刻む「脱いで」
五条悟と乙骨憂太が二人で暮らす家。
帰宅した憂太を出迎えたのは、不機嫌を隠そうとしない仁王立ちの五条だ。そして、いきなりの第一声に、憂太は眉を寄せて苦笑する。
「あとで、じゃダメですか? 少し疲れたので、休みたいんですけど」
「じゃあベッドに寝れば? 勝手にひっぺがすから」
「……自分で、脱ぎます」
ベッドでなんて、ただ脱がされるだけで終わらないのが目に見えている。肩にかけていた竹刀袋を外して玄関に置くと、廊下を歩いてリビングへと入る。その間も、五条はぴったりと側についてきて決して離れない。
リビングに入ると、今度は腕を掴まれた。そのままソファへと連れていかれ、ソファに座った五条の前に立たされる。
「ほら、さっさと脱いで」
「……上だけでいいですか?」
「いいって言うと思ってる?」
「……分かりました」
諦めるように、憂太は深く息を吐いた。
五条には全身どころか、自分でさえ見たことないような部分まで見られ、身体全てを余すところなく知られている関係だ。それでも、まだ明るい昼間のリビングで、しかも自分だけが一方的に脱ぐ、という行為はさすがに羞恥心が湧きあがる。
それでも、五条がその目で確かめるまで決して引き下がらないことも分かっているので、憂太はもう一度ため息を吐いてから、上に着ていた白い制服を脱ぎ捨てる。
制服、とは言っても高専の生徒だった頃に着ていた服では無く、任務用に作ってもらった服だ。五条がいつも高専で着ていた服と形は同じで色が違う。憂太としては、色も五条とお揃いがよかったのだが、「憂太は白が似合う」と五条に言われて色違いの白になった。
その白い制服を脱ぎ捨て、その下に着ていた黒いタンクトップも脱いで落とす。筋肉がつきづらく、色も白い身体は憂太のコンプレックスの一つだ。
あっという間に上半身裸になった憂太の身体をじっと見つめ、五条は顎で続きを促す。
「……ここだけ見れば十分と思うんですけど」
「もっと下にも痕はつけておいたでしょ」
それはその通りだけど、上半身を見るだけで状態は十分に分かるはずだ。
とはいえ、ここで抵抗したところで絶対に見逃して貰えないことは分かっているので、憂太は眉を寄せたままボトムを下ろす。
「下着は、見逃してください」
「しょうがないね。おいで」
そう手招きされ、下着一枚の状態で憂太は五条の膝を跨ぐようにソファに乗る。剥き出しの肌を五条の手が撫で、左腕を掴み寄せられた。
「傷跡は残ってないね」
「どこを怪我したかまで聞いていたんですね」
「当然。伊地知には全部報告しろって言ってあるからね」
「そんなことで、伊地知さんの仕事を増やさないでくださいよ」
ただでさえ忙しい上に、いつもあれこれと五条に仕事を増やされている伊地知に心の中で謝る。伊地知だけではなく、最近補助監督の間では一つの業務が追加されている。それは、「乙骨憂太が任務で負傷した場合は必ず五条悟に報告する」というものだ。
今日の任務で、憂太は左腕に傷を負った。とはいっても、軽いかすり傷で反転術式で一瞬で治せるほどの軽傷だ。だが、反転術式で傷は治せても、汚れたり破れた制服は誤魔化せない。
呪霊を祓って任務に同行してくれていた伊地知の元へ戻ると、彼は渋い顔をしつつ五条にメッセージを送っていた。かすり傷なのに、と呟いたが、それに気づいた伊地知から「事前に言っておいた方が、マシだと思いますよ」と同情の籠った声で言われてしまった。
はじめは過保護だと思われるようで恥ずかしかったが、実際のところ怪我をした後に待っているのは、心配ではなくむしろ小言だ。
その証拠に、怪我を負った左腕からは五条はすでに興味を無くしている。その代わり、引き寄せた憂太の首や胸元をじろじろと見て、面白くなさそうに息を吹きかけられた。
「あーあ、全部消えちゃったじゃん」
「……すみません」
左腕はもちろん、憂太の白い肌には傷一つついていない。これが、五条の不機嫌の理由だ。
共に暮らす様になってから、憂太と五条は大抵三日と開けずに身体を重ねている。そういう関係になってから知ったことだが、五条はとにかく憂太の身体に痕を残すことを好む。キスマークはもちろん、歯形や爪痕など。酷い時は、腰を掴まれた部分が、五条の指の形に痣になったこともある。
痛みを感じてもおかしくないような痕が無数に残されても、最中は憂太も別の感覚に夢中になっているので、痛みなんて感じている暇もない。頻度が多いこともあり、憂太の身体から痕が消えることはほとんどないのだが、反転術式を使った後は別だ。
「こっちも全部消えてるし。憂太、ちょっと呪力コントロールがザルすぎるんじゃない?」
「っ……」
