いてどうする?」

     そう千速に尋ねられ、私は答えに詰まってしまった。
     彼は例の組織に潜入中していたときも友人たちの墓参りは欠かさず行っていた。だから今年も墓参りに来るかもしれないと思ったのだ。遠くからでいい、ひと目だけでいいから彼の姿が見たいと。でも浅はかだった。彼がお墓参りに来ることを期待してお墓に行きたいだなんて、そんな自分勝手過ぎる理由で尋ねてしまったことが恥ずかしい。

    「ご、ごめんなさい。今の話は忘れてください」
    「忘れろと言われても……」

     彼女は訝しげに私を見ていたが、それ以上は詮索してこなかった。
     ところが、今朝になって千速さんは突然現れた。

    *****

     志保と千速は墓参りを終え、お墓からさほど遠くないところにある喫茶店を訪れていた。

    「残念だったな」

     千速はモーニングセットのトーストにバターを塗ると、ぱくりと嚙みついた。
     墓に置かれていた線香はほとんどが灰と化していたが、辛うじてまだ燻っていた。そこから逆算すると、花束と線香を手向けた人物は私たちが来るほんの30分くらい前にいたことになる。住職の話では、訪れていたのは毎年欠かさず命日に現れる「フルヤレイ」という人物だったという。やっぱり彼だ。遠目でもいいから彼の姿をこの目で確かめたい、そう願っていたのに、完全なすれ違いだった。

    「『フルヤレイ』はお前の恋人だろう?」
    「ど、どうしてそれを?」

     つい動揺して声が大きくなってしまった。

    「いや、こないだ会ったときに、お前が深刻な顔をしていたから不思議に思ってな」

     千速はブラックコーヒーをひと口飲むとふーっと息をついた。
     
    「研二が殉職して9年。9年前のお前はまだ11才。海外にいたというから、お前と研二に直接の接点はないはずだ。だとすると、なぜお前は弟の墓に行きたいと言い出したのか。考えられるのはお前と研二の共通の知人がいる可能性だ。で、調べさせてもらったが、お前の親族にも米花町の知人たちにも生前の研二との接点はほとんどない。あとはお前が保護観察期間中に関わった警察関係者だが、弟が在籍していた期間は短くて、これといって直接関わりのある人物もいなくてな――。そこで考えたんだが、なぜお前はお墓の場所を聞いたのか。弟の墓参りがしたいのならそう言えばいい、でもそうはしなかった。だとするとお墓に用があると考えるのが自然だろう? ではその用とはなにか。お墓でできることなどそう多くはあるまい? 墓参りに来る人物に会うためではないかと仮説を立てた。お墓に出向いてまで会いたい人物とくれば親族や友人、恋人のような親密な関係なのだろう。もっとも、親密であれば直接連絡を取れば済む話だが、恐らくそれができない人物。そこでピンときた、お前の恋人だ。風貌も素性も全く知らないと毛利探偵の娘が言っていたよ」

     千速はふっと笑った。その笑みは、謎を解き明かした探偵のように自信満々だった。

    「警察組織において身を隠さなければならない人物、つまり、公安」

     公安――そう言い当てられて、志保は膝の上に乗せていた両手をぎゅっと握りしめた。

    「今度は逆に研二と繋がりがありそうな警察官の経歴を、捜一の高木に調べてもらったんだが、今度はお前と接点がありそうな人物がヒットしなくてねえ。だが研二と伊達が同期だとわかったときに、高木は伊達のロッカーを整理した時に出てきた写真のことを思い出したようでな。その写真というのが、特に弟と仲が良かった連中と警察学校の正門前で撮ったものらしいんだが、松田陣平と伊達亘、ふたりの名前くらいはお前も知っているだろ? その他にあと2人写っていたらしく、その中に、米花町をうろついていた男がいたってわけさ。喫茶ポワロで働いていたという『安室透』といったか?」

    千速は片目を眇めた。

    「た、高木刑事はどこまで調べてるんですか?」

    もし、「安室透=降谷零」まで知られていたら、それが彼を追い詰めることになったら、私が会いたいなんて思ってしまったことで彼を窮地に追い込んでしまうことになるなんて、志保はいたたまれなくなった。

    「奴はずっと黙っていたようだが、実はハロウィンの渋谷事件の時に、ヘリに飛び乗った人物の顔をチラッと見ていたようでな、半信半疑だったようだが、薄々公安だとは思っていたらしい。研二の墓参りに来ていたメンバーが4人、写真に一緒に写っているメンバーも4人。奴は伊達と松田の顔を知っているから除外して、残りは2人になるわけだが、そのうちのひとりは長野県警の警部の弟で諸伏と言うのはわかっていて、目元がよく似ているそうだから除外して、墓参りに来ていた最後の一人の名前が『フルヤレイ』であることは突き止めていたから、自ずと『安室=降谷』となったようだ」

     すると千速は表情を緩めた。

    「心配しなくていい。これ以上の素性は調べていないと聞いている。この話も私にしかしていないそうだ」

     その一言に、志保の緊張が一気に解けるのを感じた。

    「恋人に隠し事なんてできそうもないタイプなのに、その恋人にも言わずにいるなんて見どころのある奴だよな」

     千速は豪快に笑っている。

    「ごめんなさい。私、彼に会いたくてそれで、お墓の場所を聞き出そうとして」
    「いや、構わんさ。お前ぐらい強い思いを持って帰りを待つ奴がいてやらないと、コイツらはすぐにどこかに飛んでいってしまうからな」
    「あの、彼のことは……」
    「大丈夫、誰にも言わないさ。所属は違えど仲間には変わりあるまい。仲間を窮地に追い込むようなことはしない」

     千速はのこりのパンを口の中に放り込んだ。そして。

    「それにしても揃いも揃って無茶ばかりする奴らだよ。これが類友ってやつなんだろうな」

     千速は微笑みは懐かしむようでいてどこか寂し気だった。

    *****

    ――悪いな、今年の墓参りは重吾が一緒に行きたいと言っていてな


     あれから一年――再び巡ってきた11月7日。
     千速からは早々に一緒には行けないことを伝えられた。
     ひとりだからこそ、今年は何時間でも待とうと心決めた。
     彼は人目につかない時間に来るはず。
     そう思って早朝から出かけることにした。早く起きたというよりはずっと寝なかったという方が正しい。
     朝6時、日の出も遅くなった上に、今朝は霧がかかって更に薄暗い。

     しばらくして朝霧に人影が映って揺れたように見えたので、そちらに視線を送ると、霧をかき分けて現れたのは、襟足の長い黒髪の端正な顔立ちの男性だった。

    「君、志保ちゃんだよね?」

     突然名前を呼ばれて、驚いたまま返事できないでいると。

    「君のことは姉から話を聞いているよ」
    「お姉、さん?」

     その男の顔をよく見れば、どこかで見たことがあるような気がする。

    「おいおい、志保ちゃん怖がってるじゃねーか」

     ひときわガタイのよい男性が突然現れ、襟足の長い男性の肩に手をかけた。

    「班長には言われたくないねえ」
    「どういう意味だ?」

     班長と呼ばれた男がムスッとした顔をすると、「それそれ、その顔が怖いんだよ」と茶化している。

    「ごめんね、突然。驚いたよね?」

     続けて優しく語りかけてきたのは、顎に髭のある男で、彼の顔とくに目元に見覚えがある気がする。

    「おっ、その指輪。ゼロが渡すか悩んでたやつだ」

     ひときわ威勢よく話す男。彼も誰かに似ている気がする。

    「そんなこともあったねえ」
    「俺の檄が効いたと思うぜ、感謝しろよ。志保」

     初対面――のはずなのになぜか呼び捨て。傍若無人なのか人懐っこいのかはわからない。

    「俺は班長のナタリーに指輪を渡せなかった話が心に響いたと思うけどなあ」

     ナタリー? その名前もどこかで聞いたような気がする。

    「おいおい、志保ちゃんが話が見えないって顔してるぞ」

     "班長"が3人の男たちに言うと、志保の方に向き直った。

    「すまんすまん。俺たちはアイツの友人なんだ」
    「悪友かも」

     襟足の長い男が横やりを入れる。

    「ああでもアイツ女関係はわりと生真面目だぜ。なんたって初恋をずっと引きずっ……」
    「こら、陣平ちゃん!」

     陣平?

    「ま、まあ、俺たちにとってアイツは大事な奴なんだ」

     ”班長”は一瞬ふたりを横目で睨んでから、すぐに正義の味方のような笑顔で言った。

    「志保ちゃん、ゼロのことよろしく頼んだよ」

    ――ゼロ

     ゼロって……確か、そう、彼の同期がそう呼んでいたと聞いた。
     そうだ、どこかで見たことがある顔だと思うのは当然だ。襟足の長い男は千速さんに、顎髭の男は長野県警の諸伏警部に、陣平と呼ばれた男は(目元を隠せば)高木刑事に雰囲気と背格好が似てる。
     そうよ、ナタリーさんは高木刑事の先輩の恋人の名前と同じ――だとすると班長と呼ばれている男が伊達さん。
     みんな彼の親友だ。

    「あの」

     彼のこともっと知りたい、もっと話したい。
     志保がそう思って彼らに話しかけたときだった。
     突然、霧の向こうで爆発音のような大きな音がした気がして、一瞬そちらに気を取られていると、いつのまにやら辺りの霧が晴れ、それと同時に彼らの姿も何処かへ消えていた。