そう言いながら、太腿の内側から下着の中心に向かって撫でられ、咄嗟に唇を噛む。際どい位置に触れながら、五条は太腿の内側に爪を立て、また新たな痕を刻んでいく。
いくら無数に痕が残されるとはいえ、傷とは違い肌の表面にうっすらと着いているだけだ。怪我をした箇所と離れていても、僅かに反転術式の呪力が流れるだけで、きれいさっぱり消えてしまう。
それが、五条にとっては酷く不満らしい。
「っ、は……」
身体を抱き寄せられ、胸もとや首へとまた新しい痕が刻まれた。肌を吸い上げ、時には噛みつかれ、情事の際には気にならない痛みに、憂太は目を閉じる。
「大体、今日の相手は一級でしょ? たかが一級相手になんで怪我とかしてんの」
「す、すみません」
「どうせ、避けるより身体で受けた方が早いとか思ったんでしょ」
まるで見られていたかのように言い当てられ、なにも言えない。沈黙を肯定と受け取った五条の深いため息に、肌を擽られる。
「そういう戦い方はやめなって、何度も言ってるよね」
「はい……、ごめんなさい」
どうせ治せるから、と思い避けるのではなくあえて身体で受けて反撃に出る。そんな戦い方を覚えてしまったことを、五条には見抜かれていた。
そんな自分に、例え治せると分かってても大切な人が傷を負うのは嫌でしょ、と教えてくれたのは五条だ。
何度か怪我をしたことを五条に黙っていたことがあったのだが、いつも情事の痕跡まで一緒に消えてしまうので、結局気づかれてしまう。黙っていたら、お仕置と称して激しく抱かれまたびっしりと痕がつけられる。でも、黙っていなくても五条はこうしてすぐにまた新しい痕をつける。
「目印、なんですか?」
「なにが?」
「痕を残すの。僕が反転を使ったかどうか分かるように……、っ」
肌の薄い腕の内側に歯を立てられ、僅かに身体が跳ねる。自らの肌に視線を落とすと、胸元や腕など、届く範囲にまた新しい痕が刻まれていた。
「まあ、それもあるけど。もっと別の理由かな」
「別って……」
「憂太が消さない痕を残せるのは、僕だけでしょ?」
重傷であってもすぐに治せるほどの優れた反転術式。それゆえに、数々の任務をこなしているにも関わらず、憂太の身体には傷跡ひとつ残っていない。
そんな憂太が唯一自分の意志で治さないもの。それが、五条が残す痕跡だ。
「本当はさ。憂太を僕の側に縛りつけておきたいぐらい、離したくないんだよね」
「……え」
「でも、同じぐらい自慢したいし見せびらかしたい。僕の子凄いでしょって言いたい」
「子、って言われる歳じゃないと思うんですけど」
「じゃあ、僕のもの」
「その方がいいです」
「いいんだ」
くすくすと笑う五条に抱きしめられた。ソファで向かい合う格好のせいで、五条の髪が胸元にあたり擽ったい。そんな五条の柔らかい髪を撫でる。
元生徒、弟子、遠縁の親戚。どんな言葉も、自分と五条の関係を表すには足りないと思う。恋人、というのもしっくりこない。
一番近いのは、一部、だ。
無くては生きられない程の、命や人生の一部であり、生きる理由。五条が居なければ、今の自分はここにはいない。
だから、五条のもの、というのはなにも間違っていない。
「そんな僕の憂太を自慢するならさ、憂太が僕のものだって印をつけておきたいじゃない?」
「だから、痕を残すんですか」
「そういうこと」
そう言いながら、また微かな痛みが胸元に走る。まるで花弁を散らしたような赤い痕。その痕一つ一つが自分が五条に所有されている証だと思うと、嬉しい。
「でも、こんな所、誰にも見られないじゃないですか」
「なに言ってんの? 誰かに肌見せたら許さないよ」
「見せびらかしたいんじゃないんですか」
五条の頭を抱きしめながら、憂太はくすくすと小さく笑う。
「わかってないねー。優秀で真面目で綺麗な特級呪術師が、実は見えないところに痕つけまくってるって、最高にエロいでしょ」
「なんですかそれ」
「憂太を独占しつつ自慢できる最高の方法だと思わない?」
見せない痕がなんのアピールになっているのか分からないが、独占されるのも、五条のものだとアピールされるのも、どっちも嬉しいので憂太は笑う。
「じゃあ、もっとたくさん痕をつけてもらわないと、ですね」
「そういうこと」
抱きしめられていた身体を回され、ソファに押し倒された。そのまま首筋に噛みつかれ、憂太の唇から熱い息が漏れる。
「急所も簡単に許しちゃうしね」
「全身、ぜんぶ、五条さんのものですから」
だから、全身に五条の痕を刻まれたって構わない。
(本当は新しい痕をつけて欲しいから、反転を使うって知られたら、怒られちゃうかな)
所有されたいと望んでいるのは自分の方なのだと、そんな胸の内を秘めたまま、憂太は五条に唇を重ねた。