    ――そうだ、子供の頃に聞いたことがある。霧の日には……

     志保はその場に立ち尽くしていると、今度は背後から石畳の上をコツコツと革靴の音がした。そしてすぐ背後で鳴り止んだ。

    「あの」

     たったひと言でわかる。振り向かなくてもわかる。ずっと聴きたかった声。
     それだけで涙が溢れそうになる。でもきっと今、私たちは他人のふりをしなくてはいけない。志保はぐっと堪えて彼を見た。
     すると彼は、辺りをきょろきょろと見回していた。そして。

    「あの、おひとりですか?」
    「えっ?」
    「いや、先ほどまで何人かで話している声がした気がして」

     志保は自然と笑みがこぼれた。

    「こんな話聞いたことあります? 霧の日には亡くなった人に会えるって。海外の伝承なんですけど」
    「会えたんですか?」
    「ええ、私の恋人の親友たちに」

     こんな不思議な話をしているというのに、彼は顔色ひとつ変えないでいた。

    「ゼロをよろしくって」
    「ゼロ?」

     一瞬、彼は不思議そうな表情を浮かべたが、すぐに優しい笑顔に変わった。

    「萩原さんのお参りに?」

     彼は一度自分の手元を見てから、「あっ、ええ」と呟いた。

    「あなたも萩原さんのお知り合いですか?」
    「いえ。萩原さんとは面識はないけど、彼のお姉さんに良くしてもらっているの。それに、私の恋人の親友でもあるの。彼は今、お参りできないと思うから――」

     彼は右手で口元を覆うと、そっと視線を逸らした。
     ぎこちない会話。
     私の前で他人を演じている彼を見て、寂しくもあるけれど、生きていて会えただけで十分だった。
     彼は私から花束を受け取り、自分の分と合わせて花活けにさした。それから彼はいつの間にか線香を手にしていて、ポケットからライターを取り出して火をつけると、半分に分けて私に手渡した。彼が差し出した手から線香とは別の火薬のような匂いがした気がする。
     そこから彼はひと言も語らなかった。
     二人並んで静かに両手を合わせただけだった。
     そこに彼がいる。それだけでよかった。
     この静寂が愛おしかった。

     しばらくして志保が目を開けると、もうそこに彼はいなかった。

    *****

     あれ以来、相変わらず彼の消息は不明だった。
     院試に卒論の締切にと、追い込まれる時期を迎え、志保は疲れていた。
     彼に会いたくなっては指輪を取り出し、ため息をつく日々。
     考えたくはないけれど、あの時会った彼は霧がつれてきた幻だったのではないかと、不安に駆られることもあった。
     そして、なんの連絡もないまま季節は移り行き、再び春が訪れて大学の卒業式を迎えた。
     大学院への進学が決まり、卒業といってもあまりピンとこないけど。
     卒業式には博士や有希子さんの勧めで、袴を着ることにした。博士も有希子さんも私の晴れ姿を嬉しそうに見てくれるから、着てみて良かったと思う。でももし叶うならば、彼にも見て欲しいと思うのだ。
     ほとんど諦めの気持ちとともに卒業証書を抱え正門を通りがかった時だった。

     けたたましいバイクの音が近づいてきて志保に横付けしてきた。警戒していると、すぐにドライバーがヘルメットのシールドを上げた。千速だった。

    「志保、卒業祝いだ、受け取れ」

     千速は親指を立てて自分の背中を指差している。
     彼女の背中には、卒業生に贈るには大げさなくらい大きな花束がくくりつけられている――のかと思ったら、花束が勝手に動き始めた――わけもなく、花束を抱えた人物が後部座席から降りてきた。黒い車体にその人物が纏う黒いジャケットとパンツが同化していただけのようだ。

    「達者でな」

     そう言い残し、風の女神のごとく颯爽と走り去っていく。
     そして、取り残された花束を抱えた人物はそっとヘルメットを脱いだ。

    あっ――

     溢れ出たのは金色の髪。

    「卒業おめでとう。志保」

     彼はそっと花束を差し出した。
     突然の出来事に、差し出された花束を受け取ることも言葉を発することもできないでいる志保に、降谷は優しく囁いた。

    「全て終わった。もう身を隠すこともない」
    「怪我……」

     ようやく言えた台詞に、降谷は左右に首をふった。

    「心配ない。いつものことだよ」

     足がずっとガクガクしている。
     そんな志保の様子に気が付いたのか、降谷は自分の腕を差し出すと志保に掴まらせた。

    「今日、この後の予定は?」

     志保は横に首を振った。

    「謝恩会とかはないのかい?」
    「元々出るつもりなかったから。ゼミの子も教授たちも院に行くからまだまだ会うし」
    「なら、これからどこかに行かないか?」

     彼に行きたいところを聞かれて、真っ先に思い浮かんだのは。

    「あの日乗った観覧車にまた乗りたい」
    「ああ、行こう」
    「もう少し貴方のお友達とお話ししたいわ」

     彼は少し不思議そうな顔をしているように見えた。

    「そっか。僕もエレーナ先生、厚司先生、明美に今回のお礼を言いたいよ」

     今回のお礼??
     今度は志保が不思議な顔をする番だった。

    *****

     志保に余計な心配はかけたくないので、このことは絶対に秘密にしようと思っているのだが、ちょうど萩原と松田の命日の頃に不思議な体験をした。
     ふわふわと体が浮き上がり、気がつけば雲の上を歩いていた。空からは地上はこんなふうに見えるのかと、飛行機とはまた違った景色をたのしんでいると、むんずと腕を掴まれた。

    「お母さん、怪我人!」

     振り返ると大人の明美だった。
     なんてね、と舌を出している。

    「零君は相変わらず怪我ばかりしてるのね」

     目の前に現れたのは、僕が憧れてやまなかったあの頃と変わらないエレーナだった。

    「先生」

     子どもの頃は下から見上げていたので、先生の身長を越した今、当然ながら先生を見下ろすことになるが、とても不思議な感じだ。
     もう一度会えたら、どんなに願っていただろう。
     潜入先で、その願いが永遠に叶わないと知ってどれだけ落ち込んだか。
     どうしても伝えたかった言葉があった。

    「先生、あの時の僕を救ってくれてありがとう」

     明美は自分を指差し、私にも何か言うことはないのかと視線を送ってくる。

    「明美も、な」
    「そこ省略する?」

     憮然とする明美のとなりで、先生が優しく微笑んだ。

    「私たちも零君にお礼が言いたかったのよ。志保を救ってくれてありがとう」
    「それにしても、まさか2人がそんなことになるなんて、ねえ」

     それからしばらく思い出話をした。厚司先生はあまり会話には入ってこなかったけれど。

    「そろそろ帰りなさい。帰り方はわかる?」

     先生はあの頃と変わらず、子どもを諭すように語りかけてくる。

    「どこからきたかわからなくて」
    「じゃあ、飛び込むしかないんじゃない?」

     明美はあっけらかんと言い放った。

    「無茶言わないでくれ!」
    「大丈夫。零君なら飛べるわ」
    「何を根拠に……」
    「あらだって、渋谷のビルから飛んでたじゃない」

     姉妹揃ってそこを弄るのかとムッとなったが、明美はそんなことはお構いなしに、雲間から地上を覗き込んで雲の下を指差した。

    「ほらあそこ、志保がいるわ」

     明美が指す方向を見ると、そこは月参寺だった。

    「ほら、行ってらっしゃい」

     突然、背中にどーんと衝撃が走り、勢い余って前につんのめった。


     おそらく明美に突き落とされたのだろう。その後の記憶がないのは受け身が取れず地面に叩きつけられたのではなかろうか。とにかく、目覚めたら、病院のベッドの上だった。

     風見いわく、爆風に巻き込まれしばらく生死を彷徨っていたらしい。目覚めても絶対安静と言われていてベッドに縛りつけられた。リハビリが始まり、人並みに動ける程度に回復するまでは志保には連絡しないつもりだったが、思いがけない来訪者が現れた。
    それは今朝のこと、病院の個室のドアを蹴破るようにして、白バイの制服を着た髪の長い女が現れた。

    「もう動けるだろ、いくぞ」

     そう言い放つと、ズカズカとこちらに近づいてきて僕をベッドから引き剥がし、僕の腕をがしっと掴んだ。白バイを乗りこなしているだけはある、なかなかの腕っぷしだ。抵抗できるほどには回復しておらず、言われるがままに連れてこられた駐輪場でメットと花束を押し付けられた。
     車の運転はしばらく医者からNGにされているので、結果的には志保に怪我の程度を誤魔化すにはちょうどよかったのだが。

    「零さん?」

     志保の声で我に返ると、もう少しで観覧車の最高到達点だ。
     僕は志保の隣に移動した。
     あの時と同じように志保の両頬に手をそえると、くすぐったそうな声が漏れた。彼女の赤みがかった前髪の上から額に唇を押し当てから、鼻先同士を近づけた。
     あの日、朝から緊張しすぎて言葉にすることはできなかったが、今ならはっきり言える。

    「志保、愛してる」

     2度目の誓いのキスを送った。

    *****

     観覧車の上空。

    「志保、よかったね」

     明美は嬉しそうに観覧車の中のふたりの様子を見ていた。

    「志保、幸せになるのよ」

     エレーナはそう言うと、隣に立つ厚司を肘で突いた。

    「ほら、貴方も何か言ったら?」

     厚司は憮然としていたが、やがて聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。

    「……志保、まだ嫁にはやらんぞ」

     エレーナと明美が吹き出したのはほぼ同時だった。
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